本編

山田ヤマダ ヒュウと言います。下の名前は漢字が難しいので、ヤマダでいいです」


 入学式のHRで、ボクはそう自己紹介をした。


 ボクは、胸を撫で下ろす。


 安心したのは、誰もボクの下の名前に関心を示さなかったことである。


 それはそうと、自己紹介って普通は「あいうえお順」のはずだ。わ行の人から順にだなんて。おかげで、三人目でよばれちゃったじゃないか。


 トントンと自己紹介は進んで、とある少女までたどり着く。


岡本オカモト 天舞音アマネです! 岡本太郎のオカモトに、天を舞う音って書きます! 映画好きだから、みんなと見に行きたいな! 最近見た映画は『ウィリーズ・ワンダーランド』! これはホラーなんだけど、おばけを生身の人間がやっつけるの! 面白いよ! よろしく!」


「おい、それじゃあ、映画の紹介じゃん。自分の紹介しろよ」


「えへへ~っ」


 天舞音さんが男子からツッコまれ、クラスの笑いを誘う。


 自己紹介というちょっとした拷問空間が、わずかに和んだ。


 

 特に友だちができるでもなく、放課後を迎える。


「よかったな。中学の時とは違ってさ」


「ああ」


 小学校からの同級生である岩井イワイが、ボクを励ましてくれた。岡本さんにツッコんだのも、彼である。


 高校までは、下の名前のせいでからかわれたっけ。


 とはいえ、「変わった名前だね」とか、「なにか由来があるの?」とかも言われないってのも辛いな。


「それにしても、岡本さんヤバかったな。あんな自己紹介ってさ」


「そうだね」


 しかし、それより気になったのが、岡本さんが映画好きということである。


 どんな映画を見るんだろう?


『ウィリーズ・ワンダーランド』の名前を上げたとき、クラスのみんなはあまり関心を示さなかった。

 ポカンとしていたクラスメイトを見ながら、岡本さんは「やらかした」という顔をしていたっけ。

 ニコラス・ケイジが出ているから、それなりに知名度が出そうなのに。


 おそらく彼女は、あのまま擬態して生きて行くのだろう。


 クラスのみんなが、「映画を見に行こうぜ」と話し合っている。


「お前も行けよ」


 岩井がヒジで、ボクを小突いてきた。


「ムリだよ。ボクみたいな存在は、陽キャと関わったらダメなんだ」


「何いってやがる? 案外うまくいくかもしれねえじゃん」


「だったら、ついてきてよ」


「悪いな。オレはサッカー部の先輩からお誘いが来ててさ。じゃな」


 岩井に帰らえて、ボクは一人で取り残される。


 岡本さんがどんな映画を見たいのか、興味はあった。


 しかし、あの輪に入っていくのは勇気がいるなあ。


 この学校は、近所にショッピングモールがある。映画館も併設されていて、高校生以下は週一に一本五〇〇円で映画を楽しめるのだ。


 彼らが見に行こうとしているのは、ディズニーの新作か。それもいい。


「ん?」


 なにやら、岡本さんがカバンに手を入れている。


 岡本さんがカバンから出そうとしているのは、パンフだ。


 ややホラータッチの、ミステリか。いい趣味をしているな。


 あ、やばい。岡本さんと目が合っちゃった。


 しかし、結局ディズニーに決まって、お開きとなる。


 今のうちに、ボクも帰ろうかな。



「ねえ」



 なぜか、岡本さんがボクに声をかけてきた。クラスメイトたちには「先に行ってて」と声をかけて、教室に残る。


 教室には、ボクと岡本さんの二人だけ。


「山田くんだっけ? キミもどうかな?」


「ボクは、いいよ」


 カバンを肩にかけて、ドアに足早に向かう。


「ヒュー・ジャックマン」


 ダン、とボクの足が止まった。

 まるで、想い人が彼氏と教室で仲睦まじくしているしているところを見てしまった、『桐島、部活やめるってよ』の神木隆之介みたいに。


「やっぱり当たってた。ヒュウって、ヒュー・ジャックマンから取ったんだね?」


「そうだよ」


 驚いた。ボクの名前の由来を一発で当てたのは、岡本さんが初めてだ。


「ヒュー・ジャックマンから名前を取ったってことは、『Xメン』シリーズのウルヴァリンが好きなの?」


 首を振って、ボクは訂正する。


「父は……『プレステージからだ』って」


「あっはーっ! すごい! 面白い! そのセンス素敵だね」


「ありがとう。友だちを待たせてるんじゃ?」


 できれば岡本さんと、このままお話をしていたい。しかし、彼女には彼女の世界がある。


「いいよ。まだ上映まで時間あるし」


 友だちは、バーガーショップで暇をつぶているという。


「ねえ、ヒュウくんって、どんな字を書くの?」


「えと」


 ボクは、黒板にチョークで自分の名前を書く。


 女子から下の名前で呼ばれた! チョークを持つ手が震えてしまう。こんなことくらいで、ヘタれてしまうなんて。


「へえ、動物のヒョウって書いて、ヒュウって読むんだ」


「や、山田でいいよ」


「ヒュウくんって、呼んでいい?」


 おお、陽キャ独特の距離感バグが、ボクにもくるなんて。


「あ、いや……じゃあ、いいよ」


 チョークを雑において、立ち去ろうとする。


「あのさ、あたしの持ってるパンフ、見てたでしょ?」


 また、ボクは立ち止まった。


「なんで、そんなこと聞くの?」


「だって、興味深そうにしてたからさ。映画好きだよね?」


「う、うん」


 隠していた趣味を、岡本さんは簡単に言い当てる。

 といっても、ボクの映画趣味は偏っていた。


「ボクも見ようと思ってたんだ。それ」


「ミステリ、興味ある?」


 コク、とボクはうなずく。


「シナリオはちょっと重めでいつつ、パズル系ミステリとしても面白いと思うんだ。ボクはディズニー的な娯楽映画も見るときもあるけど、凝った映画がメインかな」


「娯楽映画ってたまに見るといいよね」


「いつも見ているわけじゃないの?」


「家の配信サイトだと、マイナー映画ばっかりだよ」


 誰からも理解されないところが、実に愛らしいという。


「こうやって陽キャを偽装しているとさぁ、たまにハメを外したくなるんだよね。正直になれる存在が欲しいときとかあってさ。ヒュウくんもそういうことない?」


「ボクは、マニア趣味を隠さないから」


「そっかー。あたしは生徒会やりなさいって姉ちゃんから言われているから、あんまり奇抜なことができなくて」


「映画研究部、あったよね。この学校」


 実は、その部に顔を出そうとしたのである。今日は一年生しかいないので、部活はないが。


「そうそう。そこに入りたいんだよね。でも許してもらえなくて。部の存続もヤバイって言うじゃん。だから入部して、部を永らえさせたいんだよね」


 じゃあ今から……と言いたかった。しかし、岡本さんには予定がある。


「あたし、好きなものを好きって、言えるようになりたい。周りに気を使わなくてもさ」


「できるよ。岡本さんなら」


「そうかな?」


「大丈夫だよ。岡本さんが好きなものを理解している人は、ちゃんといるから。その、ボクとか」


 なんて、おこがましいんだ、ボクは。

 ボクなんかが理解者だったら、岡本さんは余計に迷惑なのでは?


「ありがとう。ヒュウくん」


「ごめんなさい。迷惑だよね?」


「どうして? すっごい頼もしいよ。じゃあまた明日ね」


 上映時間が迫っていると言うので、岡本さんはモールへと急いだ。





 翌日の放課後、ボクは岡本さんに腕を引かれた。


「岡本さん、どこへ連れていくの?」


「あたしのことはアマネって呼んで!」


 女子を下の名前で呼ぶとか、青春ポイントが高過ぎる。


「じゃあアマネさん! 腕痛いから!」


「もうちょっとの辛抱だから」


 ボクたちは、とある部室にたどり着く。


 映画研究部の前に。



以下 ダイジェスト



「ダメよ」


 アマネさんの姉で生徒会長の、岡本オカモト 翔子ショウコさんは、妹の映画研究部への入部に反対した。


「どうして!? 姉ちゃんも映画好きじゃん。だったら許可してよ!」


 妹のアマネさんが言っても、翔子さんは首を振るだけ。


「それはできないわ。第一、こんな変人と同じ部だなんて。染まってしまったらどうするの?」


「どういう意味やねん、お前!」


 生徒会長の席に足を載せて、大林おおばやし部長が毒づく。


「そういう素行の悪いところが変人なのよ!」 


「関係ないやろ! 映画愛に関しては、この子かて誰にも負けへんで」


「活動内容が不明の部を、部活として認められないって言っているの。日常系アニメのように、お茶しているだけの部活に割く活動費用はないの」


「予算なんかいらん、言うてるやんけ」


「部室を所持している段階で、あんたたちの部はわが校にとって負債なの」


 そこまで言われると、大林部長もぐうの音も出ない。実際、なんの活動もしていないためだ。


「まあまあ。ケンカだけってのもなんだし、今後の活動について話し合おうじゃん」


 部長の恋人である伊丹イタミ先輩が、妥協案を出す。


「ようは、活動していればいいんでしょ? だったら、映画一本作るってのはどうだい?」


「そうね……では、期末試験の前までに、一本映画を撮ってちょうだい。モザイク処理をするなら、部員やキャスト以外の撮影を許可します」


「上映時間は?」


「五分。ただ、風景を撮るような作品はダメよ。ドキュメンタリーもNG。ドラマ性のある映画を撮ってちょうだい。それで、あなたたちの活動内容を認めます」


 こうして、条件付きで映画研究部の存続が決まった。



 ****** ***** ***** ***** *****


 ボクは今、アマネさんとデートをしている。原稿の取材をするためだ。


 映画の内容がラブストーリーと決まった以上、映画より実体験を重ねたほうがよかろうと、アマネさんが提案してきたのだ。


「おまたせ、ヒュウくん」


 アマネさんのカッコウは、モコッとしたジャケットに膝丈ハーフパンツというスタイルである。


 部活のメンバーは誰もついてきていない。若いお二人だけでと、突き放されてしまったのだ。


「もっと楽しそうにしなよ。一緒にいるのがつまんないみたいじゃん」


 自然と、アマネさんが腕を組んできた。



「うれしいんだよ。でも、顔がこわばっちゃって」


「よかったぁ。楽しくないのかなって思っちゃった」


「うわあ。暑いね」


 モールに入ると、おもむろにアマネさんがジャケットを脱いだ。


「うっぐ」


 ボクは、思わずうめいてしまった。


「脱ぐと、こんな感じなんだよね」


 大きめの服にしているのは、胸の大きさを隠すためだったのか。パンツルックも、やや露出高めだし。


「ヒュウくんにだけだよ。こんなあたしを見せるのは……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

②普段ギャグキャラで通している子が、ボクとだけ趣味を共有している。同じマイナー映画好きと思って接していたら「ワタシだって女の子なんスよ!」と迫ってきた。 椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞 @meshitero2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ