第8話「太陽と月」

「あそこってファミレスのことだったんですね……」


 美幸達は学校が終わった後、近くのファミレスに来ていた。どこの地元にもありそうな安っぽい内装の店だった。差し込む光は橙色で美幸達以外の客は少なかった。八重と緑がゆったり水を飲む中、美幸はつるつるのメニューをパカパカ開いて、食い入るように見ていた。


「美幸さん、好きなの食べていいよ。おごってあげるから……」

「えぇ、だめですよ私も払います!」


 美幸が財布を取り出そうとすると、八重は少し目を細めて美幸を見る。すると、美幸はしばらくして財布を鞄に引っ込めた。


「そ、それにしても銀城先輩がこういう雰囲気のところにくるなんて……」

「昔、理沙さん達とよくたむろしてたから……」

「昔?」

「最近はもっとおしゃれな店に行っちゃって、全然来なくなったけど……」


 そう言った八重は窓の外のはるか遠くを見つめていた……タン!美幸がベルを少し強くたたくと八重はまた緑の方を向いた。


「そ、それで銀城先輩はなんで私達を助けてくれたんですか?」

「それです!」

「私は……昔の理沙さんに戻ってほしいの……それだけ」

「昔の理沙さんですか?」

「うん、私ね……昔からボッチ気質だったの」

「ぼ、ボッチですか、八重さんが?意外……ですね」



 戸惑っていた二人だったが八重の真剣な表情を見て耳を傾けた。


「最初はみんな近寄ってくるけどほとんどは飽きて去ってくし」

「わ、私も似たような経験が……」

「そのうち澄ましてて調子乗ってるとか言われ始めて……」

「いじめを受けたとか?」

「ううん……毎回数少ない友達の誰かが助けてくれたの。運が良かったの……」

「うーん、ほんとに運だけなんですかね……」

「……でね、ここに入ったときはなかなかそういう人に会えなくて……案の定めんどくさいのに目をつけられたの……」


――


「――ねぇ、あんた聞いてんの?」


 1年生の教室は蒸された窯のように暑かった。そんな教室のある席に座る八重を、3人の少女が苛立ちながら取り囲んでいた。彼女達のリーダーらしき少女が、八重のつけていたイヤフォンを無理やり外す。すると、彼女の三日月のような前髪が乱暴に揺れた。


「あんたちょっと可愛いからって調子乗ってんじゃないわよ」

「可愛くもないし、調子に乗ってもいない……」

「そうそれ、そのさもクールですってのが気に食わないの……」

「別にクールだなんて……」

「夏美はこの学校で最強のギャルだから。覚悟しなよ」

「てか、何聞いてんの?」


夏美はイヤフォンを耳に着け、しばらく曲を聴いたが、眉を曲げるとイヤフォンを抜き取り八重の机に放り投げた。

「何これ?聞いたことない曲」

「チルステップ……聞いたことない?」

「何よその言い方!」

 八重の質問を聞いた瞬間夏美は顔を赤くし、八重のイヤフォンを窓から捨てた。


「取ってきたら?」

「後にするね……」

「あんた――!」


 夏美は手を振り上げ、八重に叩きつけようとした。八重は目を瞑りその衝撃に備えた……が、いくら待ってもその衝撃はなかった。八重が見上げると夏美は顔を赤くしながら、腕を必死に振ろうとしていた。しかし、その手首は橙色のマニュキュアをした大きな手で握られていた。

 

「誰よ、アタシを誰だと思っ――」

「誰やねん……」


 後ろを振り向いた少女達の顔は、夏だというのに真っ青になった。190cmはある女子生徒が立っていたからだ。金の髪は日光を受けて煌めいていた。橙色のメッシュが入った部分は蛇のように三つ編みになって彼女の首を伝っていた。


(誰だろうこの人……冷たい瞳)

「か、金城理沙じゃん……あ、アンタには関係ないでしょ」

「な、夏美も何とか言って……」


 2人が振り向くと夏美は逃走しようとしていた。理沙は無言で夏美を追うと肩を掴み、彼女の髪をくくっていたシュシュを窓の外に放り投げた。

「取ってきたら?」

「ひぇっ……」


 理沙は止まることなく、夏美のヘアピンを奪い取って投げ、そして彼女の持っていたスマホを奪おうとした。


「だめ!それを投げたら後で不利になる――!」


 八重は少し掠れた大声を上げて、理沙を制した。


「――はぁん、確かに……」


 理沙は少し微笑むとスマホを夏美に返し、大きな胸で夏美をどついた。夏美は顔を伏せたまま逃げ去り、後の2人もそれに続いた。


「ありがとう……でも私はあなたに何も返せない」

「やったらさ……うちと組まへん?」

「組む?」

「そう、うちらでこの学校のゴミ掃除せえへん?」

「ゴミ掃除?――悪くないかも」


 理沙の体は窓の外の日光を受けて、眩くなっていた。八重がいた場所はちょうど陰になり、彼女を日の光から隠していた。

 

――


「ご注文お決まりでしょうか?」

「これとこれと……これを!」

「ふふ美幸ちゃん、相当食べたかったんだね。八重さんはどうします?」

「そうだな私は……これで」

「でも理沙さんがそんな人だったなんて……」

「それから私は理沙さんといろんなことをしたんだ……」


――


「こんなおしゃれな店でゆっくりできるなんて、うちらテギャルティアー高すぎっしょ」

「ほんまに?そんなに偉いかな……」 

「そりゃそうでしょ。これだから金持ちは」

「紫だってぼんぼんじゃん」

 


 理沙達は、ややレトロで落ち着いた内装の喫茶店でくつろいでいた。テーブルには極彩色の宝石を詰め込んだジュエルボックスのようなゼリーポンチが立ち並んでいた。少女達の談笑が続く中、桃華は桃色のゼリーをすくい、愛おしそうに眺めてそれを口に運んだ。


「てかあの八重って人、馬鹿っすよね。理沙パイセンを裏切るなんて」


 その瞬間、少女達の談笑が止まった。理沙はじっと桃華を見たまま何も話さなくなった。桃華の笑い声は徐々に小さくなり、最後にはひきつった笑顔だけが残った。


「う、うちなんか悪いこと言っちゃいました?ご、ごめなさい。ほんとに――」

「はぁ……銀城は理沙さんの相談役みたいなもんだったの……」

「八重ち―の助言で理沙ち―はかなり助けられたもんね……紫を潰したときもねー」


 紫は美香を睨んだが、美香の満面の笑顔を見ると顔を逸らした。


「あたしが理沙ち―と絡んだときにはもう居たし、一番古株なんじゃないかな……」

「あの子は賢かったから、いろいろ助けてもろたわ」

「鮫島戦とか紫も助けてもらったもんね?」

「確かに、あんなだるい奴を簡単につぶせるなんて思わなかった……」

「どうしたんすか?そいつは」


桃華は息をのんで聞き入った。


「鮫島っていうマジでヤバい奴がいたの。紫の家に物投げてくるぐらい……」

「取り巻きもヤバくてヤンキー漫画の抗争寸前ってとこで……八重はどうしたと思う?」

「……わかんないっす」

「……待ったのよ。何もしかけずにね」


 紫はまるで自分の自慢話のように語った。いつもの神経質さはいくらか和らいでいて楽しげだった。


「待つだけっすか?」

「そう、そしたらあいつら勝手に問題行動起こして退学になったの、うける」

「シンプルやったけど八重の策は毎回効果テキメンやった」

「いまいちすごそうには思えないっすけど……」

「まぁ……しゃあないな」

「あの時の空気感が分かんないとね。懐かしー」

「とにかく分かりやすくて簡単だった。説明とかイラつくあたしでも聞けたし……」

「どんな兵士でもできる策が一番の良策だって言ってたよね~いつも」

「……まぁ、確かにそうっすね」

 

 八重のことを語る理沙達は饒舌だった。


「なんや違和感はあったけど、まさかうちを裏切るとは思ってもみなかったわ……」


 理沙は透明なゼリーをスプーンですくうとしばらく眺めていた。

――


 美幸達の前に並んだ食事はおおむね平らげられていた。美幸の口の周りはソースやケチャップでいっぱいだった。


「だった?ですか?」

「うん、今は……何というか前のように自由を許してくれた理沙さんとは違う。傲慢というか」

「それは私も感じました……あの瞳が嫌な感じがするんです」

「昔も感情の起伏は薄めだったけど、今みたいな威圧的な感じじゃなかったし……」

「い、今の金城先輩からは考えられませんね……」


 八重は自分の手元にあったナプキンで美幸の口を拭うと、いつもの涼しい表情でつづけた。


「これから私達は、ほぼ勝ち目のない戦いをすることになる……」

「や、やっぱりですか……」

「なにか作戦があるんですか?」

「作戦の前にまずはお互いを知らないとね……」


END――

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