第11話「紺碧の水先案内人」

 美幸達は武器を構え、前方に居る美香を警戒していた。彼女の持つ二振りの撃槍は穂が広く大ぶりだった。彼女が退屈しのぎに地面を薙ぐたび、地面が抉れる。しかし、彼女がその大きな双槍を構えることはなかった。それどころか大きなあくびと共に伸びをして美幸達に隙をさらし続けていた。


「その態度は倒されてもいいってこと?」

「んーちょっと違うかなあたしの目的は――」

「救援なんていらない。八重はこのあたしが……ごふぅ!」


 美幸達に矢を放とうとした紫は、美香の槍の柄を腹に受け、膝から崩れ落ちた。


「紫さー、調子乗んないでよね……」

「な、なんで……」

「なんでもなにも、理沙ち―が言ったじゃん。勝手に動くなってさ」


 紫が起き上がることを諦めたのを見ると、美香は桃華へ視線を移した。その視線はいつもの陽気な彼女の者ではなかった。


「す、すいやせん!美香パイセン!う、うちはだめだって言ったんすけど紫パイセンが……」

「桃華ってさ、自分の意志で動いたことあるの?」

「……あぅ」


 桃華の瞳から光が失せ、何もしゃべらなくなった。


「てことで!八重ち~引いてもいいよね?」

「だめだ、桃華はここで仕留める……」

 

 美幸は盾の先を地面に打ち付け、緑は威嚇射撃を空に放った。


「あ~あ、仕方ないな~じゃあ」

「――!美幸さん領域を塗り替えして!」

「え?」

「――碧海よ……満たせ」


 陽気だった美香の表情が、一瞬で狩人のそれに変わった。彼女は姿勢を低くし、両手の槍の穂先を地面に打ち付けた。途端に水色の絵の具の波が、美幸達の足元になだれ込んだ。絵の具の波は足鎧の隙間からぬるっと美幸の足を伝った。


「そ~ら、船出の時だ……」


 美香は瓶のコルクを弾き、宙に絵の具で円を描いた。すると自身を覆う、球状の絵の具の膜が構成される。水色のそれは波打ち、怪しくてらてらと光っていた。

 紫達もその膜で覆われた。先ほどまで意気消沈していた紫と桃華は立ち上がる。しかし、紫は少しいらだっていた。


「またこの匂い……いらつく」


 少女達が戦う主戦場から少し離れた岩石の後ろで、冴は自分の腕に赤い絵の具で文字を書いていた。怪しく光ったその絵の具は腕に吸収されていった。


「さてどんな能力か……」

《覗き魔だね、冴は……》

「あーしはカード集めが好きなんだ……」

《ふうん、カードコレクターで終わらないようにね》

「黙れ……」

 

 上機嫌だった冴の表情は一気に冷酷なものに変わった。そして、そのまなざしは美幸へと注がれた。美幸を見ると彼女の口元は緩んだ。 




「――バリアですか?」

「そう、もう一つ厄介なのは――」


 美香は地面に絵の具をばらまく。水色の絵の具はたちまち大きな波となり、美香を押し上げた。波が頂点に達すると、波をけって彼女は跳躍した。


「こういうことだよ、美幸っち!」



 美幸は盾を構えたが、美香の影が自分を追い越した瞬間、とっさに後方に走った。八重も少し遅れてそれに続いてきた。美幸の鼓動が急に高くなった。


「な、何とかしのぐので前を固めて!」

「無視すんじゃないわよ!」


 緑の覚悟を確かめた美幸は踵を返した。直後に紫の矢が美幸の盾を揺らす。緑の勇気を無駄にしないためにも美幸は全力で突撃した。


「美幸さん盾を上に構えて!」


 八重の声が聞こえた時には、美幸は盾を上に構えていた。ゴン!衝撃と共に盾からひんやりとした感覚が彼女の手に伝わった。美幸は桃華の元まで跳躍した八重に一瞥すると、紫の一歩前までたどり着いた――


「ただじゃやられない!」 「いいねぇ!!」


 

「覚悟しろ桃華!!」「ひいぃ!!」



「逃すかぁ!!」「くんじゃないわよカスが!」



 ――


 美幸が紫を組み伏せて押し倒し、八重の方を見ると、彼女は桃華の喉元に槍の穂先を向けていた。美幸と八重は武器を人質に向けたままゆっくりと振り向いた。


「「緑さんを放せ」」

「そっちがね?」


 緑は抵抗も虚しく、美香に組み伏せられていた。喉には双槍の穂先が向けられていた。


 冴は素早く曲刀を抜き、刃に絵の具を塗りそうになった――


《カード集めが趣味だったんじゃ?》

 

 冴は喉を鳴らすと、曲刀と瓶をしまった。


「あたしの仲間を放すか、この子の願いを潰すか……選びなよ」

「そっちに主導権はない……こっちは2人だ」

「嘘だよね?数は関係ない……てかこっちはその2人なんてどうでもいいし」

「はぁ!?何言ってんのプリン頭!?」

「美香パイセン……」


 美幸と八重は唇をかんだ。美香は不敵な笑みをしたまま、緑の喉に槍を押し込んだ。緑の絵の具がさらさらと流れた。


「分りました!2人を放す……」

「おけおけ」

「……ごめんなさい、八重さん」

「それでいいよ……」

 


 美香は緑を立たせ、八重と美幸はそれぞれ桃華と紫を立たせた。お互いにゆっくり歩み寄り……


「「「せーの!」」」


 ドン!お互いの人質は変換され、再び武器を構えた。


「よし、美香!もう一度仕掛けろ。今度はあたしも――」

「何見てたの?退くに決まってるでしょ」

「な、なんでっすか?美香パイセンがいれば……」

「1対2だよこっちは。接近戦に弱いし……」



 美香は自分の足元に適当に絵の具を撒いた。


「?やけを起こしたとしても逃がしません!」

「どうするつもり……美香?」

「こうするの!」


 美香は地に撒いた絵の具を踏み抜いた。水色の絵の具の波は飛沫を上げ、美幸達を押し流した。波が去った後には誰もいなかった。緊張の糸が解けたのか3人はその場に座り込んだ。


「ごめんなさい……私がもっとしっかりしてれば」

「ううん……緑さんはよくやった。美幸さんもね」

「大満足です!初めて押し返せたんですから!」

 

 3人はしばらく変身を解かず、極彩色の空間で胡坐をかいて粉砕された鉱石の粉末を手ですくって眺めていた。


――


「すいやせんでした――!理沙パイセン」


 橙色の光が横から差し込む駐車場に、桃華の声が反響した。桃華の広い額にコンクリートの冷たくごつごつした感触が伝わった。

 隣にいた紫は頭を下げるのを拒み、顔を理沙から逸らしながら立ち尽くしていた。

 桃華達のバッグの上に座っていた理沙は、足を組みなおした。手首に着けた橙色のシュシュは日の光で真っ赤に染まっていた。


「うちゆったやん?勝手に仕掛けたらあかんでぇ~って……」

「ゆ、紫パイセンが今ならうちらでもやれるって……」

「はぁ!?あんたが今なら弱いからやれるって……」

「結局あたしがいかなきゃ負けてたじゃん……」


 駐車場の柱の陰から顔を出した美香は、ナイロン袋を手に下げていた。


「美香ーこうてきた?アレ」

 

 理沙への問いに美香はダブルピースで返した。


「ア、アレって、な、なんなんすか?」

「はぁ、アレか……」


 戦慄する桃華の脇をさっと通り越した美香は、理沙に袋の中身を渡した。桃華は顔を手で覆った。


「これや、これ!うちマジでこれすきなんよ~」


 桃華は指の隙間から恐る恐る袋の中身を見たが、きょとんとした表情ですぐに手を顔から放した。


「シュシュっすか?もう持ってるのに……」

「馬鹿ね……桃華」


 理沙はシュシュを解体するとゴムを取り外し、両手で広げて見せた。


「あ……」


 合点がいった桃華は突如駐車場の入り口を目指したが、一瞬で美香に追いつかれた。


「はい~あうと~戻ろっか、桃華。シュッシュッポッポ……」


 美香に後ろから押された桃華は元の位置に戻った。紫はその頭をはたいた。 


「逃げたから2回やで~」


 美香が桃華の手首を無理やり見せると、理沙はにやにやしながら細い手首にシュシュのゴムを通し、思いっきり引っ張った。


「ほないくで~ワン・トゥー……」


 カウントが終わる前に理沙はゴムをリリースした。



END――

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