第7話「真珠と翡翠と月と」

「なんやおもろくなるかと思ったけど……もう満身創痍?」

「はぁはぁ……」

 美幸の盾にはところどころ傷がつき、真珠の輝きは失せていた。美幸の肩は大きく動き、こめかみから汗が垂れ……彼女の右目に入る。美幸はしみるような痛みに顔を歪ませた。

 その姿を見ていたのは6人の少女だけではなかった。彼女達から離れた極彩色の木々の中から一人の少女が戦況を見守っていた。


(これ……どういうことですか、キャンバスさん!?)

《見た通りさ……》

(そんな……こんな暴力が起こっていいはずが)

《?君の日常でも同じようなことが起こっていると思うがね……》

(え……)

《学校だってそうさ。いじめやら成績というもので日々、敗者が生まれているだろう?》


 緑は眉を吊り上げ、いくつか浮かんだ反論をぶつけようとしたが……それをそっとしまった。

(美幸さんを助けるには……なるしかないんですよね魔法少女に)

《そう、魔法少女に介入できるのは魔法少女だけさ……)

(でも負けたら……)


 ギィィィィン!!「がぁぁぁぁぁぁ!」緑の肩はびくりとすくんだ。美幸の悲鳴が彼女の鼓膜の奥まで響いた。緑が見た時には美幸の体は大きく吹き飛ばされていた。


「ほらほら美幸ちゃん、このままじゃいてまうで!!」

「ぐがぁ……」

 理沙の容赦ない攻撃は、美幸の体を薙ぎ続けている。真珠色の絵の具はあたりに飛び散り、キャンバスを彩っていた。

「ごめんなさい……私こんな状況なのに自分のことが可愛くて」

《願いを失ったらどうなるか想像できるだけましさ。でもね……》

「え……」

《そろそろ終わりだよ》


 緑が戦いをうかがうと、地に伏せた美幸に理沙がゆっくりと歩み寄っていた。戦斧は、目の前の戦利品にマグマのような涎を垂らした。


「美幸ちゃん、あんたほんま見事な戦いぶりやったわ。やから……」

「まだ終わってない……」

「最後に見せたるわ……うちの太陽」

「――!」


 その言葉を聞いた途端4人の魔法少女は後方に下がった。理沙は自身の瓶を丸々一本使って手元に橙色の球を作り出した。

「焦土の太陽よ……満ちよ……」


 そのまじない言葉を皮切りに、球体は徐々に大きくなり太陽のように燃え盛った。緑はその太陽の熱で息ができないほどだった。その苦しさに紛れてほんの一瞬、シナモンのようなにおいが彼女の鼻腔を突いた。

 

「……こんなものか」

「ん?八重ちーどうかした?」

「ううん、別に……」

「またこの匂い、イライラする」

「匂い?紫さん生理とかきてるんすか?」


 バシン!桃華の額が赤く腫れた。4人の少女はすでに美幸に興味を失い、変身を解こうとした。理沙はすでに巨大な太陽となった球を、美幸に投げつけようとしたその時だった――

「ヴァーミリオン!コン――!」

 理沙の本能は危機に気づき、体を大きく後ろに後退させた。ドォォォォン!!理沙が元居た場所には美しい翡翠のような緑の爆風が立ち上った。

「はぁん、乱入者ってこと?」


 理沙の視線を追うように、その場の誰もが新たな挑戦者の姿を見た。緑色のコートに身を包んだ緑は、エメラルドのはめ込まれた、フリントロックライフルの撃鉄を起こした。火皿には細かく砕かれた翡翠色の火薬が詰め込まれていた。彼女は大きなポーチから取り出した弾丸を装填する――


「美幸さんの夢は私が守る!!」

「嘘……緑さん?だめ……」


 美幸の直感は彼女に冷たい未来を想像させた。しかし、彼女は立ち上がることだできなかった。


「あいつ……この前の7000円眼鏡」

「あー、うちも覚えてる。運のいい奴……」 

「ほんと紫ってさ……」

「何よ、プ、プリン頭……」

「……なるほど」


 新たな乱入者に少し沸き立った少女達だったが、その情けない佇まいに、ほとんどの少女がすぐに興味を失った。


「で、どうすんの、緑はん?」

「あ、あなたを倒します!か、金城先輩!」


 そういい放った緑の持つ銃の銃口は、小刻みに揺れていた。理沙はその威力を恐れることなく彼女に歩み寄った。理沙が一歩、一歩近づくごとに緑は武器のアドバンテージを失っていった。目の前まで来ると理沙は銃口に指を入れ、そのまま横に弾いた。銃に振り回された緑の体はその場で倒れた。


「緑はんは美幸ちゃんほど胆力ないんやな。がっかりや……」

「わ、私は――」

「ここには戦士しか立てへんのやで?」

「そーだよ!あんたみたいな芋農民引っ込んでろ―」

「キャハハ、魔法少女になっても農民カーストじゃん。うける」

「緑っち頑張ったし、もういいんじゃないかな~?」


 嘲笑の中、息が上がっているわけでもないのに緑は立てなくなっていた。胸の奥に薄暗い記憶が水彩絵の具のようににじんでいた。心臓の鼓動は上がり、ざわざわとした感覚が彼女を支配した。


「あなたの相手は私だ!!」

 

 美幸の怒気に全員の視線が奪われた。美幸はすでに体の感覚が無かったが、絵の具を使うことはできた。美幸は真珠色の絵の具を頭から自分にかけ、祈る。美幸の体は光輝き、彼女は自分の体に活力が戻るのを感じ取ると、凛とした表情で立ち上がった。先ほどまで、空に近かった美幸の瓶は絵の具で満たされていた。その光景に誰もが息を呑むしかなかった。


「なんなのあいつの絵の具?」

「やばいね美幸っちの根性」


 ざわざわする観衆を理沙は拳を振り上げ止めた。理沙は肩をならし、戦斧を再び構えた。


「その胆力に敬意を払うけど、正直うちのえさやで?」

「それでも立つ以外ない――」

  

 美幸は盾と剣をもう一度構える。もはやその重さなど感じないくらい体に馴染んでいた。美幸の理性は冷たい答えを出していたが、心が熱い姿勢を美幸に保たせた。


「やっぱ好きやわ美幸ちゃん……惜しいわ」

「私は何も惜しくない」



 理沙は戦斧を振りかぶると美幸に突進した、美幸はほぼ動きを捉えらなかったが、理沙に目線を合わせ続けた。戦斧の幅の広い刃が、美幸の盾を超えて兜を割ろうとしたとき――

 ギィィィィン!!甲高い音が鳴り響く。そこに居る誰もが驚いたが、それは音のせいではなかった。


「八重……何やってるん?」

「……私のすべきことをしている」

 

 理沙の放った攻撃は銀の槍で弾かれた。理沙は戦いで初めてよろめいた。しかし、表情はすぐにいつもの不敵な笑みに戻った。


「や、八重パイセン、そいつ理沙パイセンの敵っすよ?」

「分かってる、だから助けた」

「はぁ!?陰キャなんかかばう意味――」

「私は陰キャじゃなくて白井美幸を庇った」

「や、八重ちー冗談だよね」

「私は美香みたいに冗談は上手くないから……」


 用意されていたかのような素早い回答に、全員が黙るしかなかった。理沙は戦斧を肩から降ろすとあごに手を当てて思案した。


「ふーん、この前、猶予を与えろって言うとったのもこれのため?」

「そう……理沙さんはせっかちだから」

「はぁん――ええんとちゃう?意外と似合ってるでそういうの」


 理沙は八重の行動が気に入ったのか満足そうな目で彼女を見つめた。八重は睨み返すわけでもなく理沙の視線に答えた。


「八重さん……どうして――」

「それは後で話す」

「でも」

「もう休めるから大丈夫……」


八重の言葉を聞いた途端、美幸は力が抜けその場に倒れた。緑がその体をそっと支えた。



「気に入ってもらえたなら、今回は引いてもらえませんか?ここで刈り取ったら面白くないですよね?」

「はぁ!?そんなの許されるわけ――」

 

 理沙が睨むと紫は体をブルっと震わせ黙った。


「確かに……今やるよりおもろそうやな……」

「理沙ち―ほんとにいいの?八重ち―だよ?」


 理沙は柔らかな微笑みを美香に返すと、彼女はそれ以上何も言わなくなった。


「緑さんこっちに来て……」

 緑は八重の指示を聞くと一目散に彼女の後ろまで転げながら走った。その間八重は、槍の穂先を理沙へ向け続けた。

 

「これにて此度の戦はお開きととする」


 ガン!いつになく真剣な理沙が戦斧の頭を地面に打ち付けると、全員が変身を解いた。極彩色の空間は元の校舎裏に戻っていた。


「まぁ、今日はゆっくり休みや?」


 理沙が手を振りながら去っていくと3人の少女達も続いた。八重に対して紫は睨みながら通り過ぎ、桃華はにやついていた。美香だけが肩を叩いて激励をかけた。どんな対応に対しても彼女は涼しい顔で応じた。


「よく耐えたね、美幸さん」

「う……うぅ……」

「ど、どうして裏切ったんですか?」

「詳しくは学校が終わってからあそこに行って話すね」

「あそこ?」



END――

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