第14話「あーしのものだ」

 八重は公園の隅のベンチでイヤフォンを耳につけ、曲に聞き入っていた。彼女は周囲に居た少年と目が合い、少し微笑む――少年は頬を赤らめるとその場から去ってしまった。


(ほんとに来るの?その冴って魔法少女)

《冴からはそう聞いているよ》

(――!)


 八重が振り向くと、彼女の座るベンチの背もたれを軽やかに飛び越えた人影が、ドカッと彼女の横に座った。


「いい反応だな?強い奴特有の感覚だ……」

「なんでもいいけど、倒されたくなかったらやめた方がいい……」

「銀城だったな……何聞いてるんだ?」


 八重が説明しようとした瞬間、冴は彼女のイヤフォンを抜き取って自分の耳に当てた――ガッ!八重の手が冴に伸びたが、赤いマニュキュアをした手に遮られた――


「フーン、チルステップねぇ……いい趣味だな?」

「返して……」


 八重の銀の瞳は肌も裂くような冷たさを放っていた。冴はその殺気に張り合う気がないのか、退屈そうにイヤフォンを投げる――八重が必死でそれをキャッチすると、ニヤリと笑った。


「近々、あいつらがお前らに奇襲をかける。固まってろ」

「……話が見えない」

「あつら前の戦闘で大恥かいたろ?なんだった?紫と桃色の――」

「紫と桃華?」


 冴は指をぱちんと鳴らし、ポケットからシナモンスティックを取り出すと嗅ぎ始めた。


「そいつらに決死隊をやらせんだとよ、あの理沙ってのが……」

「その二人なら――」

「もちろん青波もついてくる……」

「……理沙さんは?」

「わからん……そこまでは聞けなんだ」

「どうやって情報を?」

「あの桃色……よほど要領が悪いのか、何度も紫のやつに確認をしてやがったんだよ」


 八重は口に手を当て、少しの間思案すると眉を曲げて冴を見つめた。


「本当だったとして、どうして私に?」

「お前にじゃない……」


冴は急に無表情になり、八重はその表情に困惑した。彼女は少し思案した後、冴に向き直った。


「日時は?」

「それがな――」


――


 青く澄んだ空と共に浮かぶ太陽は、何にも遮られることなく大地を照らしていた。桜の木が立ち並び、道に桃色のカーペットを敷く中、美幸は小さな影をとらえて駆け寄った。

「――!モモちゃんおはよ!」

「……」

「ももちゃん?おーい!」

「……チッ」

 

 美幸を再三無視した桃華は飽きれた表情で振り向く――


「あんたってバカでしょ?そんなんで振り向くと思ってんの?」

「でも……振り向いたよ?」


 

 桃華はどっと肩を落とすと、腰に手を当て美幸を指さした。


「うちらは敵同士なの!戦う相手と馴れ合うつもりはないから!」

「でも、前は楽しく――」

「……あんたちょっとママが気に入ったからって調子に乗らないでよね!」

「もう一度話せば――」

「あんたにもアタシにも”もう一度”なんてないのよ!」


 桃華の怒声は美幸の胸の奥に、杭を突き刺したような感覚を与えた。美幸がしゃべらなくなったのを見た桃華はニヤリと笑うと、踵を返して桃色のカーペットを蹴散らしていった……


「ももちゃん……」


 取り残された美幸を登校する生徒達が追い越していった――その中に黒髪の見慣れない生徒が居たことに、美幸は一瞬気を取られたが別の不安が彼女を襲った。


(八重さんが今日は理沙さんたちが仕掛けてくるから、離れないようにしようって言ってたけど……)

《信じられないのかい?冴の情報じゃ》

(そうじゃないけど……学校で戦いなんて……)

《……》

(それに紫さんも桃華ちゃんもほんとはもっと――)

《気を付けた方がいいよ……美幸……》

 

 キャンバスの忠告を聞いても美幸の表情に危機感はあまり表れていなかった……


――


 八重は朝は早いというのにすでに教室の自分席に座り、手元のノートとにらめっこしていた。ノートには授業の日程が書かれており、授業の合間にばってんが書かれている――銀の瞳には珍しく焦りが見えた。


(時間は大体この辺……奇襲を仕掛けるとすれば相手は……)


《焦っているのかい?八重にしては珍しいね》

(黙れ……忙しい)


 八重は席のとなりにある窓から校門を見下ろした……眼下に広がる景色の中、彼女はのんびりと歩く緑の姿を見つけた。緑が振り返ると、後ろから美幸が手を振りながら駆けてきた。

 

 八重は苦々しく舌打ちをすると授業の予習に入った……


――


 緑は日差しの薄くなった校舎の片隅で大きなため息をついていた……休み時間になるたびに、神経質なほど八重が招集をかけていたからだ。結局八重が言ったような襲撃はなく、いつものありふれた日常に緑の危機感はマヒしていった。

 曲がり角を曲がった緑の表情は曇った……美幸と話していた八重は、彼女を見つけると素早くかけてきた。

 

「あの~八重さん。私委員会の仕事があって……」

「……誰かに頼めない?」

「私もちょっと用事が……」

「二人とももう少し危機感を――」

「でも、冴ちゃんの情報なんですよね……」

「……」


 八重は眉をハの字に曲げ、先ほどまであった威勢を失った。

 そんな八重の痛々しげな表情を見た二人は、ゆっくりと八重の元を去っていった……

 

――


  紫は教室の廊下をとぼとぼと歩く――髪を指でくるくる神経質にいじるたび、周りの生徒が逃げていった。彼女を見つけると嬉々として駆け寄ってくる、ただ一人を除いて……


「紫さん!こんにち……わ?」


 美幸をまるで見えていなかったかのように紫は追い越す――彼女の歩幅は静かに広がっていった。


「急いでるんですね!でも兄が――」

「無視してんの!わかんないの?このあんぽんたん!」


 紫の怒声に美幸の肩はびくりと動いたが、彼女が焦っているのを察した美幸は彼女の早歩きに並走した。


「なんで急いでるんですか?」

「あんたには関係ないでしょ……!」

「関係あります!兄が紫さんにまた会いたいって……」

「――!」


 勇樹の名前が出た途端、紫の体はぴたりと止まった。美幸には彼女の表情が少し和らいだように見えた――しかし、それは一瞬のことで美幸が瞬きすると、いつもの神経質なものに変わっていた。


「どうせ、あたしには後がないのよ……」


 決意の表情を浮かべた紫は突然走り出し、美幸と距離を放した。


「どこに向かってるんですか!?」

「あんたには関係ないって言ったでしょ!」


 紫が階段を下りていくのを見て、美幸の直感は不吉な予測をはじき出した――


(もしかして――!)


――


 カツカツカツ!紫の足音が派手に響いていた。彼女は周囲の目も気にせず、美幸達の教室を目指した――追走する美幸の心臓の鼓動は高鳴り、彼女に警報を鳴らしていた。


「見つけた……!」


 紫は目当ての人物を見つけると小瓶を取り出し、猛ダッシュで近づいた。紫の双眸に映っていたのは気の抜けきった緑だった――


「に、二階堂先輩!?」

「緑さん!逃げて!」


 美幸の声で危機を察した緑は、廊下の反対側に行こうとした。廊下が極彩色に徐々に染まっていき、生徒達が水のように溶けて消えていく……そして緑は急に足を止めた。

 

「――!」


 緑の前には桃華と美香が、通せんぼするようにして瓶を構えていた。


「「「変身!!」」」


 桃華と紫、美香の宣誓の声が、極彩色の花道と化した廊下に響いた――


「変身!」

「へ、変身!」

「……変身」


 美幸は変身する最中、黒いかつらを脱ぎ、赤い絵の具の入った瓶を掲げた少女が、視界の隅に入った――


 廊下は極彩色のマグマが吹き出し、溶岩だまりのできた火山地帯となっていた……


「桃華、美香!合わせろ!」

「分かってます!」

「はいよ!」


 紫がコルクの蓋をはじくと、水彩の薄くはかなげな紫の絵の具が、彼女の矢じりにまとわりついた――こぼれて落ちた絵の具は、すぐにどす黒い色に変わって地面を溶かした。美幸はそれが放たれる前に緑の前に立った。

 ガン!ガン!ガン!美幸の肩に衝撃が走る――にじむ紫の絵の具は、またもや真珠の絵の具に遮られた。しかし、衝撃は続く――美幸の脇を通り過ぎるゴーレムの集団を、彼女は止めることができなかった。


「潰れろ芋女2!」

「ま、負けない!」


 ドォーン!翡翠色の爆風が、ゴーレムの鉱石のボディを砕く――その一撃は3体居たゴーレムのうち、2体の足を砕いていた。残る一体も満身創痍でよたよた歩いていた……美幸の胸の奥に安堵感覚が広がった――次の瞬間、よたよた歩くゴーレムの後ろに隠れていた美香が、ゴーレムの背中をけって跳躍し、緑に迫った――

「とーった!」


―― 


(くそっ――!)


 八重はわき目も降らず、2年生の教室の並ぶ廊下を駆けていた――持っている小瓶の中の銀の絵の具は妙滅していた……


(赤場冴は今どうしてる!?)

《あの子は気配を遮断する能力を持ってる…………つまりわからないってことさ》

(口約束じゃこんなもんか――!)



 キャンバスの悠長な回答に、いら立ちを感じた八重はさらに速く駆けた――

 あともう少しすれば、1年生の教室につながる階段に差し掛かる……その時だった――


「へんしーん」


 甘ったるいイントネーションの京都弁が、八重の背後から廊下に響いた――必死に走る八重を極彩色のドームが残酷にも追い越す。息を切らせた八重は立ち止まり、観念したように振り向いた――


「変身……」


 銀の光があたりを照らし、八重は銀の槍に絵の具を塗った――槍は冷気を纏い、周囲を冷やした……


「敵の鋭気を避け、惰気を撃つ……正面から戦わず分断する……あんたがよくやった手法やで?」

「よく覚えてましたね……そんなの」


 理沙は戦斧で地面をゆっくりとなぞると、素早くかち割った。極彩色の地面が割れ、七色のマグマがどろどろと吹き出してきた……それをすくい上げた彼女は、戦斧に絵の具を滴らせた。


「悪いけどここで油売ってもらうで!」


 理沙の言葉が八重の耳に届くころには、戦斧の衝撃が槍を伝って彼女を震わせた――八重はどうにかして重心を保ったが、直後の蹴りでよろめいた……しかし、そのあとの追撃は来なかった。


(クソ!遊んでる……)


 八重が表情をゆがめたのを見届けると理沙の口角は歪んだ……しかしその直後、二人の表情は一変した……


「誰や今入ってきたの……」

「……ふふ、なるほど」


――


「あ、あれ…………」

「は?」


 美香の双槍による打撃は緑に届かなかった……深紅のエキゾチックな装束に身を包んだ魔法少女が、美香の攻撃を弾いたのだ――

 全員の視線が冴に集中する。冴は視線に殺気で返す――紫と桃華はマネキンのように動かなくなった


「冴ちゃん、一緒に戦ってくれるんですか!?」

「気が変わった……今人数差がつくと困るんでな……」

「に、人数差?」


(予定が少し狂ったがこの状況、あーしのものだ――)


――END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る