第6話「真珠色の覚悟」
美幸と理香はリビングのテーブルで食卓を囲んでいた。少し離れたキッチンにはいくつかの皿に料理が盛られていて、ラップが敷かれていた。ラップの上に「馬鹿1号」「馬鹿2号」と書かれた張り紙がしわくちゃになっていた。
リビングは暖色の光に包まれ、テーブルには色鮮やかな野菜や肉、パンがひしめき合っていた――のは美幸の目の前だけだった。
「おなか減ってないの?」
「そうじゃないけど……」
「……もしかして前の話?願いがどうのこうのって」
美幸は黙ってうなづいた。
「私……人ってこうやってあったかい食事ができて、あったかい布団で寝れたら十分だと思ってたの……」
美幸はスープの入った皿を微笑みながらスプーンでかき回した。
「は~ん、美幸らしいね。」
「でも、他の子は思ったよりそうじゃなくて、皆自分の願いに真剣で……」
「で、自分の願いは他より劣ってるって?」
「そうは――!そうかも……」
「確かにあんたっていつもぼぅっとしてて、夢らしい夢もなかったね」
しばらく迷ったあと理香はスマホを手に取ると、ある写真を美幸に見せた。そこには幼き日の加奈と美幸が笑顔で写っていた。
「加奈ちゃんがオーディションに行くときあんたが言ったこと覚えてる?」
「ううん」
「夢に挑戦してる加奈は世界一かっこいいって言ったのよあんた」
「……」
「アイドルになる事じゃなくて、その姿勢にあんたは感動してたの」
「姿勢……」
「そう、それが何か他の子と張り合うヒントになるんじゃ?」
「そんなのでもいいの?」
「そもそも願いなんてなんでもいいのよ。重要なのはアンタが求めるかどうか……」
「そうかな……」
「ご馳走様、あたしはちょっと疲れたから」
そう言って理香は食器をかたずけると、伸びをしながら自室へと消えていった。
「ありがと、母さん……」
美幸はリビングで一人、食べ続けた。
――
美幸は教室の自分の席に凛とした表情で座っていた。授業は続いていたが、彼女の視線は時計の長針に向けられていた。チクタクチクタク……長針と短針はまもなく天を刺す。
ガタ!チャイムが鳴ると、美幸は即座に立ち上がり教室を後にした。
「ちょっと、美幸さん!?」
緑の声が後ろから聞こえたが、美幸が振り返ることはなかった。緑は廊下に出たが、その手には何も握られていなかった。
――
2年生の教室がある階段を、迷わず駆け上がった美幸は、階段の踊り場で目当ての人物に会った。
「そろそろ来ると思ってたわ、着いてきて美幸ちゃん」
理沙が美幸を追い越すと、美幸もそのあとに続いた。
――
「あ、美香パイセン達、来たみたいっすよ」
校舎裏の壁に寄りかかっていた桃華は、手を振りながら理沙達を歓迎した。美香は伸びをし、紫は爪いじりをやめた。八重はイヤフォンを外し瞳を開いた。
普段美幸達がいる校舎の裏は影になっているせいか、表の清廉な景観とは違った趣があった。植えられているはずの木々はどこか野生のものに見え、ここだけが異界のようだった。今ここに6人の魔法少女が結集していた。
いつも茶々を入れていた二人はめずらしく真剣な表情で状況を見守っていた。
「で、答えは?」
「私は――やっぱりあなたには味方できません」
理沙はまったく驚く様子もなく続けた。
「理由だけ聞かせてよ」
「私は……あなたの態度が気に食わないんです」
「ふぅん」
「強ければいいとか、目的が正しければ何をしてもいいとかそういう感じ――」
「傲慢ってこと?」
「そうです。単純に気に入りません」
美幸はその薄紫の瞳で理沙を見つめた。理沙の目は暗く吸い込まれるようだった。理沙はしばらく無表情だったが、にやりと笑う。
「でもあんたの願いとやり方じゃ、なんもできんのちゃう?」
「それも含めて今日お伝え――」
「ほな見せてもらうわ――」
理沙がそう言った瞬間、理沙の後ろにいた少女達は瓶を構えた。
「「変身!!」」
美幸は気づけば極彩色の空間にいた。どこを見渡しても様々な色の木々が並ぶだけだった。
「はよ変身して見せてよ、新しい美幸ちゃんを……」
「見せろよー芋女ー」
「盾が二個とかになったらさすがに笑う」
「え、かっこよくないそれ?」
「これだからあほ系ギャルは」
「……」
4人の魔法少女はいつも通りの様子だったが、美幸の行動に注目していて、落ち着かない様子だった。
《美幸願いを変えるんだね……》
(うん、今の願いじゃたぶん負ける)
《美幸が本当に望むことであれば今より強くなるはずだよ》
(それでも勝てないかもしれない)
《偽物の願いで負けるよりましさ……》
美幸はうなづくと背筋を伸ばし、バッグから取り出した瓶を構えた。凛とした表情で――
「これが私の……本当の変身――!!」
コルクの蓋が細い指で弾かれる。美幸の心には一つの思いしかなかった。純白の絵の具は瓶からあふれると、仄かに真珠のような虹色の輝きを纏った。真珠色の絵の具は美幸の鎧と盾、剣を象った。溶けた金は前とは異なる紋章を盾に描いた。美幸に真の忠誠を誓い、以前より強靭に、鋭くなった武具は美幸の手に握られた。
「で、夢は?」
「誰もがあきらめずに夢を追えること」
「はぁん……上等やんけ!」
次の瞬間美幸の体に衝撃が走った。盾と競り合う戦斧の刃は、美幸が力を逸らそうとすると、回り込み食い下がった。美幸は理沙の顔をにらみ、右手に力を込めた。
(今――!)
次の瞬間理沙の目が見開き、美幸の盾に強い衝撃が加わった。体制を崩された美幸の剣はむなしく空を切る。美幸が気づいたときには理沙ははるか遠くにいた。
「そうそう、それでええねん!」
「うるさい!」
「り、理沙さんあんまり手を抜くとそいつ調子に――」
「「黙れ!!」」
「ひっ」
理沙と美幸が一喝すると、桃華は紫の後ろに隠れてしゃべらなくなった。他の3人は手を出すことなく2人の戦いを見守っていた。
理沙はしばらく眉を曲げて美幸をにらんだ後、戦斧を横向きに構えた。美幸の心に何かざわざわした感覚が走り、表情が歪んだ。
理沙が大きく踏み込んだのが見えた瞬間、すでに美幸の目の前に彼女がいた。美幸の盾に衝撃が来たとき、理沙は体を軸に回転撃を繰り出していた。
「――!」
それを見た瞬間美幸は、直感的に後ろに飛びのいた。
(あれ?ここで打ち込めば!)
美幸は右腕に力を込め、鋭い突きを放った――キン!しかし、美幸の突きは理沙には届いていなかった。彼女は戦斧の柄でしのいでいたのだ。
「ええやん!前よりいい目してる!」
「あなたの目はいい目じゃない!」
理沙は傷つく様子もなく、むしろ意地悪く口元をゆがませた。彼女はホルスターから瓶を取り出し、中身を戦斧に浴びせた。戦斧はどろりと橙色の涎を垂らす。
(あれを受けたら――)
美幸は気づいたときには、盾に絵の具を滑らせていた。盾は真珠色に煌めいた。美幸は盾を構え、重心を低く落とした。
「あいつ、学習能力ないじゃん」
「どうでしょうね……」
「あたしも楽しみ」
「はぁ?」
薄ら笑いを浮かべた紫とは対照的に、美香と八重は目の前の光景を瞬きせずに見ていた。紫は苦々しげに美幸達を見据えた。
美幸は理沙の体を注意深く見ていた。些細な動きも見逃さなかった。
「――!」
「絵の具の乗った攻撃に盾はあかんやろ!」
理沙が踏み込んだのを見た美幸の脳裏に、電撃を受けた時の記憶がよぎる――しかし、美幸は避けようとはしなかった。
ゴォォォン!戦斧のマグマは盾を飲み込んだ。美幸の体に高熱が走る――はずだった。しかし、涼しげな美幸はにやりと口をゆがませ、体重を乗せた渾身の突きを放った――
橙色の絵の具があたりに飛散した……
「理沙パイセンが……嘘」
戦いを見ていた魔法少女達は、驚愕のあまり息をのんだ。
美幸はゆっくりと理沙に刺さった剣を抜く、刃には橙色の絵の具がこびりついていた。
「初めてや……」
「?」
「うちに傷つけたのはあんたが初めてや!!」
理沙の瞳は暗く燃え上がっていた。その瞳に激戦を予想した美幸は盾と剣を強く構えた――
END――
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