第15話「それでも私は」
「な、なんのさーあんた!」
冴が美香を睨む――その殺気を本能で感じ取った美香の瞳孔が、一気に縮まる。完全な戦闘モードになった美香を見た冴は、強敵の出現に口元をいやらしくゆがませた。
「やっと強い奴と戦える――!」
「――!」
冴は一気に美香との距離を縮めると、体を一気に地面すれすれまで倒し、下から蹴り上げた――
ゴリ!冴の蹴りは美香のあばら骨をとらえる――しかし、彼女は痛みに強引に耐え、槍を横に振りぬいた。
ブン!しかし、すでに跳躍していた冴に、その攻撃は届かなかった……冴の視界に戦場の位置関係がすべて映った。
(なるほど、この状況、あーしのものだ……)
「速すぎでしょあいつ――!」
「や、やばいっすよ。ここは逃げて……美香パイセン?」
「あいつ……なんかワクワクするかも!」
「マッチョすぎでしょあんた……」
美香の戦闘意欲がさらに上昇したのを見て、冴の瞳孔も縮まる――着地と同時に彼女の鮮やかな赤い絵の具が地面に撒かれる。
「――!」
美香はそれに呼応するように地面に碧い絵の具を撒いた――
「碧海よ――」「鮮血よ――」
「満ちよ!!」「染めよ――」
碧の絵の具の波と赤い絵の具の波が押し寄せて、ぶつかり合う。飛沫すら舞って競り合った――荒れ狂う波で、美幸達はその場で立っているので精いっぱいだった……
「冴ちゃん!」
「必ず競り勝つ――備えろ美幸」
「美香!勝てんの!?」
「ちょーと待ってね、勝つから……」
冴と美香はお互いから目を放すことなく、絵の具で競り合い続けた……しかし、美香が舌打ちをした瞬間、赤い絵の具が周囲を満たし始める……
「「「がぁぁぁぁ!!」」」
「え……」
赤い絵の具が周囲を満たした瞬間、紫達の首から血の如く絵の具が吹き出した――3色の絵の具が赤い絵の具に溶けていった……
美幸の唖然とした態度を見て、冴は口角をゆがませた。
「ついでに紙装甲にしてある……一気にたたむぞ」
「でも……」
「やらなきゃお前の願いが消える、それだけだ……」
冴は立ち止まる美幸をぼうっと待っていた。しばらくして、彼女が自身の剣の柄をきつく握りしめるのを見ると、駆け出した――
「美幸が正面を抑えろ、緑のやつは敵に制圧射撃しろ……意味は聞くなよ」
「はい!」
「冴ちゃんは?」
「あーしは――」
冴は絵の具を宙に撒くと、一気にその中をくぐりながら跳躍した。赤い霧のような絵の具に隠遁した冴は、一番注目を集めながらその動向が誰にも分からなくなった。
バシュ!紫の矢は霧に確かに命中したが、冴に当たらず極彩色の空に消えていった。
(雑魚にしてはいい反応だ……)
冴の目には、地上で桃華のゴーレムにぶつかる美幸と、それを援護する緑が見えた。
(ど・れ・にし・よ・う・か・な・神様の――)
ビチャ!桃華の頬に赤い絵の具が付着する。桃華の体が仄かに赤くなったのを見て、美香は慌てて桃華を突き飛ばした――
ガン!次の瞬間、冴は美香の槍の柄に曲刀の刃を食い込ませていた。ギチギチと互いの武器が音を立てるたび、冴の心臓の鼓動は高鳴った。
「もう少しで一枚やれたんだが……」
「やらせるわけないじゃん!」
――
「立場が変わりましたね?理沙さん」
「ふーん、どうやろな?」
八重は槍の柄で理沙の戦斧と競り合っていた――理沙の血走った瞳が、彼女の目の前まで来ていた。今まで離脱しようとしていた八重は、遅延戦法に転じていた。
しばらく拮抗していたお互いだったが、足を踏まれた八重は態勢を崩し、そのまま戦斧で薙ぎ飛ばされた。
「ぐぁ!」
八重は吹き飛ばされる最中、絵の具を放った――
「あぁ!?」
追撃しようとした理沙は自分の片足が凍り付いたことに気づき、舌打ちをした。それを横目で見ていた八重は、転がりながら次の手を考えていた――
(赤場冴は確実に強い。ここからでも分かるくらいに……これなら――)
立ち上がると八重は地面に絵の具を撒く――銀の絵の具は冷気で彼女の足元を冷やした。彼女の前方に居る理沙も、凍った足元に絵の具を垂らした――
「烈日よ――」「銀月よ――」
「満ちよ――」「染めよ――!」
粘りながら押し寄せるマグマと、透き通って染みていくような氷雪はまじりあい、拮抗しあった――
「やるやんけ!」
「くっ!」
理沙の瞳孔は縮まり、マグマはさらに勢いを増した――それを見た八重は瞳を閉じ、静かに力を抜いた……
マグマは氷雪を飲み込み、あたりを灼熱の溶岩地帯へと塗りつぶした。
「腕相撲でうちに勝てるとおもったん?」
「いえ、試してみたかっただけ……」
溶岩を歩く理沙は、いつもより攻撃性と活力に満ちていた。対する八重は、そのマグマにじりじりと絵の具を削られていた。彼女の絵の具が減るたび、理沙の絵の具が増えていった……
「たっぷり税金払ってもらうで!」
(逃げるほど不利か……)
八重は足元に絵の具を撒き、束の間の足場を作るとそれを槍で突き、棒高跳びの要領で跳躍した――冷気の軌跡を残しながら八重は、理沙のもとまで落下していった。
「はぁん!そう来たか!」
理沙が落下する八重に対して斧を突き出すと、八重の体はみぞれとなった。八重の前に無防備な理沙がさらされる――
「――!」
「終わりだ……!」
――
(冴ちゃんは本気で美香さんを倒そうとしている……)
美幸がたたき割ったゴーレムの破片が、彼女の兜のひさしを滑った。彼女は何度かゴーレムの合間を突破しようとしたが、本気ですることはなかった……
(結局私は――)
翡翠色の爆撃が美幸の真横を通り、美幸は我に返った。
「美幸さん!もう一度!」
緑の言葉が美幸の胸の奥に刺さった……ドーン!美幸の進路が翡翠色の爆風で切り開かれた――
「はぁぁぁぁ!」
美幸は切り開かれた進路を全速力で走り切った――視界の先には桃華がぼぅっと立っていた……
「うわぁぁ!来るなぁ芋女ぁぁ!」
桃華の鞭による殴打は、美幸の盾による突進を全く止められなかった……
「やば!紫早く援護を――」
「緑の!」
ドーン!紫は矢をつがえて放とうとした瞬間、翡翠色の爆風に包まれた。
「くそがぁぁぁぁ!」
「ひぃ!」
紫は怨嗟の言葉を吐きながら、地べたでうずくまった。もはや美幸の攻撃を止めるものはいなかった……
しかし、十分に近づき、剣を振り上げた美幸の手は震えていた……
(このままじゃモモちゃんの願いが……まだ聞いてすらいなのに……)
「や、やめて……お願い……」
桃華は鞭を捨ててうずくまった……美幸の前に、完全に無防備な少女が投げ出されていた……振り上げた腕は震えながら止まっていた。その顔には涙が浮かんでいた……
「なにやってんの桃華!早く立って戦え!」
「美幸早くとどめを刺せ!」
紫と冴の怒声があたりに響いた――
「読者モデルになりだいの……」
「え――」
「だからお願い……見逃して……」
桃華のしわくちゃになった顔を見た途端、美幸の胸の奥にじりじりと鉛のようなものが流し込まれていった……人の一番大切なものに脅しをかけたのは美幸にとって初めてだった――
美幸の右目がぴくぴくと痙攣する……視界は揺らぎ、精神は限界に達していた。
「え、えあう……」
「美幸!」
「あぁぁぁぁもう!桃華!切り札使え!」
「へぅうう……」
「早く使え!」
「はいぃぃ!」
紫の怒気に気おされた桃華は、一気に立ち上がって美幸の目の前で瓶の蓋を開けると、胸に押し当てた……
「ファイナルペイント!」
桃華の覚悟の宣誓が響く――あたり一帯に桃色の絵の具が広がった。それはどこまでも透き通りにじんでいった。周囲に居たゴーレムは一気に修復し、地面から次々とゴーレムの大群が湧き出した――
「まずい!とにかく防御しろ!美幸!」
冴の叫びが届いてようやく美幸は正気を取り戻した。 即座に緑の方を見たが、すでに彼女は赤い霧に包まれていた。
「生き残れ!美幸!」
美幸の生存本能は、すぐさま美幸に瓶を取らせた――瓶を握る力はいつもより強かった……
(生き残らなきゃ……まだ誰も救ってない!)
……
「ファイナルペイント――!!!」
「「「――!」」」
美幸の宣誓に全員が彼女に注目した。美幸の足元から、粘り強い真珠色の絵の具が広がる。彼女の体と盾は真珠色に輝き、彼女の剣は光の奔流を纏った――
ゴーレム達は真っ先に美幸に突進し、彼女に腕を振り下ろす……しかし、ゴーレムの手にひびが入り、隙間から真珠色の光の奔流が飛び出すと崩壊した。
自由になった彼女は飛び上がるとゴーレムに切りかかった。
「はぁぁぁぁ!」
美幸は次々とゴーレムを倒し続ける……しかし、周りが驚愕したのはその攻撃力に対してではなかった。
「やばくない?あれ……」
「美幸さん、攻撃を受けるたび……」
「絵の具が回復しているのか?」
「……ほんとうなら」
ヒュン!ドワァァン……紫が試しに美幸に矢を命中させると、矢は彼女を傷つけるどころか彼女を癒した。にじんだ紫の毒さえも彼女に活力を与え続けていた……
美幸が耐久し続けると、ゴーレム達は戦意を喪失し、しばらくして色が薄くなって崩壊していった。最後のゴーレムが倒れると辺りは静まった……
「うちのゴーレムが一瞬で……ファイナルペイントやのに……くそぉぉぉぉ!」
静寂を破ったのは桃華の慟哭だった……
「もうわかったと思う……モモちゃんじゃ私には勝てない。だから……」
「だからなんだよ……」
「え……」
「やっぱりむかつく……何があなたはあなたでいいだよ。偉そうなんだよ!」
「でもこのまま戦ったらモモちゃんが……」
桃華は美幸の言葉を聞くたびに、顔に血液がたまっていった。桃華が目の前にいる美幸に鞭を振りかざすと、あたりに老婆の声が響いた――
《絵の具が満ちすぎた……この絵にはもう絵の具は塗れないよ》
「はぁ!?何言ってんの?うちはまだ……」
《見事な絵ができたじゃないか……次の絵で思いをぶつければいい》
「絵って……私達の戦いをなんだと――」
美幸達の言葉はキャンバスに届かず、極彩色の空間は溶けていった……
制服姿に戻った美幸達は、廊下の中で立ち尽くした……通り過ぎる生徒たちが、指をさしても彼女たちは気にも留めなかった。
「やっぱりあんた気に食わないのよ……」
「紫さん……」
「んーみゆきっちはちょっと人の思いをなめすぎなんじゃない?」
「……」
「違いないなぁ……」
冴がかつらを拾って窓から投げ、伸びをしながら廊下を去ると、一人、また一人と廊下を後にした。取り残された美幸に緑は駆け寄った。
「うまく言えないけど、私は美幸さんが間違ってるとは思いません……」
「……緑さん」
美幸がいくらか活力を取り戻すと、彼女のスマホに八重からのメッセージが届いた。美幸の顔はさらに穏やかになった。
「皆に諦めてほしくないから……」
美幸はそうつぶやくと緑と共に八重の元に駆けていった……
――END
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