☆第二十二話 育郎の午前中☆


 マンションの一室に、カーテンの隙間から朝陽が差し込む。

 キングサイズのベッドで丸まっている筋肉の塊が、目覚まし時計の甲高くて連打される金属音で、目が覚めた。

「ふわわ…もう六時か…」

 ベルを止めて、少しだけタオルケットの中で丸まって、一息を吐いてから、全身を伸ばして力む。

「…んんんんんん~~~っ…はあぁ…」

 伸ばした手足がベッドからはみ出て、脱力をすると、身体が起きるモードだ。

「さてっ! 今日も仕事だっ!」

 パジャマからシャツに着替えて、まずは部屋の掃除から始める。

 カーテンも窓も開けて、天井近くをハタキではたいて、先にはたいた部屋から掃除機をかけてゆく。

「ふんふん~♪」

 特に掃除が好きというワケではないけれど、母が鼻歌交じりで家事をこなしていたからか、青年も不思議と無意識に同じ行動をしているのだ。

 掃除を終えると、今日は目玉焼きを作りながら、洗面所でうがいをしたり。

 育郎の朝食は、ご飯と目玉焼きと、お湯を注ぐだけのお味噌汁が殆どである。

 お米を食べないとご飯を食べた気にならない性格で、しかも朝食のメニューにもコダワリは少ない。

「ん~…」

 ご飯を食べながら、タブレットでネットのニュースをチェック。

 その合間にも、ケータイがメールのコール。

「あ、亜栖羽ちゃんかな♪」

 少女は、毎朝と毎晩は必ずで、日中も毎日何度か、メールをくれる。

『オジサン、おはようございま~す♪』

『今日も良い天気ですね~♡』

『これから学校 行ってきま~す♪』

 亜栖羽からのメールは、いつも元気で楽しい。

「あはは。えっと…『亜栖羽ちゃん、お早うございます。車に気を付けて いってらっしゃい』…と」

 いつもより早起きや徹夜をすると、育郎からメールを送る事もある。

 しかしその場合、亜栖羽に『徹夜しちゃいましたか~?』とか、心配をかけてしまう事も、ままあったり。

 その場合でも『ですので今から冬眠です』などと、熊の絵文字を入れたりして、返していた。

「ふふ…♪」

 少女からのメールを見返していると、気持ちが明るくなってくる。

「むむむっ!」

 力一杯にご飯を食べ終えると、全身の筋肉の隅々にまで、活力が漲ってきた。

 食器を洗って珈琲を煎れると、プログラミングの仕事モードへ突入。

「……………」

 午前中の育郎は、BGMなどはかけず、画面へ集中。

 外から聞こえる車や飛行機、風に揺れる公園の樹々などが、集中を邪魔しないBGMとして心地良かった。

 珈琲がすっかり冷める頃には、ほぼ飲み干している。

「…ん?」

 パソコン画面の時計を見ると、もうお昼の十二時を回っていて、ほぼ午後の一時が少し前。

「そろそろ 休憩するか…」

 プログラムをセーブして画面を休ませると、お昼ごはんだ。

 昼食のメニューは特に決まっておらず、コンビニのお弁当だったりパン屋さんのパンだったり。

 日によっては、朝のお米を多めに炊いて、朝のうちにオニギリを作っておいたりもする。

 そして今日は、昼食としては一番、回数が多い。

「カモメ屋さん 行こう」

 最近は、月曜日のお昼はカモメ屋さんで固定していた。

 オヤジさんが亜栖羽との事を聞きたがるから、報告も兼ねてである。

「こんにちは…」

「おう育郎。亜栖羽ちゃんに 何かしでかしてねぇだろうな」

「だ、大丈夫ですよ」

 青年が田舎から出て来て以来、こちらでの家族と言えるカモメ屋さんにおいて、父親のような存在のオヤジさんは、まさに父親の如く、育郎を気にかけてくれているのだ。

「ならいいが、亜栖羽ちゃんみたいな良い娘っ子、もう二度と出会えねぇんだからな! よぅく、心しておけよ!」

「は、はい」

 今日も、お昼ごはんは暖かくて美味しい。


                    ~第二十二話 終わり~

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