第5話「さまよう色達」
美幸のいる教室には様々な態度で授業を受ける生徒で満たされていた。ポキポキ指を鳴らす者、机に突っ伏す者……眉間をマッサージしているものなど様々だった。
そんな中美幸は教室の窓際の席で、陰鬱そうに外を眺めていた。その目に青い空が映っていたが、彼女の表情に何の感嘆もなかった。目元にはくまがあり、肌が少し青かった。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。まだ先生が話していたが、生徒達はみな教材を片付けていた。
「ここは今度のテストで必ず出るからな、気をつけろよ」
「だって、美幸さん……美幸さん聞いてる?」
緑は美幸の目の前で指を鳴らした。しかし、美幸がそれに気づいたのは2回音が鳴った後だった。
「ああ、ごめん。全然聞いてなかった」
「美幸さん昨日何かあったの?」
美幸は自分の眉間をもんで少し迷った後、財布を取り出して立ち上がった。それをみた緑も同じようにして席を立った。二人は廊下まで来ると、ある場所を目指して歩みだした。
「例えばの話なんだけど……」
「うん」
「自分が願いを持ってたとして、自分よりその願いを早く、確実にかなえられる人がいたらどうする?」
「うーん、それだけ聞くと、その人にまかせて手伝うだけでいいと思うけど……」
「そうだよね、でもねここからが問題で……」
――
「あんた、もっと持ってないの?」
「これだけしか……」
「ほら、飛んでみなさいよ」
2年生の教室が並ぶ廊下の隅で、2人の少女が1人少女を囲んでいた。囲まれた少女は何度か足を踏み出すが、ほかの少女に先回りされた。仕方なく少女は2人に硬貨を差し出したが、開放されることはなかった。昼休憩で生徒の往来が増える中、ここはやけに人通りが少ない。カツアゲをされていた少女は、たびたび通りかかる生徒に訴えかけるような視線を送るがことごとく無視された。
「誰も来ないに決まってんじゃん」
「あんたを助けるやつな――」
ドン!囲んでいた生徒の一人の肩に、強い衝撃が走った。何かに衝突されたようだ。ドン、ドン……ドン!それに続いて3回も衝撃を受けた少女は振り返り、追突者に文句を浴びせようとした。
「誰だよ!?なめて――!」
「なめてんのはあんたらやろ」
囲んでいた少女二人は凍り付いたように動かなかくなった。正面には理沙と彼女に連なる4人の少女達が並んでいたからだ。
――
緑は少し眉をひそめた後、いつもの表情で答え始めた。
「乱暴なのは私も苦手ですから分かりますね」
「うん……」
「だとしたら自分で叶えるしかないのでは?」
「……私のやり方じゃ、とんでもない時間がかかるというか……届くかどうかも……」
「……身も蓋もないけど、自分にも他人にも無理ならあきらめるしか……」
「だよね……」
――
「ありがとうございました!」
カツアゲされていた少女は、色とりどりの瞳を持つの5人の英雄に賛辞を贈った。目は潤み、目元は腫れていたがまなざしは希望に満ちていた。しかしその輝きは理沙の暗く透き通った瞳に吸い込まれて消えた。
「ほな、きぃつけや?」
「はい!」
去っていく少女を美香と八重は、少し微笑みながら見ていた。対照的に紫と桃華は堪えていた笑いを漏らした。
「ほんと、ああいうやつら、どんだけ幸運だか分かってんかしら?」
「これだから芋女は嫌っすよね。これが当たり前だと思ってて……」
「まぁ、うちの趣味やからな……」
――
「いらっしゃいませー」美幸達は学校の購買部の店内にたどり着いていた。店内はもはやコンビニと大差なく、生徒は主食だけでなくお菓子なども購入している。また、授業から解放された生徒の活気づいた会話で満たされていた。
美幸が緑に財布から取り出した金銭を渡すと、緑は自分の財布から出した分と合わせ手に握りしめた。一方美幸は迷わず数点の品を掴むと、二人でカウンターに向かった。
「仲いいね君ら」
「そうですか?」
「全部で――円になります」
「これで……」
会計を済ませた二人は店外へ出た。真上から降り注ぐ光が、二人のつややかな髪をてらてらと輝かせた。
「……あとは願い自体を別のものにするとか」
「……考えたこともなかった」
「できればだけどね」
「だね……ありがと、変な相談に答えてくれて」
「ううん、どういう話か分からないけど、私は美幸さんを応援したいな」
「……ありがと」
緑が微笑むと美幸はしばらく静かになった。二人は教室を目指し、生徒達の波にのまれていった。
――
美幸は茜色に染まった道を歩き続けていた。美幸の影は長く伸び、彼女の周りにいくつか伸びていた。美幸は帰り道にいつも通る公園に、普段は見ない影を見つけた。
(キャンバス、あれは――)
《冴だよ……あってる》
美幸は公園に立ち寄り、すでに公園のベンチでくつろいでいた冴に声をかけようとした。彼女は首から双眼鏡を下げて作業にぼっとうしていた。
「冴さ――」
「あーしは今ことを構えるつもりはない」
「え……うん、こっちもそのつもり」
「お前はいつもやるつもりないだろ」
「うう……」
冴は美幸を見ることはなく、ピンクのカーディガンから少し覗いた指でペンを握り、ベンチに広げたメモ帳に記帳を続けていた。ベンチに寝そべるようにしていた彼女は、ミニスカートの中身が見えそうだったが、構う様子がなかった。美幸は近寄ると、冴から仄かに甘い香辛料のような香りがすることに気づいた。
「何やってるの?」
「あーしのやるべきことをやってる……お前こそ何やってる?」
「何って……」
初めて冴は美幸の方を見た。美幸はその時ちらっとメモ帳の中身が見えた。金――理沙――油彩タイ――炎――ドレインか?風見鶏――水彩タイプ――召喚か?。冴は内容を隠すことはなかった。
「お前は戦う気があるのか?このキャンバスが主催する戦祭りで」
「戦祭り?そんな大げさな」
「参加者全員が願いという命に等しいものをかけて戦うんだ……戦だろ」
「どうしてそんな風に……」
美幸の反応を見ると冴はわずかに笑い、立ち上がった。
「甘すぎるんだよ、自分を潰しに来たやつを庇うわ。有利な条件の飲まないわ……」
「それは――」
「一番致命的なのは戦わないことだ――」
美幸は黙り込み下を見た。自分の影に包まれた砂利だけが映った。
――
「あたしは明日一で向こうから来ると思う……」
橙色の光が支配する道を、闊歩する5人の瞳は様々な色を宿していた。談笑があたりに響いていた。
「そっすよね紫さん!芋女だからもじもじして、なかなかこれなさそうだけど」
キャハハハ、二人が笑った時だった――
「あの子は落ちんと思うわ――」
「え……」
「……で、ですよねー理沙パイセン」
紫が桃華をにらみつけると、桃華は理沙の後ろに隠れた。小さな影は大きな影にすっぽり包まれた。
「理由聞いてもいいですか?理沙……さん」
「美香はわかったやろ?あの子の目」
「理沙ち―とは絶対に相いれないって感じだった」
「じゃああいつ今何やってるってんですか?理沙パイセン」
「決まってるやん、悩んでるふり……か、ちょっとした方向転換か……ねぇ八重」
「……ですね、理沙さん」
――
冴はポケットから取り出したシナモンスティックを嗅ぎだした。美幸はそれが印象的な匂いの正体だと気づいた。しばらくにおいを楽しんだ冴は、美幸にそれを差し出した。
「……いい香り」
「だろう、雑念が無くなる……」
美幸はしばらくシナモンの香りをかぎ、その様子を冴は得意げに見ていた。
美幸は落ち着いたのか滔々と語りだした。
「あなたのいう通り、今のままじゃ私は何も成せない」
「ならどうする?」
「願いを変えてみたいの。もっと真剣な願いに」
「ほぅ、やっと自分のために戦う気になったか。で、なんだ?」
「まだ決まってないの」
冴は、鼻を鳴らすと作業に戻ろうとした。
「でも!もうみんなが真剣に戦ってる中、ふざけたことはしない」
ニヤリと笑って興味を取り戻した冴は、再び美幸に向きなおった。
「初めからそうしろ。敵を倒したぐらいでお前の善性は消えはしない」
「……え?」
「お前が思っている以上に、お前の善性は原始的なものだ……飾り物ではない」
「原始的なもの……私が……」
「まだその全貌が見えないがな……」
美幸と冴はしばらくお互いの瞳を見た。明るく透き通るような薄紫の瞳と、暗く透き通る深紅の瞳が通い合った――
「まぁいい、願いの方も考えておけよ」
「……最後にあなたの願いを聞いてもいい?」
「――あーしは戦えればなんでもいい」
そういい放った冴は荷物を纏めると、夕暮れの公園を去っていった。美幸は手に持ったシナモンスティックを返そうとしたが、冴は手をふった。取り残された美幸は公園の地面にたった一つの長い影を落とし続けた――
END――
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