4話 浮気
「おい、鋼太。お前、最近女の子と仲良いよな? 付き合ってるのか?」
高校の昼休み。たまたま屋上で居合わせた竜也に、鋼太はそう質問される。
「泡乃のことか? 別に付き合ってはいねーよ」
「そうなのか? まぁ地味目の子だったしな、面食いの鋼太のタイプではないか」
「勝手に人のこと、面食いって決めつけんな」
香織の可愛さは、どうやら長く伸びた前髪のせいで、周りからは認知されていないようだ。
実際に、鋼太自身も、その瞳を間近で見るまでは、気づくことができなかった。
制服の下に隠されたスタイルの良さにも。
「まぁ、中学校のときもよくあったよな。助けた女の子から声をかけられてること。お前は意気地なしだから、一人も恋愛には発展してかったけどな」
「なんでお前がそんなこと全部知ってるんだよ!?」
「はっはっは。俺とお前の仲じゃねぇか」
竜也はそう言って笑う。
「今回はうまくいくといいな。まぁ困ったら恋愛マスターの俺になんでも相談しろよ?」
「お前のどこが恋愛マスターだよ。ただ、女たらしなだけじゃねぇか」
「よくご存じで」
鋼太は、お弁当を食べ終えると、立ち上がる。
「もし俺が誰かのことを好きになっても、お前にだけは相談しないから安心しろ。じゃあな」
そう言って去って行く鋼太に、竜也は茶化す。
「童貞でも、自信もっていけよ!」
「お前、うるせぇよ!?」
☆ ☆ ☆
「さて、あとはトイレットペーパーだけか……」
鋼太は放課後、近くのスーパーで一人買い物を行う。
母親の帰りが遅くなるときが多いため、こうして鋼太が買い物を行うことも多い。
「よし、入浴剤も見ていくか」
もちろん、鋼太の家には、まだまだ数え切れないほどの数の入浴剤が残っている。
しかし、ただ入浴剤コーナーで並んでいる彼ら、そして彼女たちの姿を見ることが楽しいのだ。
「そういえば、最近、バスラマンは使ってないかもな……」
そう呟き、商品に手を伸ばしたときだった。
「浮気……ですか……?」
「……!?」
悪寒。突然、耳元で囁く声が聞こえる。
振り返るとそこには、
「こんにちは、鋼太くん……!」
笑みを浮かべる香織の姿があった。
「驚かせるなよ……びっくりしただろ、泡乃……」
鋼太はさきほど感じた底知れぬ悪寒に震えながらも、冷や汗をぬぐう。
「あ、それ……わたしのことは、香織って呼んでほしいと、お願いしました……」
「ああ、そうだったな……あわ……香織」
「はい、鋼太くん……!」
香織は嬉しそうに笑うと、鋼太の腕に抱き着いてくる。
柔らかい大きな膨らみに、鋼太の腕が埋もれる。
「おい……あんまりくっつくな……動きづらい……」
「えへへ……」
香織は、鋼太に自分の秘密を明かしてから、最初の印象に比べて、どこか明るくなったように鋼太は感じていた。
気を遣う必要がなく、自分の秘密を知っている、肯定してくれた人と一緒にいることが、心地良いのかもしれない。
「鋼太くんは、つぎはいつ、一緒にお風呂に入ってくれるんですか……?」
「香織……少し声のトーンを落としてくれ……!」
ただでさえ腕を組み目立っているというのに、いまの発言でスーパーの客たちが鋼太たちを二度見し、ざわつく。
「でも、そろそろ、入りたくないですか……わたしのお風呂に……」
香織は前髪を手でよけ、上目遣いで鋼太を見つめる。
「バスラマンなんかよりも……気持ちいい、ですよ……?」
「……うっ!」
鋼太は香織からの誘惑に思わず唸ってしまう。
「知ってるんですからね……わたしのお風呂に入って、気持ちよくなってくれていたこと……」
「なっ……!」
香織は続ける。
「また、かわいらしい声を聞かせてください……」
どこか明るくなったどころか、妖艶になっていないかと、鋼太は少し不安になる。
「……確かに、香織のお風呂は最高だ。毎日入りたいくらいにな」
「じゃあ、今日でも……」
「でもな、さすがに倫理的に問題があると思うんだ。まだ高校生の俺たちが、日常的に一緒にお風呂に入るのは。世間体的にも、教育的にもよくない」
「そうですかね……わたしはお互いの同意があれば、いいと思いますけど……」
香織は少し考えるようにして、ぱぁっと顔を明るくする。何かを思いついたようだ。
「じゃあ、わたし、水着を着ます……! それなら倫理的にセーフなのでは……?」
「み、水着、か……」
鋼太は悩む。さきほど自分の口で世間体等口走ったが、本音を言えば、入りたいのだ。香織が入ったお風呂に。
鋼太の中で、天使と悪魔が戦い合う。そして、勝ったのは……
「まぁ……水着なら、セーフかな……」
「ほんとですか……! やった……!」
勝ったのは悪魔だった。香織の入浴剤成分には、中毒性も含まれているのかもしれない。
「それなら、水着を一緒に買いに行きませんか……?」
「水着を……? あ、そうか」
そういえば、香織は得意体質のせいで、プールの授業には参加していない。
学校指定の水着も、遊びに使うための水着も持っていないのだろう。
「わたし、楽しみです……水着を選ぶのなんて、小学校以来かも……」
香織は恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに笑う。
その姿を見ると、鋼太はそれ以上何も言えなくなる。
(俺はただ、背中を押しただけだ)
勘違いしてはいけない。香織は自分の力で前向きに変わろうとしているのだ。
(これからも、その手助けができれば……)
鋼太はただただ、そう思った。
「鋼太くん……それなら今日は……」
香織は背伸びをし、鋼太の耳元で囁く。
「水着を買っちゃう前に……最後にそのまま、お風呂に入る……?」
「な……!」
鋼太は耳元から、顔中に熱が伝っていくのを感じる。
「……なんて、冗談です……」
香織は鋼太から離れ、少しだけ意地悪く舌を出す。
「今日は、入浴剤、他の子を使ってあげてもいいですよ……? わたしは、そういうの理解ありますから……やっぱり、焼けちゃいますけどね」
「おい、あまり意味深な言い方するな……! 周りの目が痛い!」
鋼太にぐさぐさと、周りの客の視線が突き刺さる。
「最後に、わたしのところに戻ってきてくれて……わたしが一番だって言ってくれたら……それだけでうれしいですから……!」
「おい! 香織、ちょっと黙ってくれ……!?」
周りの視線は相変わらず痛いし、これから他の入浴剤を使う度に罪悪感を覚えてしまいそうではないか。
香織はまた、鋼太の腕に抱き着く。
「あ、そうだ」
そこで鋼太はあることを思いつく。
「なんでしょう……?」
「別に、香織と一緒にお風呂に入らなくても、香織がお風呂に入ったあとに、俺が一人でお風呂に入ればいいのでは……?」
「……!?」
鋼太は、ただ思いついたことを口に出しただけだった。それでも……
「こ、鋼太くん……ひどい……! わたしのこと、ただの入浴剤としてしか……身体だけの女の子としてしか、見てくれていないんですか……?」
香織は涙目になりながら鋼太を見つめる。
鋼太はしまったと思った。もう少し考えてから発言すべきであった。
「あー違う、違うよなぁ! あの最高のお風呂は、香織が一緒に入ってくれるからこそ、完成するものだよなぁ! うんうん」
鋼太は必死に自分の発言を取り消すように取り繕う。
「ほんとう……? ほんとうに、そう思ってくれてます……?」
「ああ、入浴剤にうそはつかない。このバスラマンに誓ってもいい」
「もう、なんですかそれ……」
香織は少しだけ鋼太の発言に呆れながらも、機嫌をなおしてくれる。
「でも、こうして自分の身体のことを、おもしろおかしく話せることがくるなんて……考えてもいませんでした……」
「香織……」
香織はどこかすっきりとした顔で、鋼太を見る。
「むしろいまは、自分の身体のこと……もっと知りたいとまで思います。どのようなときに、どんな香りがでるのか、どんな効能があるのか……入浴剤にも、いろいろ違いがありますよね」
「それは確かにそうだな……」
入浴剤、温泉の成分にはすべて違いがある。香織の身体もそうなのだろうか。
「わたしは、一番、鋼太くんが好きな香り……そのときそのときで、鋼太くんを癒せる効能を見つけたいです……」
そう言い、また上目遣いで香織は鋼太を見る。それでも、その瞳に冗談はない。香織は真剣に鋼太のことを考えていた。
「そう言ってくれるのは、うれしいけど、無理だけはするなよ……?」
「うん……ありがとう、鋼太くん……」
そして、二人は、何気なく買い物を続ける。鋼太への他の客からの視線は止むことはない。
(これからいろいろ、大変そうだな……でも)
香織が入ったお風呂の素晴らしさ、そして、隣にいる香織の笑顔を見たら、楽しい日々が待っているような、そんな気がした。
「そういえば、鋼太くん、温泉には飲むと胃腸や肝臓に作用する効果がある、飲泉というものもあるみたいですよ……?」
「ああ、聞いたことあるな、それ。入浴剤ではあんまり聞いたことはないけど」
「……ねぇ、鋼太くん」
香織は再び、鋼太の耳元に顔を近づける。
「飲んでみたいと思いませんか……? わたしが入った、お風呂……?」
「……!?」
そして、艶めかしい声で、そう囁かれる。
(ぜ、前言撤回だ……)
「……いろいろ、試してくださいね? わたしの身体……」
(果たして、俺の身体はもつのか……!?)
鋼太はこれから先のことを想像し、心の中で、うれしいようなおそろしいような悲鳴をあげた。
入浴剤娘~一緒にお風呂に入った女の子は最高の入浴剤だった!?~ 木春凪 @koharunagi
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