☆第十九話 本の山☆


 古本市が開催されている隣駅へと向かいながら、軒先で客を出迎える信楽焼の一メートル越えタヌキやラーメン屋さんに吊るされている大きな豚骨など、亜栖羽が珍しくてワクワクする物と一緒に、少女の写真を撮影しまくっていた育郎。

 なので、いつものように写真のデータが三桁へ届いて久しい頃、ようやく古本市へと到着をしていた。

「あれが、古本市ですか~♪」

「うん。だいぶ お客さんが落ち着いてきた時間になったね」

 駅前の、古い都電車両が飾られているスペースであり、段ボール二つや本棚一つなど、それぞれに古本を売買していた。

 朝の十時ごろから開催されていて、昼過ぎになった現在では、お客の殆どが大人の男性である。

「少し遅くなっちゃった感じですね~。オジサン、お目当ての本とか、あったんじゃないんですか~?」

 和菓子や焼き鳥など、自分の所為で古本市へ来るのが遅くなってしまったのではないかと、少女が心配をしているのが伝わって来ていた。

「ううん。特に探している本とかがあるワケじゃなくて、こういう場所を目的も無くウロウロするのが、リラックスできるんだ」

「そうなんですか~♪」

 亜栖羽も安心した様子。

「それに、その…僕は、亜栖羽ちゃんと色々と食べたり、写真も撮れたから…その方が嬉しいです…♡」

 正直に伝える恥ずかしさで盛り上がる全身筋肉が、嬉しさ込みで、モジモジとくねられている。

 巨大な軟体生物が立ち上がってエモノを探しているかのようなシルエットに、父親に連れられた子供がビクっとなったり。

「それでは~♪ オジサンのリラックスの為に~、本の山へ突撃しましょ~♪」

「お~っ♪」

 小柄な少女と同じく両腕を振り上げた巨漢は、古本市のお客たちを捕食しにやって来た鬼にも見えた。

 会場はプレハブの天幕が並べられていて、屋根を支える支柱や本棚や段ボールで仕切られている感じな設置で、少し狭い通路が形成されている。

 午前中は混んでいたであろう会場も、人が少なくなって、育郎の巨体でも割とスムースに歩いて廻れた。

 それぞれの販売スペースを見るに、持ち込んだ本の三割以上は売れているようで、棚や段ボールにも隙間が目立つ。

「やっぱり、だいぶ 本が売れてる感じだね」

「ですよね~♪ 本棚とか~、一段ぜ~んぶ、空いちゃったりしてますもんね~♪」

 本たちのタイトルを観るに、歴史に関する専門書や古い字体の全集、老後に関しての本や海外の詩集など、お客を選ぶ本が多い。

 沢山売れた漫画の単行本全巻なども、ちらほらと散見できたり。

「あれですね~。洋書が沢山 ありますよね~♪ やっぱり、オジサンだったら 読めちゃうんですか~?」

「う~ん…本によるかなぁ…」

 SF洋書の翻訳もしている育郎だけど、全ての洋書が読めるワケではない。

 同じ国の本でも、その時の流行の言い回しがあったり、時代と共に言葉の意味が変化していたりもする。

 多くの翻訳家ほどではないと考えているけれど、育郎も、出来るだけ現在の英語に触れるよう、ネットで海外のニュースや動画などをチェックして、自分の翻訳能力の維持向上に努めていた。

「~だから、恥ずかしい話だけど…五十年くらい前の本とかになると、いわゆる単語辞典で調べながら…とかじゃないと、読めないかなあ…」

 亜栖羽には、なるべく格好悪いところは見せたくないけれど、ウソを吐くのはもっと嫌なので、巨体が小さくなる錯覚に陥りそうな程にまで身が縮まる、正直な筋肉青年である。

「そうなんですか~♪ オジサン、すっごく、勉強家なんですね~♡」

 亜栖羽の真っ直ぐな眼差しが、尊敬の輝きでキラキラと眩しい。

「い、いやぁ…でへへ…♡」

 少女に認められた嬉しさで、また身が蕩けそうな青年だ。

 二人でノンビリと歩きながら本を眺めていて、亜栖羽が気付く。

「あ~! オジサンっ、大変な本です~っ!」

「?」

 見ると、段ボールの中で背表紙を上向きにして立てられた数少ない本が、斜めに傾いて、表紙が見えている。

 その本のタイトルは。

「日本 ダニ・ノミ・シラミ・蛆・回虫・南京虫・寄生虫類 大図鑑…うわぉ~…」

 マニアックというか読者を超選ぶ本に、育郎はちょっと感動をし、亜栖羽は目を閉じて身震いをしていた。


                    ~第十九話 終わり~

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