☆第十八話 赤提灯Ⅱ☆


 飲み屋さんが多い線路沿いは、ドコを歩いても美味しそうな香りが、風に乗って漂ってくる。

「はあぁ~…焼き魚とか~、煮物の美味しそうな香りが~ ず~っと、してますよね~♪」

「本当だよね。さっきお茶したばかりだけど、ちょっとお腹が空いちゃうよ」

「そうですよね~♪ えへへ~♪」

 育郎の話に笑顔で応える亜栖羽の頬が、少し恥ずかしそうで、小腹が空くのは二人とも同じらしい。

「こういう場所だと~、みなさん ご飯も食べたりするんですか~?」

「うん。大抵は、同じお店でご飯も食べられるし、お酒も飲めるよ」

「そうなんですか~♪」

 まだ高校生の女子は、居酒屋や一杯飲み屋をよく知らなくて、当然だ。

「ちなみに、カモメ屋さんも お酒が飲めるよ」

「そうなんですか~♪ あ~、カモメ屋さんの鯖味噌定食~っ、また食べたくなっちゃいました~♡」

 育郎の住むマンションに近い商店街へ向かう通りにある、昔からの食堂がカモメ屋さんで、青年にとっては故郷を離れた第二の親みたいに気遣ってくれるし、よく食べに行く。

 亜栖羽とデートをした際にも、亜栖羽の要望で連れて行って、みんなに亜栖羽を紹介できたりした。

 亜栖羽もカモメ屋が好きで、デートの帰りに食べに寄ったりしている。

「親父さんたちも、亜栖羽ちゃんが来ないと『亜栖羽ちゃんはどうした? まさかお前 何か怒らせるような事したんじゃねえだろうな!』とか、怖い顔で詰め寄って来るからね」

「えへへ~♪」

 育郎の知り合いたちに受け入れられている事も、亜栖羽にとって嬉しい。

「私も~、大人になったら、カモメ屋さんで オジサンたちとお酒、戴きたいです~♡」

 と言われて、亜栖羽とカモメ屋さんのみんなとで、カンパイをしたり焼き魚を抓んだりしながら、ノンビリ日本酒を戴く未来を妄想。

「う、うん…♡」

 嬉し過ぎる望みに、強面だけでなく筋肉の身体が蕩けそうな育郎である。

「まだ先ですけどね~☆」

 と、大人の世界がまだ遠いと、少し残念そうだ。

 焼き鳥屋さんの前というタイミングで、育郎もフと思いつく。

「そうだ。亜栖羽ちゃん。せっかく こういう場所へ来たんだし、ちょっとだけ 味わってみようか」

「?」

 何の事か解らない様子。

 通りを挟んだお店の前には、誰でも使用OKなベンチがいくつか、置かれている。

「亜栖羽ちゃん、焼き鳥で好きな部位って、ある?」

 少女は、楽しい思い出を想う笑顔で。

「焼き鳥は~、わりと何でも食べますよ~♪ でも特に好きなのは~、タレ味の皮とレバーですね~♪」

「じゃあ、ちょっと待ってて」

 育郎は、一杯飲み屋さん正面扉の向かって右の、焼き鳥を焼いているカウンターへ。

「すみません」

「はいよっ–ぅおっ!」

 初老の焼き鳥職人が、いま焼いている最中の焼き鳥二十本すら一口で食べそうな巨漢の強面に、一瞬ビビる。

 下からの煙が輪郭に沿って強面を焙っているのだから、なおさらだ。

「焼き鳥、持ち帰り 出来ますか?」

「あ、はぃ…」

 香ばしいタレの煙を上げる皮とレバーを、二本ずつ注文。

 デザートを食べたばかりだから、敢えて少なめにした。

「はいお待ち」

 昔ながらのパックに収められた焼き鳥を、すぐ後ろの亜栖羽へ見せる。

「買えたよ。それじゃあ、ベンチに行こうか」

「は~い♪」

 二人で並んで腰かけて、パックを開ける。

「わぁ~♪ 焼きたての熱々ですね~♪ んん~…タレの焦げた この美味しそうな香り~♪ やっばり焼き鳥~、良いですよね~♡」

 少女の正直な感想に、聞こえた焼き鳥職人も嬉しそうだ。

「こういうベンチで、お酒を飲みながらツマむ人も いるんだって」

「そうなんですか~♪ ちょっと大人のせか~い♪」

 愛しい少女の口から溢れた「大人の世界」にドキっとしながらも、青年は平静を保ちつつ、焼き鳥を差し出す。

「「頂きま~す♪」」

 赤提灯の前で、二人で初めて食べる焼き鳥は、人生で群を抜いて美味しい、極上の焼き鳥だった。


                    ~第十八話 終わり~

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