4話 ロリ

 次の日、俺は午前中の授業の間、授業とはまったく別のことを考えていた。


 正直に言えば、『屋上』のことだ。


 俺の高校の屋上には、基本的には生徒が立ち入ることができない。


 屋上から落ちることがないよう、フェンス等で対策が施されてはいるが、常時鍵がかかっており、その場所を利用できることもない。


 マンガなどによくあるような、屋上でお弁当を食べたり、サボったりするような青春を感じさせる出来事は、残念ながら実現しない。


 そういった点から考えれば、誰も屋上に人がいるとは思うまいし、ましては全裸になっているとも考えないだろう。


 俺が鍵を開けることができれば、なかなかの全裸スポットであると言えるだろう。

と、冷静に分析しているように見えるが……


(らら先輩が、屋上で全裸になるのか……)


 そう、そうなのだ。今日の放課後に、屋上でらら先輩が全裸になる。


 学校内とはいえど、屋上は教室とは違い、外である。


そこで、憧れの先輩が全裸になっているところを想像してしまうと……


(……)


 俺は、席に座りながら、多少前屈みになる。


 そのときだった。


「鍵……? なにいつまでもぼっーとしてるの?」


「……おお!?」


 急に声をかけられて、俺はガタンと、机に脚をぶつける。


 俺の机の前にいたのは、身長150cmくらいの少女。やわらかそうなボブヘアーに、可愛らしい童顔が魅力の同級生、桜野ひななだった。


 ひななは、男女問わずこのクラスの中心的な存在で、みんなに可愛がられている。


 そして、俺と同じ生徒会役員の一人で、もう一つだけ、俺と同じ共通点があるのだが……


「なんだ、ひななか……ど、どうしたんだよ?」


 俺は前屈みなっていることが気づかれないように、平静を装いながら会話する。


「どうしたって、もうお昼休みだよ? チャイム、聞こえなかった?」


「え……あーもう昼休みか」


 確かに周りを見渡すと、クラスメイトの各々がご飯を食べている。


「石田くんたちは、ぼっーとしている鍵のこと見て、『これは末期だ……』とか言いながら購買に行っちゃったよ」


「あいつら……」


 石田くんたちというのは、いわゆる俺が昼ご飯を良く一緒に食べる面子のことだ。


「そんなにぼっーとしてるってことは……まさか……!」


「えっ、な、なんだよ」


 ひななは、周りに聞こえないように、口元を手で隠し、俺の耳元で囁く。


「『ロリだけど、全裸でもいいよね?』を思い起こしていたんだよね……!」


「は?」


「わかるよ! あの作品は最高だよね! 純粋なロリと全裸だけじゃなく、ストーリーにも本質があって……」


「ちょ、ちょちょ! ひなな、声が大きいって!」


「……! わわ! ごめん!」


 ひななは慌てて自分の口を手で塞ぐ。


「ば、ばか……その手の話は教室でしないって約束しただろ……!」


「ご、ごめん……つい……」


 周りに聞こえないようにひそひそ話をする俺たち。


 どういう状況なのか、説明させてもらうと、俺とひななはオタク友達。


 俺は、教室ではオタク趣味のことを隠しており、教室でライトノベルを読んだりはしていない。


 一方で、ひななはオープンオタク。オタクというか、いろいろなことに興味がある子で、オタク趣味もその一環。特に隠そうともしていない。


 俺たちがオタク趣味の話をするのは、だいたいスマホでか、生徒会にいるときくらいだ。


 もちろん、らら先輩にはばれないようにしていた。ばれたけど。


「『ロリだけど、全裸でもいいよね?』は、確かに最高傑作クラスの内容だけど、違う! それに教室でロリ、全裸と言うのはやめてくれ……! 特にひなな。お前と話しているときに、そのワードはまずい……児童ポルノにひっかかりかねん……」


「それってどういう意味!? 私、児童じゃないけど!」


 ぷんすかと怒るひなな。妹よりも少し背丈があるくらいの童顔……うん、ロリだ。


「じゃあ、何を考えてたの……?」


「えっと、それは……」


 やばい。自分で墓穴を掘ってしまった。『ロリだけど、全裸でもいいよね?』のことを考えていることにすればよかった!


 らら先輩の、それも全裸のことを考えていたとはとても言えない!


「ふう~ん、怪しいなぁ~」


 ジト目をして俺を見つめるひなな。


「あっ! わかった! らら先輩との間に、何か進展があったんでしょ!」


「なっ……!」


「その反応! やっぱりそうだ!」


 時すでに遅し。俺の反応に、ひななはにやにやと含み笑いをする。


 くっ……勘のいいロリは嫌いだよ……!


「ほれほれ、お姉さんに話してごらんよ~」


 ひらひらと調子にのりながら胸を叩くひなな。


 ちなみに、ひななはロリの割には胸がある気がする。らら先輩のお胸には遠く及ばないけどな。


「そんなに特別話すようなことはないって!」


「じゃあ言えるはずでしょ~ここまで相談に乗ってあげてたのは誰なの~!」


「ぐぬぬ……」


 ひななは、俺がらら先輩に思いを寄せていることを知っている数少ない一人だ。


 生徒会選挙の準備のときに一緒に行動することが多く、そのときに俺の恋心に気付かれた。


 ひなな曰く、らら先輩を見る目がいやらしかったとのこと。


 そのときは軽く傷つきました。


 それから、オタク趣味の話はもちろん、恋愛相談にも乗ってもらったりもしていた。


 オタク趣味の仲間。生徒会選挙を乗り切った戦友。といった感じだろうか。


「わかったよ……話すよ」


「ほんと!」


 嬉しそうに目を輝かせるひなな。


 もちろん、本当のことなんて言えるわけがない。らら先輩の尊厳に関わる重大事項だからな。


「本当に大したことないぞ? 昨日、ラノベを生徒会室に置き忘れて一回学校に戻ったんだよ。そのとき、まだらら先輩が生徒会室にいたから、一緒に帰っただけだ」


 嘘は、ついてないよな。うん。真実真実。


「なーんだ! でも、一緒に帰れたのは良い感じだね! 青春ポイント高いよ~!」


 ひななは俺に向かって、ぱちぱちと小さく手を叩く。


 ふぅ。どうやら納得してくれたようだ。


「でも、残念だったね」


「? 残念って何が?」


「マンガとかラノベの世界だったら、そういうときに先輩の秘密を知ったりして、ぐっと距離が縮まったりするでしょ?」


「……!」


「例えば、先輩が何故か着替えをしていて、裸を見ちゃったりとか!」


「ぎくぎく……!」


「え……?」


 俺は平静を装おうと、ひゅーひゅー鳴らない口笛を吹く。


「いま、ぎくぎくってしなかった?」


「し、してないけど」


「それに、その口笛って、よく何かを誤魔化そうとするときに、マンガのキャラがやるやつだよね?」


「急に吹きたくなっちゃって」


 やばいやばいやばい!


 俺、らら先輩のこと言えない! 俺も言い訳めちゃくちゃ下手だ!


 でも、急に裸って言葉が出たら、動揺しちゃうよ!


「ほんとうに、何もなかったの……?」


 ひなながジト目で近づいてくる。


 ど、どうすれば切り抜けられる! 


 ひななは結構鋭いし、何か他に話せる真実はないのか……! 考えろ俺!


「実は……」


「実は……?」


「先輩に、オタク趣味を許容してもらえたんだよ!」


「……! それって……まさか」


 俺は取りあえず口を動かす。


「そうだよ! 置き忘れたラノベを先輩に見られたけど、特に引かれたりしなかったんだよ!」


 本当は変態って言われたけど!


「さ、さすが、らら先輩! オタク趣味にも寛容なんだね! ちなみに、どのラノベだったの?」


「え? 『ロリだけど、全裸でもいいよね?』だけど」


「らら先輩! 天使だ~!」


 本当は児童ポルノだって言われたけどな!


「でも、それなら大進歩だよ! 遅かれ早かれ、ばれてたかもしれないんだし!」

「お、おう……」


 確かに、そうかもしれない。ああいう感じにはなったけど、伝えられたのはよかった、のかな?


「それが嬉しくて、ぽけーっとしてたんだね。鍵も可愛いところあるね~」


「ロリに可愛いって言われたくないけどな」


「もう! またロリって言ったな!」


 ひななはまたぷんすかと怒りながら、人差し指を唇にそっと当てる。


「……オタク趣味を受け入れてもらえて嬉しかったかもしれないけど、あんまりロリコンアピールはしない方がいいかもしれないよ?」


「いや、俺ロリコンアピールとかしたことないし!」


「だって、ロリもののラノベたくさん持ってるじゃない」


「ぐぬぬ……」


 俺はロリコンじゃない! ほんとなんです!


「それに私のことをそんなにロリ、ロリって言ってると……」


「言ってると……?」


「私たちの関係を、らら先輩に、疑われちゃう、かもね……?」


「なっ……!」


 意味ありげな視線を送られ、俺は不覚にもどきりとしてしまう。


「あはは! いま、ちょっとどきっとしたでしょ!」


「ば、ばか! してないっての!」


 だ、だって俺の心は、らら先輩一直線だもの! 嘘じゃないもん!


「ふふん。私のこと、ロリっていう罰だよ!」


 ひななは、俺に向かってあっかんべーをすると、振り返り友達たちの輪の中に入っていった。


 思春期の男には、なかなか効き目がある言葉だぜ……だてにオタク趣味をやってないな、ひなな。


 俺は心の中で一息をつく。


 それにしても、これからは他の人に勘付かれないように、本当に気を付けないとな。


 この秘密には、らら先輩の人生がかかっていると言っても過言ではないだろう。


 俺は放課後の、らら先輩の屋上での全裸羞恥プレイに向けて、より気を引き締めたのだった。

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