2話 協力

 お互いに一旦落ち着こうという話になり、話し合う場が設けられた。


 俺は手で目を塞ぎ、椅子に腰を下ろす。


 らら先輩は、全裸のまま椅子に腰を下ろす。(本人からもう少し全裸でいたいという申告があったため)


 静寂。気まずい時間が流れる。


(ど、どういう状況だよ……これ……)


 困惑する俺をよそに、最初に言葉を発したのは、らら先輩だった。


「あの……ですね……これはその……」


 歯切れが悪そうに、ねね先輩は続ける。


「大神さんは……全裸になって、開放感を感じたことはありません、か……」


「か、開放感、ですか……?」


 なんだろう、どこに話が向かっているのか、わからない!


「そうです! 大神さんは、お風呂に入るとき、服を脱ぎます、よね?」


「ええ、それは脱ぎますけど……?」


「つまり……そういうことです!」


「えっ!? どういうこと!?」


 話の繋がりがよくわからん! お風呂で裸になることと、生徒会室で裸になること、絶対違うと思うんですけど!


「だから、さっき……裸族っていいましたけど……裸族でもないんです! そう、ここは私にとっての、お風呂みたいなものなんですよ‼」


「それは無理がありませんか!?」


 らら先輩、自分が変態ということを認めないつもりだな! 


「じゃ、じゃあ‼ 大神さんは、お風呂入るとき、裸になっちゃダメですよ!? 服のままドボンとしてください!?」


「らら先輩!? 言ってることおかしくなってませんか!」


 会話が成立しない! お風呂=生徒会室の理論がおかし過ぎる!


「そ、それにですね! 大神さん! また、教室をピッキングしたでしょう! 私、ちゃんと誰にもばれないように鍵かけて、電気も消してましたもん!」


「ぐっ……それは……!」


 俺は痛いところを突かれて反論ができなくなる!


「あれから、もうピッキングはしないって言ってくれたのに……私は悲しいです……!」


「ご、ごめんなさい……」


 あれ? なんか、立場が逆転してきてないか……?


「それに、もしやと思いましたが……大神さんが生徒会室に戻ってきた理由は、これじゃないですか……?」


「……! まさか……」


 俺は激しく動揺する。でも、目を塞いでいるため、らら先輩の言う「これ」を見ることができない。


「らら先輩、見えないんで、目を開けてもいいですか?」


「だだだだ、ダメですっ!」


 ちっ、自然な流れでらら先輩の全裸が拝めるかと思ったのに、作戦失敗だ!


「こ、これ……『ロリだけど、全裸でもいいよね?』という小説です! これはアウトです! 児童ポルノ案件です!」


 やっぱり見つかってしまっていたか―――――!


 何か言い訳をしなければ……!


「な、なんですか~その小説は? 俺、そんなの知らないです! 聞いたこともないです!」


 ごめんよ……俺のライトノベル……いまだけ許してくれ……!


「うそです! この小説についてたブックカバーは、大神さんが愛用していたものですから!」


「ぐ……! それは……」


 なんで、らら先輩、俺のブックカバーまで覚えてるんだよ! そんなの覚えなくない!?


「た、確かに、その小説は、俺のものです……! でも、純粋に面白いライトノベルで……けっしていかがわしいもではないんです!」


「ひっかかりましたね! ブックカバーまで覚えていないです! でも、所有者であることを認めましたね……!」


「えっ騙された!?」


 し、しまった……そりゃそうだよ! 


「で、でも……この小説の表紙イラスト、挿絵といい、全裸の女の子ばかりじゃないですか……! しかも、おそらく小学生……それ以下かも……大神さんは、変態だったんですね……!」


「ぐぬぬ……それは……って、いま目の前に全裸でいる人に変態って言われたくないですけど‼?」


 危ない! 危うく流されてしまうところだった! らら先輩、手ごわい!


「な……! へ、変態じゃないです……!」


「いや、変態ですよ! きっと、今日だけじゃなんですよね!? そうやって全裸になってたの! ……! まさか、らら先輩がいつも最後に生徒会室を出ていたのは、全裸になるためだった!?」


 よくよく思い返してみれば、やけに生徒会室の最後の戸締り、鍵の管理に積極的だったような……


「ぎくぎく……!」


 あれ、何か図星っぽい?


「ま、まさか……先輩が生徒会に立候補しているのは、生徒会室で全裸になるため、とか? あはは、そんな訳……」


「ぎくぎくぎく……!」


「全部図星っぽい!?」


 そんな……! まさか、俺が更生し憧れた、らら先輩が中学校の生徒会のときからとか言わないだろうな! いや、言ってほしくない!


「も、もう許してください……!」


 ガタンという音とともに、らら先輩が涙声になる。


「ら、らら先輩!?」


「こんな恥ずかしい理由のために……生徒会に入ってごめんなさい……でも、でも……止められないんです……好きなんですよう……うっう……」


 らら先輩がガチ泣きし始めてしまった! それに、もしかして床に崩れ落ちてないか!?


「この秘密をばらされたら……私はもう終わりです……全裸生徒会役員として、後世にまで、うっう……名を残してしまう……。ららのらは、全裸のらだって、ばかにされて生きていくことに……うっう……」


「……」


 な、なんだかとても可哀そうになってきた。きっといま、らら先輩は、全裸で床に崩れ落ちながら号泣している。どんな状況だこれ。


 俺は、らら先輩のどんなところを好きになったのだろうか。


 可愛いところ? 胸がなかなかに大きいところ? いや、それも勿論そうだけど、それだけじゃない。


 中学校のとき、俺を更生させてくれたこと。あのときの、やさしい笑顔が、俺をときめかせた。


 生徒会の活動だって、先輩は誰よりも一生懸命に取り組んでいた。全校生徒、誰に対しても公平で、やさしかった。


 そんな先輩だったからこそ、俺は心の中で天使と呼び、大好きになったんだ。


 生徒会になった理由が、例え、生徒会室で一人全裸になりたかったからだとしても、いままでの先輩の活動していた姿を、誰が非難できるだろうか?


 少なくても、らら先輩がいるから生徒会を目指した俺に、非難していいはずがない。いや、全校生徒誰もそんなことできないはずだ。


 実際に、少しショックを受けているのは事実だ。先輩はもっと清楚なイメージだと考えていたから。


 でもそれも、俺が勝手にらら先輩に押し付けていたイメージに過ぎない。俺だってライトノベルを読んでいることを、クラスメイトの友人の多くに隠している。


「うっう……好きなんです……裸でいるの……」


 本当の、らら先輩がいまここにいるんだ。だったら、俺にできること、俺にしてあげられることは……


「らら先輩……安心してください……」


「うっう……安心なんてできませんよう……私、履いてないんですから……」


「いや、そういうボケじゃなくてですね……俺は、先輩が裸族で、しかも露出性癖も少し持っていることを、誰にも言いません」


「……! ほんとう、ですか……?」


「はい。誰にも、内緒にしていたい秘密もありますよね? 俺だってそうです。ライトノベルや漫画が大好きで、実は最近ロリものにハマっているなんて、大きな声で言えません。社会的にも」


 最近厳しくなってきているでござるからな、児童ポルノ。


「全裸、素晴らしいじゃないですか! 俺は全裸大好きですよ! 見る専門ですが……」


「大神さん……ぐすっ」


 らら先輩が、鼻をすする音が聞こえる。どうやら泣き止んだみたいだ。


「大神さんも、変態さん、なんですね」


 らら先輩の声が、少し、笑っているように聞こえた。


「はい、俺も変態ですよ、らら先輩と同じです」


「わ、私は変態じゃなくて……裸が好きなだけです……」


「ぷっあはは」


「くす、えへへ」


 俺とらら先輩は、また繰り返されそうな問答に、思わずに笑い合う。


 笑い合う、全裸の女の子と、目を自分で隠している男。


 うん、きっと誰かが見ていたら、とてもシュールな光景なはずだ。


 でも、よかった。らら先輩が元気になってくれて。


 俺は、らら先輩が好きだ。憧れていた先輩が、露出性癖持ちの裸族でも、それは変わらない。


「今後は、生徒会室での全裸も、控えていかないといけませんね……今日はたまたま、大神さんだったからよかったですが、職員室には、もう一つスペアキーもあるわけですし……」


「確かにそうですね……というか、これまでに誰にもばれてなかったことが驚きですよ」


「実は、何度がばれそうになったこともありましたが、そのスリルも、なかなか良いもので……えへへ」


 露出狂だ、露出狂がここにいます!


「それだったら、俺が外で誰もこないように見張っていましょうか?」


 俺はふと、そんな提案を口にする。


「……! いいんですか……!」


 がばっと、先輩が食いついてきたのがわかった。


「あっでも、扉の前で待たれていたら、逆に怪しいと疑われてしまうかもしれませんね……それはそれで興奮しますが……」


 少し残念がる先輩。いま普通にすごいこと言ってるよね?


「それなら、隣の倉庫部屋に隠れていましょうか? ピッキングすれば、侵入できるし、誰かが生徒会室に入ろうとしたら、先輩が服を着るまでの時間稼ぎができるかもしれないですよ」


 生徒会室の隣には、生徒会業務に使う備品等がたくさんしまってある教室が存在する。特別利用することも多くないから、そこに隠れていてもばれないだろう。


「でも、ピッキングは、先生たちに見つかってしまったら、大神さんが怒られてしまいます……!」


「らら先輩だって、全裸で生徒会室にいたら、社会的に殺さ……先生に怒られてしまいますから、同じようなものですよ」


 全裸で教室にいる生徒と、教室の鍵をピッキングする生徒。どちらの方が問題児になるのだろう。先生、教えてください。どっちも問題児か!


「……それは、そうですね。私もう、怒られること、しちゃってます……それに、止められません……」


「だったら、見つかるリスクの方を減らしましょう! 俺のピッキングはまだ言い訳が効くかもしれませんが、先輩の全裸は……」


「言い逃れできませんね……」


 実際に、先輩は俺からの追及から逃げれなかったしな……


 らら先輩は、少し静かになる。きっと考えているのだろう。そして、


「大神さんは、こうして私が全裸でいるときに、ずっと見ないようにしてくれています。このことも秘密にしてくれるって約束してくれたことも、信じることができます」


 ほんとうはめちゃくちゃみたいけど、なんだか見たら負けだと思った。ほんとうはめちゃくちゃみたいけど。みたい。目開けたい。


「わかりました……! 大神さんがよかったら、協力してください!」


 俺はらら先輩から、全裸協力要請を受けた。


「任せてください。俺も、倉庫に隠れながらロりもののラノベを読むので、ウィンウィンです!」


 こうして俺たちは、全裸共同戦線を組むことになった。


「よいしょ、そろそろ服を着ますね」


 らら先輩は、ごそごそとおそらく制服を触りだす。


「もういいんですか? 裸でいるの?」


 いつもどれくらい全裸でいるのかはわからないけれど、一応聞いてみる。


「だいじょうぶです! それに今日は、男の子前で全裸でいたので、その……とても興奮しましましたから……」


「そ、そうですか……」


 いや、全然大丈夫じゃない気がするけども!


「服着ました。目、開けてもいいですよ?」


 先輩のお許しがでたところ、俺は塞いでいた手を離し、目を開く。


 少し目を強く抑え過ぎていたのか、多少ぼやけるが、徐々に制服姿のらら先輩が目に映る。


 その可愛らしい姿を見て、さっきまでこの美少女が裸で目の前にいたことが信じられなくなってしまう。


「な、なんですか……そんなに見られたら、恥ずかしいですよう……」


 やばい、なんか今更になって興奮してきたかも……!


「それでは、帰りましょうか? 大神さん」


「は、はい……」


 俺は何とか前かがみになりながら、先輩と一緒に生徒会室を後にする。


 誰もいない学校を、二人で下校する。隣を見れば、憧れの、大好きな先輩。


 あれ、これ、ライトノベル風にいうフラグが立った的な、ラブコメみたいな感じではなかろうか!


 俺は、胸が高鳴るのを感じる。


「大神さん……」


 そのとき、らら先輩が俺に話しかける。その顔は赤く、恥じらいを感じているように見えた。


「私、あることを思いついたんです、聞いてくれますか……?」


「は、はい! もちろん!」


 一体なんだろう。なんだか、ラブコメの波動を感じる……!


 俺は、きゅっと胸を手で抑えながら、先輩を見る。


「あのですね……」


 心臓の音が大きくなる。そうだ、明日から、曲がりにもなにも、先輩と二人だけの秘密のお付き合いが始まるのだ!


「大神さんのピッキングの技術を使えば、生徒会室以外の場所でも、全裸になれるのではないかと思いまして……!」


「……は、はい?」


「いつも生徒会室で全裸になっているので……違う場所でもなってみたいなって……って大神さん!?」


 俺は大きなため息をつき、地面にがっくりと手をつく。


 そ、そうだった。俺が好きなった先輩は、露出性癖持ちの裸族でした……


「ど、どうしました! 全裸補充分が足りなくなってしまいましたか!?」


「いや、何ですかそのエネルギー!?」


「もちろん、全裸でいるときだけに溜めるエネルギーですけど……?」


 きょとんとする先輩。いや、そのエネルギーの補充が必要なのはらら先輩だけですから!


 明日から、前途多難な日々が始まることを、俺はこのとき覚悟したのであった。

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