第9話「銀と赤の眼差し」
「おいしそう……」
美幸はガラス越しに見える、色とりどりの食べ物に目を奪われていた。吹き抜けのガラスの天井からは青い空と天を目指す太陽が見え、あたりには私服の人々が往来し、親の手を引っ張って店内に駆け込む子供達でいっぱいだった。
「まだ早いから後で食べに行こうね美幸さん……」
八重が足を進めるたび、ガウチョパンツの裾が船の帆のように張った。そこから覗くキャラメルブラウンのサンダルは彼女にエスニックな雰囲気を醸し出していた。右腕のブレスレットには色とりどりの石が数珠のように結ばれ、日が当たるたびきらきら煌めいた。
「わ、私、服とか見たいので……い、いいですか?」
ベージュの丈の長いスカートは緑が歩くたび、風を含んだカーテンのようにふわりと広がった。えんじ色のタートルネックはその根元を花束のように束ねている。濃いグリーンのベレー帽は彼女の最大のアイデンティティの表れだった。
「わがりました……我慢じまず……」
美幸が歩を進めると、彼女の足をすっぽり包んだデニムのサロペットの大きな裾がバタバタ揺れる。腕を振るたび、着こなしに余裕のあるシャツがゆさゆさ揺れた。ボーイッシュなキャップがその印象を少し引き締めていた。
涙ぐみ、口の中の涎を飲み込んだ美幸は、後ろ髪を引かれながらレストランを通り過ぎる。その時の八重の表情はやや曇っていた。
(とりあえず行動は起こしてみたが、この子達で……)
レストランを後にし、服飾店に入った3人は目当ての物を探しながら歩き続けた。
「2人は魔法少女のことどれくらい知ってるかな?」
デニムのジーンズを2着手に取った八重は歩みを進めた。
「絵の具の瓶が3本あってそれがなくなったら終わりてこととか?」
「緑さんは?」
「え、絵の具の色に沿った能力があることとでしょうかね」
目当ての服を脇に抱えながら二人は八重に続いた。
「おおむね分かってるね、でももう一つ油彩タイプか水彩タイプかっていう、括りがあって……」
――
薄暗い部屋――そこには家具と呼べるものは棚とテーブルがひとづつあるだけだった。テーブルの上にはノートPCがあり、チェスの駒と盤、散らばったシナモンスティック、そして飲みかけのチャイティーの入ったカップがあった。赤いマニュキュアをした指がカップを救い上げた。赤く暗い瞳はチェス盤に向けられていた。
「あーしを除いて、今回のキャンバスに見いだされたのは8人」
《お邪魔するよ……冴は会うたびに面白いことをしているね》
「黙れ。そのうち、やばそうなのは4人。金城理沙、銀城八重と青波美香、そして白井美幸……」
《その中でも美幸にはかなり興味津々だね。ずっと見ていたし》
「黙れと言った。金城理沙は油彩タイプの魔法少女。エンチャントはドレインで炎属性。武将タイプなこと以外弱点無し……ウルトは太陽投げ」
《理沙はかなり質のいい油彩タイプだね。パワーとタフさがあるのに、油彩タイプ特有の遅さがない》
冴は黒のクイーンをチェス盤に置き、他の駒を蹴散らした。
「次にやばそうなのが、銀城八重、あの距離から一瞬で金城理沙に近づいて、しかもパリィを決めやがった……能力は不明だがおそらく水彩タイプ」
《あたりだよ。あの子は典型的な水彩タイプ。器用で速くて……脆く、バテやすい》
「一瞬冷気をまとったように見えた……氷属性か?」
《自分が話したい時だけ話すのかい?……おおむねあってるよ。ところでウルトとかパリィとは――》
「黙れゴミ」
冴は黒のビショップを捨てて白のクイーンを、黒のクイーンの前に置いた。
「金城理沙のチームで、2番目に強そうなのが青波美香。タイプは……油彩か?そしておそらく水属性の何かを使う」
《良くわかるね、そういう偵察能力があるのかい?》
「――まぁな」
冴は黒のルークをまっすぐに動かしたり、横に動かしたりして白の駒を蹴散らし、チェス盤に置いた。
「残るは……」
冴は白のポーンを持ち上げて放り投げた後、白のルークをその暗い瞳で見つめた――
――
「私って油彩タイプだったんだ……」
「そう、美幸さんは典型的だね。回復もできるから、理沙さん並みに長期戦に強いね」
「わ、私は水彩タイプですか……」
「うん、私と一緒で短期決戦タイプ。つまりね……」
「つまり?」
「基本的に私達は短期決戦をすべきなの……」
「「あぁ~」」
緑と美幸は目当ての服を籠に入れながらうなづいた。
「もっと明確な戦略と戦術は実際に使ってみてから決めようか」
「じ、実際に?」
「じゃあ!どこか別の静かなところで変身するんですね」
「ううん……」
きょとんとする二人を八重はにこにこしながら、それぞれ別の試着室に順番に押し込んだ。
「あの~変身は――」
「言わなくていいよ」
それを聞いた二人はそれぞれ鏡に映った自分と対面し、目を瞑り心の中で祈った。
美幸達が目を開けると極彩色の空間に居た。
「キャンバス、教練の誓いを立てたたいのだけれど……」
《了解したよ……》
「教練って――え!」
ブン!美幸は唐突に八重の槍で突かれたが、ちょっとした衝撃があるだけで絵の具が減ることはなかった。
「こういうこと……2人がかりでいいよ」
それを聞いた瞬間美幸の眉は吊り上がり、盾と剣を構える。緑はおぼつかないながらも八重に銃口を向けた。
(美幸さん、いい目をしてる)
八重は槍の穂先を美幸に向けたまま横にステップした。緑から見ると八重が美幸に隠れる形となった。
(どうやって撃つかな?)
美幸は少し間眉をひそめたが、盾を構えたまま間合いを詰めた――が、八重は槍の穂先を美幸の足元までずらし、引き切った。美幸の足元が崩れ、八重の前でよろめいた。美幸の後ろに見えた緑は案の定発砲できずにおろおろしていた。
「うぉっと……」
「絵の具を使ってから仕掛けて――」
八重が絵の具を槍に塗ると、思い出したように他の2人も後に続いた。美幸は素早く塗り突撃する――八重が視線を流すと、緑は絵の具を塗った後の装填に戸惑っていた。
(美幸さんは性格の割に勇戦敢闘タイプ……緑さんは、うーん)
美幸は先ほどより、地面に盾の先をこすりながら突撃した。八重は少し微笑みながら、うしろに引き、槍の穂先の腹で盾を横から叩く。
ガァァァァン!強烈な音とともに美幸の体制が崩れる――その隙をついて八重は再び、美幸の足に槍で鎌をかけた。
ゴン!
(なっ!!)
八重は驚愕した。美幸の足元を裂いたはずの槍の穂先は、彼女の足で踏まれていた。八重は素早く銀の絵の具を地面に撒く――八重が元居た位置に銀色のみぞれでできた、彼女の幻影が出現する。同時に八重の槍は美幸の足から解放された。
(機転も利くのか……)
《面白い子だろう?》
(黙れ、キャンバス……)
――
冴はチェス盤の上に、白のルークと赤いフィギュアを向かい合わせに置いていた。
「美幸は今は弱いが残しとく」
《なぜだい冴?》
「あいつは戦ったことがないだけで、かなり戦闘に向いてる。残りのごみとは違う」
チェス盤の上にあった黒のポーン2体と白のポーン、安物の黄色のアヒルのフィギュアを放り投げた冴はニヤリと笑った。
《ひどいいいようだね》
「何よりあいつの胆力が面白い。なぜ他人のためにあそこまでできる?」
《それは私にも分からないね》
「自分を害したやつまでかばったんだぞ?あいつはヤバい奴だ」
《冴もヤバい奴じゃないか》
「だから面白いんだよ……分からないのか?」
《……どういう意味だい?》
白のルークの後ろに、シナモンスティックをどっさり落とした冴はニタニタと笑った。
――
八重は美幸に対して満足していた。先ほどからいくつか技をかけたが、美幸は粗削りながら対応していた。彼女からしてかなり見込みがあったのだ。
「八重さん!なんでさっきから笑っているんですか?私おかしいですか?」
「ううん、全然……」
微笑んでいた八重だが、すぐに眉を曲げた。
《緑は全然だね。あまりにも戦闘センスがない……》
(黙れ……でも確かに……)
緑は八重が最初に仕掛けた戦術も突破できていなかった。八重のステップで緑は常に美幸を盾に取られて、一発も発砲できていなかったのだ。
「あ、あの美幸さ――」
緑の声は掠れて美幸の元に届いていなかった。しかし、しばらくすると美幸が後ろを振り向き、八重と緑を交互に見た。
「――!ごめんね、緑さん撃ちにくかったよね?私が動くから!」
「あ、あぅぅありがとうございますぅ……」
八重は肩を落としてため息をついた。
「あなたがやっちゃ――」
「八重さん?」
「……なんでもない。行くよ」
美幸は八重から見て、反時計回りに大きく旋回しながら距離を詰めだした。緑の射線の問題は解決したが、緑自身の問題は解決していなかった。八重は少し迷った後、槍を左の脇に構えた。体を軸にした横薙ぎは――ガン!命中した。槍の打撃は美幸を見事、緑の射線上に引き戻した。ところが……
「ふん!」
美幸はあきらめることなく、反時計回りの旋回を続けた。今度は横薙ぎが来ると急突進し、盾に穂先が当たらないようにし始めたせいで、八重は上手く美幸をコントロールできなかった。緑はエンチャントが切れても塗りなおすことがないといった有様だった。
槍に入る力が抜けた八重は構えを解いた。
「もういい……教練の誓いを撤回する」
《承知した……》
「わぁっと!」
八重の目の前に美幸の剣の先があった。寸止めの鮮やかさに、さらに八重のため息が重なった。
「何かダメでしたか?八重さん」
「あなたはいい……いや良くないんだが」
「私……ですよね」
緑は歩み出ると、うるんだ瞳で八重を見つめる。
「私が美幸さんに甘えてばかりだったから」
「今日はね、2人の能力や戦闘センスを見たかったの。美幸さんだけじゃない」
美幸は八重の意図を理解したのか、自分の手を眺めた後、足元に視線を落とした。
「もう一度、特に領域についての訓練をはさむけど、次は本当にお互いのためを思って戦ってほしい」
2人とも歯切れの悪い返事だったが、その顔は、八重には心なしか真剣なものに見えた。
「……」
しかし、2人を見る八重の眼差しは物憂げなものだった……
END――
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