第17話トライアドフラッグ

「くそっくそっ!どうしてあたしが!」

 空気の淀んだ路地裏で、そばかすを顔にちりばめられた少女が、黄色の絵の具の入った瓶を握りしめ、ごみ箱を蹴散らしながら闇へと進んでいた。


「待てよ黄華……」

「だれだよ!?」


 黄華が闇の先に目を凝らすと、見知った顔が浮かび上がった――赤場冴だった。彼女の羽織る、赤いスカジャンの背面にはインド神話のアスラが描かれていた。


「負け犬を笑いに来たの?なら――」

「待てって言っただろ……逆だよ助けてやるってんだ」

「あんたあのカスどもとつるんでんでしょ?」

「だからお前を助けちゃダメなのか?」


 しばらく沈黙が続いたが、焦っていた黄華は、呼吸と整えると冴に向き直った。


「お前の能力は絵の具を生産する」

「でもあたしにはその絵の具を活かす能力がないのよ……」

「もし味方に分け与えたら?」

「――勝ち筋が見える?」


 冴はポーチからピンクと紫のおはじきを出すと黄華の目の前にばらまいた。


「ピンクのはゴーレムを大量に召喚できるが、絵の具の生産が追いつかない……あとはわかるな?」

「――!はぁーん、やっとあたしにもつきが回ってきた」


 黄華は不気味に笑うと、おはじきを拾ってその場を去った。


「銀城……なぜ泳がせてくれた?」


 冴がそう言うと、路地の闇から八重が歩み出てきた。


「最近体が痛くて寝られなかったの……」

「は?」

「ふかふかのベッドと枕が欲しかったから、今のはほっといたの……」

「――はぁん、違いないな」



 冴と八重の波長は珍しく合い、笑いあった。


――


 教室の前の廊下をずかずか歩き、広い額で窓からの光を反射させている少女は不機嫌だった。しばらく歩くと、彼女はすらっとした銀の瞳の少女と遭遇した。彼女は退屈そうに壁にもたれかかっていた。


「おはよう、桃華」

「……」

「どうしたの?桃華、おはよう……」


 八重のなれなれしさに疑問を感じたのか、桃華の眉は吊り上がっていた。そんな桃華の疑念など露知らずといった八重は、相手の瞳を覗き込んだ。


「もう敵同士なんすよ、うちら」

「敵同士じゃ話しちゃいけないの?」

「そんなルールは!……ないっすけど」


妙に優し気な八重に不気味さを感じながらも、桃華が警戒を解くことはなかった。

八重はおもむろに桃華に近づくと、カールのかかった彼女の髪を触った。


「ちょっと毛先が乱れてるね……悪いことがあったのかな?」

「な、なんもないっすよ!」

「ほんとに?ストレスフリーな生活?」


 その言葉を聞いた途端、桃華は肩をびくりとさせた。その反応を見て八重は微かに微笑んだ。


「無理しなくていいんだよ?今の理沙さんは前とは違うの。分かってるでしょ?」

「詭弁は効かないっすよ!今でも理沙パイセンは理沙パイセンです!」

「前みたいに無償で守ってくれる?」


 桃華は何かを言おうとしたが、言いよどんだ。


「……で、そっちに寝返ればいいんすか?」


 八重は首を横に振ると、桃華の肩を優しく叩いて通り過ぎた。少し歩くと彼女は振り返り――


「あ、そうだ紫によろしくね……」


 桃華は背後から聞こえた声に何も返すことはなかった……


――


 赤い太陽が地面を睨む中、4人の少女達が、道を我が物顔で闊歩していた。

「うちせっかちやから、今の勢いで押し切りたいんやけどどう?」

「あたしはさんせー1人増えても結構やれそうだったし」

「うちらも賛成です……理沙パイセン」

「あたしはなんでもいい……理沙さん」


 言葉とは裏腹に、妙に静かな態度の紫と桃華に違和感を覚えた理沙だったが、すぐにその疑念は別の興味にかき消された。

「そういえば、美幸ちゃんのウルトどんなんやった!?うちめっちゃ興味あんねんけど!」

「やばかったよ剣がビームなんたら?みたいになって」

「喰らっても逆に回復してたんすよ、化け物っす……」

「あたしの毒も回復されてたし……」


 それを聞いた理沙は切れ長の瞳を三日月のように曲げ、悦に浸っていた。


「見たいなら見せてあげますよ……理沙先輩」


 理沙達の歩んでいた遊歩道の曲がり角から、美幸は躍り出て、静かに挑発した。そのあとを冴、八重、緑が続く。


「はぁーん、こっちから行く手間が省けたわ」

「始めましょうか……」


 8人の少女はバッグから、夕陽に赤く煌めくガラスの小瓶を取り出し、各々の構えをした――


》》


 極彩色の絵の具は空間を満たし、鮮やかな色の城が遠くに見える平原と化した。


「やっと人数差も埋まったし、合戦って感じやなぁ!?」

「気持ちはわかる。滾るよなぁ?」


 理沙と冴がどこか深いところでシンパシーを感じたのを見て、八重と美幸は眉を曲げた。

 理沙は絵の具を戦斧に塗りたくると、一目散に美幸に突撃した。その後を、二振りの撃槍を器用に回しながら美香が追走する。

 ガン!理沙の戦斧の刃が美幸の盾に食い込む。美幸は歯を食いしばりながら、剣でカウンターを見舞ったが、その攻撃は届かなかった。

 ガイン!カン!美香はきりもみ回転しながら撃槍を振り回し、二撃で八重を襲撃した。間一髪でしのいだ八重は、みぞれの空蝉を敷き、後方に下がった。


「どいつもこいつもマッチョのつばぜり合いで張り切っちゃって……」

「ほんと……どいつもこいつもめんどくさい奴ばっか……」


 紫と桃華は、一向に理沙達に加勢する気配はなかった。呆然と立ち尽くし、足踏みをしていた。


「何やっとるん!?早く援護しぃや!」


 理沙の怒号も無視して2人は立ち尽くし、何かを待っていた。


「おーやってんじゃん、あたしも混ぜてよ」


 キャンバスに侵入したのは金色の衣装に身を包んだ黄華だった。

 その姿を見た瞬間、八重と冴はほくそ笑んだ。

 味方がいないはずの彼女だったが、堂々とキャンバスの真ん中を歩き、紫達の元で歩みを止めた。


「だから何しとるん?黄華も敵やで!?」


 紫と桃華は薄笑いを浮かべると、理沙をニタニタしながら見始めた。2人の前に躍り出た黄華は、得意げに胸を張った。


「もうあんたみたいな高慢ちきにはついていけないってさ、理沙パイセン?」

「気に入らないのよ!そのなんでもできますって表情が!」

「いつも自分のペースで高飛車で!なによりデカいし!」

「はぁ!?」


 珍しく動揺した理沙に、紫は絵の具の滴る矢を放った。反応しきれなかった理沙に迫った矢は――しかし、真珠色の盾に弾かれた。


「美幸ちゃん?」

「誰の夢も壊させません――!」

「……はぁん、欲張りなんやな?」


 理沙は肩をすくめて挑発的に言ったものの、その瞳は真剣に美幸を見据えていた。


「利鞘の絵の具よ、彼のものに力を与えよ!」


ココまで


 黄華は自らの黄金に輝く絵の具を桃華の鞭に塗った。

 桃華はそのどろりとした下品な絵の具に酔いしれると、鞭で地面を激しく殴打した。


「愚かな傀儡に桃色の魂を!」



 桃華の宣言で数えきれないほどのゴーレムが生成された。その姿は黄金のオーラを放っていた。

 その圧倒的戦力差を前に、美幸の生存本能は、恐怖を彼女の体に走らせた――


「今までの恨み、ぜんっぶ晴らしてやんよ!」

「やってやれ桃華!」

「魅惑の絵の具よ、愚かな傀儡に祝福を!」


 調子づき、自分の戦力に酔いしれた桃華は、全軍を理沙に突撃させた。

 

(理沙さんが危ない!)


 理沙に向かってきたゴーレムの攻撃を受けようとした美幸は――しかし、後ろからの衝撃で転倒した。


「自分の身くらい自分で守るにきまっとるやろ!」


美幸を踏みつぶそうとしたゴーレムの足は、橙色の軌跡が通った後粉々に砕けた。


「理沙さん?」

「一時休戦といかん?ってかあの2人は最初からそのつもりやったみたいやけど」


 理沙の視線を追った美幸は、八重と冴がわずかに微笑んで、美香と共闘する姿が見えた。 


「そっか!」


 勢いを取り戻した美幸は、勇猛果敢にゴーレムに突撃した。盾を踏みつぶそうとしたゴーレムは美幸にかちあげられ転倒した。

 それに合わせて飛び上がった理沙は、手元の絵の具を燃え滾らせる――


「落陽よ!」


 赤に近い橙の火球は、転倒したゴーレムを溶かしつくし、周囲にいたゴーレム達の足さえも溶かした。その威力に美幸は感嘆を吐いたが、戦況はさらに動いた――


「美幸っち、盾を上に構えて!」


 美幸が反射的に盾を上に構えると、ドン!と衝撃が体中に走り、わずかに水しぶきが目の前に散った。


「落ちろ!美香!」

 

 上空に居る美香に、毒の矢が迫るのを見た瞬間、美幸は息をのんだ――

 しかし、3連のその矢の内1本は撃槍で弾かれ、あとの2本は碧色のバリアに吸収された。

 ゴァァァン!二振りの撃槍でゴーレムの体は頭から真っ二つに両断され砕け散った。

 

 桃華の高鳴る鼓動が収まる。

 

「な、なんか押されてない?てか、向こう共闘してんじゃん!」

「黙れ桃華!うろたえんな!」

「そうよ!あたしの絵の具の供給がある限り、向こうはじり貧だから」


 黄華の言葉を裏付けるようにゴーレム達は次々と生産され、攻撃の準備を整えていた。


「どうする?美幸ちゃん?うちらこのままやと押しつぶされるけど」


 美幸は胸に手を当て、静かに目を瞑った。


「前、絵の具がキャンバスにいっぱいになったら戦闘が終わりました」

「そっか!そこまで耐えるってわけね――いいじゃん美幸っち」

「いいと思う……」


 美幸が振り返ると理沙と冴はニヤリと笑い、緑は後ろの方でガッツボーズを取っていた。

 美幸がゴーレム軍団に向き直り、盾を構えると後ろからエンチャントの音が鳴り、美幸を追い越していった。

 

「誰の領域で耐えるの?美幸さん……」

(この中で一番耐久に適している領域は私か――)

 

 美幸はきりっとした表情で美香を見つめた。

 美香はその視線を受け取ると、静かに微笑んではにかんだ。


「おーけー、あたしの領域ならバリアを味方と共有できるもんね」


 美幸は強くうなづき、振り返る――



END――

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