第16話「コンプレックスハーモニー」

 2年生の教室の続く廊下の壁に、八重はもたれかかっていた。顔が少し青ざめ、息を切らせていたがその顔には安どの表情が浮かんでいた。


「八重さん無事だったんですね!」

「よ、よかった……」

「ごめん……2人きりにして」


 八重が壁から離れようとするとすると、美幸達は顔を横に振った。


「ごめんなさい……八重さんのいうことを聞いていれば」

「ううん……何も起こらないのに厳しくされたら、誰だってこうなる」

「り、理沙さんはどうしたんですか?」

「そっちの戦いが終わったら、すぐに撤退したよ」


 3人の表情は和やかなものになったが、八重がスマホに受信したメッセージを読んだとたん、深刻なものになった。


「もしかして冴ちゃん?」

「近くの公園で話があるって……」


 3人は神妙な面持ちで顔を合わせた。


――


 公園の噴水の水が空の光を反射して、青く輝いていた。冴はカルダモンの入った瓶の封を開けて嗅ぎながら、ブランコでくつろいでいた。目の前に居た子供がブランコをじっと見つめていたが、彼女はお構いなしだった。

 

「そこにいんだろ?早くこっちにこい!」


 冴は瓶から視線を動かさずに大声で誰かを呼んだ。すると、公園の入り口の方から美幸達が,、冴の方に向かってきた。

 3人の神妙な面持ちを見た冴はいやらしく笑うと、ブランコから飛び降りて休憩所に悠々と歩いて行った。彼女はそこでカードゲームをしていた少年たちに声をかける。


「どけ、ガキども……」

「はぁ、なんで――」

「あ?」


 冴の殺気に気おされた少年たちは黙ってその場を去っていた。空いた席にドカッと座ると、彼女は美幸達を手招きした。

 冴を睨みながら、美幸達は空いている席に丁寧に座った。しばらく険悪なムードと居心地の悪い空気がその場を支配していた。


「要件を言う。あーしをお前らのチームに入れろ……」

「……どういうつもり?赤場冴?」

「冴でいい。お前らは戦力不足だ。特に1人は数にも入れられん」

「――!」

 

 冴が緑に視線を送ったのに気づくと、美幸は眉を吊り上げて冴を睨んだ。その視線に冴はいやらしい笑いで返すと美幸のこめかみが赤くなった。


「――確かに私達は苦戦を強いられる戦力かもしれない」

「なら――」

「でも、あなたが受けるメリットがわからない。単独行動が好きなんじゃ?」



 美幸達が疑わし気な視線を送ると、冴は面倒くさそう表情で、取り出した袋からテーブルに色とりどりのおはじきを撒いた。美幸達の絵の具と同じ色のおはじき左端に集め、理沙達の絵の具と同じ色のおはじきを右端に集めた。その間に赤いおはじきがポツンとおかれた。袋は乱暴にテーブルに投げ捨てられた。


「あーしは確かに一匹狼だ。でもな、このままお前らがあいつらに負けたらどうなる?」


 冴は3つのおはじきを手にすくうと握りしめた。4つのおはじきと赤いおはじきだけが取り残された。


「冴が理沙さんたちに袋叩きにされる?」

「その通り――あーしはお世辞にも1人であいつらを倒せるほど強くない」

「黄華ちゃんは頼らないの?」


 冴は美幸の言っていることが一瞬理解できなかったのか、しばらく固まっていた――見かねた美幸がおはじきの入っている袋を手に取り、中から黄色いおはじきを取り出して見せると、冴は思い出したようにうなづいた。


「あぁ……忘れてたな。あんな雑魚……あ?」


 冴はそれから少し思案したが、美幸が目の前で手を振ると向き直って続けた。


「……あいつは味方にするには弱すぎる。仲間もいないしな」

「……あなたが理沙さん達のスパイって可能性は?」



 八重がそう尋ねると美幸達も真剣になった。


「信じられんか」

「前の戦いで信用を得て……って手もなくはない」


 トントントン……冴はテーブルを指でつつくと急にポーチから小瓶を取り出した。中の赤い絵の具が鈍く光っていた。美幸と緑は首をかしげたが、一方で八重は口角を上げた。


「担保ってこと?」

「そうだな。これであーしは勝手に戦えん」

「裏切りが発覚すれば川にでも投げればいいしね……」


 冴は八重の言葉が気に入ったのかニヤリと笑った。


「冴ちゃんが一緒に戦ってくれるのは嬉しい……でも」

「でも?」

「味方にはリスペクトを払ってほしい――」


 美幸のまっすぐな視線をうんざりした表情でいなすと、冴はテーブルの上に足を投げ出した。美幸はその態度を見ても緑に対する言葉を待ち続けた。


「わ、私が弱いのは事実だし、冴さんの指摘は正しいというか……」

「そういう問題じゃない――!」


 バン!木のテーブル全体に衝撃が伝わり、散らばっていたおはじきが少し浮いた。緑が肩をびくりとさせたが、冴は動じなかった。


「どうすればいい?土下座でもするか?」



冴が片目を閉じながらそういうと美幸は席を立ち、冴に近づくと胸倉をつかんだ。冴は反省することもなく美幸の怒りに満ちた瞳を見返した。


「なら金か?」

「人と人の間の話をしてるの……!物とか理屈じゃない……!」


 美幸が静か怒りを込めてそういうと辺りは静かになった……


「――わかった……緑の、悪かったな……」

「い、いえ……私は別に……」


 八重は何も言わなかったが、少し微笑んでいた。怒りが喉元を過ぎたのか美幸は冴の胸倉から手を放し、崩れたシャツを丁寧に直すと、元の席に戻った。


「で、次の攻撃はいつになるんだ?銀城」

「攻撃ってどういうこと?」

「もう少ししてから話そうと思ってたけど、いいかな」


 八重は仕舞われた3つのおはじきを袋から取り出すと、説明しだした。


「私達は戦力的にもかけてるのに防衛戦をしてる」

「だめなんですか?八重さん」

「だめに決まってるだろ馬鹿が……」

「城とかがあったらそれでもいいんだけど……」


 


「……美幸さんは小さくて速い動物だったとして、大きくて遅い動物に正面からじっと防御し続ける?」

「しないですね……あ」

「緑さんだったら?」


 緑は少し考えると3つのおはじきをスライドさせ、4つのおはじきの側面に回らせた。


「そう……回り込んで、側面か後方から攻撃する。できれば分断して……」

「ま、前やられたことをこっちがしないと、いつまでも攻撃され続けるんじゃないかな」

「ふーん、戦術はわからんでもないのか……」


 冴が緑の顔をいやらしい表情で見つめると、緑は美幸の後ろに隠れた。それを見た美幸は優しく微笑んだ。


「それで実際どうやるかなんだけど……」


――


「……で、ファイナルペイント使ったのに、一騎も落とせんどころか逆転されたってこと?」

「すんません……理沙さん」


 群青色の影が支配する駐車場の隅で、桃華の広い額は冷たい地面に伏していた。桃華は何度も感じた冷たさを額で感じ取る。

 

「そうよ、なんもできずに負けるとか馬鹿なんじゃないの?」

「紫のことも頭数に入ってるんだけど?」

「な、なんでよ!」


 紫は少したじろぐと美香と理沙を交互に見た。2人の視線に耐えられなかったのか、後方の柱に下がった。


「まぁなんでもいいけど、うちらが嵌めようとしたはずが」

「嵌められちゃったって感じ?」


 理沙と美香は目配せすると再び桃華に向き直った。


「八重さんを足止めしてもろたのに……ほんまに申し開きようがありやせん!」

(いつもうちはこんなんや……中学の時と変わってない)


 桃華の必死の懇願に気おされた理沙は、組んでいた足を解いた。


「で、どうやって挽回するん?」

「次は……次こそは」


――


「これってどういうことですか?冴ちゃん!」


 美幸の怒号に緑の肩がふたたびビクッと揺れる。比較的温和だった作戦会議は、いつの間にかピリピリとした光景に代わっていた。


「何って、あーしがいままで狩ってきた魔法少女の瓶だよ」


 美幸が怒りだしたのは、冴の首にかけられた空の瓶の正体に気づいたからだった。

 美幸が拳を握りしめても振り上げられないのを見て、冴はニヤリと笑った。


「前にも言ったがあーしは戦うためにキャンバスに挑んでる。これはその証さ」

「それが持ち主にとってどんなに大事だったか分からないんですか!?」

「なるほど……これを地面にでも埋めれば、そいつらの願いがかえってくるかもしれんなぁ?美幸」

「――!」


 美幸が冴の頬をぶとうとしたが、その腕は八重に遮られた。


「八重さん!この人」

「今仲間割れするのは得策じゃない……」


 美幸の手から力が抜けると冴はニヤッと笑い、襟を正した。


「まぁこれからよろしく頼むぞ?美幸」


――END

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