☆第十七話 赤提灯☆
スマフォの時計を見たら、まだお昼過ぎといえる時間だった。
「あの…も、もう一ヵ所、行きたい場所があるのですが…」
と、筋肉の巨体をソワソワさせながら、お伺いを立てる。
「はい~♪ どこですか~?」
少女が了解をくれた。
「うん。少し歩くけれど、ここの隣の駅前の広場で 古本市がやってるんだ」
「古本市ですか~♪ えへへ、オジサンが好きなイベントなんですね~♪」
育郎の趣味を知る事は、亜栖羽にも嬉しい様子。
「う、うん。なんか、紙の本って ホっとするんだよね」
二人が席を立つと、育郎が会計を済ませる。
「オジサン、ごちそうさまでした~♪ 柿ぜり~、すっごく美味しかったです~♪」
「うん、美味しかったよね。また、季節の和菓子 食べに来ようね」
「は~い♪」
冬以降の約束が出来て、少女は頬を上気させながら、弾む返答をくれた。
隣の駅までの近い距離を歩く間も、線路沿いに並ぶ色々なお店を眺めたり。
繁華街が近いからか、お酒を提供しているお店や、社会人向けな食堂が多い印象だ。
休日でサラリーマンは少ないけれど、食事やお酒を楽しんでいる大人や若者は、意外と多かった。
「あ、オジサン。あれって、お酒を飲むお店ですよね~♪」
亜栖羽の目に留まったのは、赤提灯のお店。
「そうだね。いわゆる 一杯飲み屋さんだよね」
昔ながらというか、昭和のドラマなどでも見かけるような、懐かしい感じの飲み屋さんで、濃紺色の暖簾は煤けて年季が感じられる。
「オジサン、こういうお店に入った事 ありますか~?」
まだ高校生の少女は、興味があるらしい。
「少しだけど…二十歳になったばかりの頃に、お酒が飲めるぞーって、こういうお店に入ったら…」
シブい初老の男性店主いがいはビクってなって、サラリーマンの人たちがソワソワと退出してしまったのを、覚えている。
「初めて入ったし、凄く緊張したよ。一杯だけどお酒を飲んで、あとは おつまみを食べていた感じ…だったかな」
懐かしい思い出話だけど、少女には、気になる事が含まれていた様子だ。
「あ~、そのおつまみって、よく聞きますけど~、どんな感じなんですか~? おでんとかピーナッツ~、みたいな感じっていう気がするんですけど~♪」
ドラマなんかでは、その通りだ。
「うん。僕が入ったお店だと、一口サイズの煮物とか、焼き魚とか だったかなぁ…。あと、亜栖羽ちゃんが言ったような おでんもあったっけ。おでんはお店の看板メニューで、はんぺんとか大根に味が染み込んでて美味しかったって、いま思い出したよ」
話しているうちに、想いでも深く蘇ってくる。
大学でも、男子の友達は彼女との付き合いが多く、育郎が一人を実感し始めた頃たったという、苦い思い出も蘇っていた。
「おでん~! やっぱり あるんですね~♪」
「亜栖羽ちゃんが二十歳になって、色々とお酒を飲みたくなったら、一緒に色んなお店を飲み歩くのも 楽しいだろうね」
「あ、そうですね~♪ その時は、お酒のご指導 よろしくお願いいたしま~す♪」
「あはは。僕も 詳しくなっておかないとね」
また一つ、未来の約束が出来た二人である。
「亜栖羽ちゃん、折角だから 提灯の前で、写真撮ってみる?」
「! 面白いです~♪」
少女も乗り気だ。
「あ、一応 お店の許可、求めて来るね」
「は~い♪」
とはいえ、飲み屋の外に亜栖羽を置いて入店とかして、目を離してしまうのも如何なモノか。
「ふむ…よし」
育郎は、お店の扉から、顔だけを覗かせる。
「あの…」
その姿は、酒呑童子が酒の肴にサラリーマンでも食べに来たかのようだった。
「はい–「「「ひいぃっ!」」」」
若女将が返事をした直後に、今度はお客さんたちがハモって悲鳴を上げたものの、許可は取れた。
「OK貰えたよ」
「わ~い♪ どう撮りましょうか~?」
小柄な美少女が、年季の入った飲み屋の赤提灯を両掌で紹介しているような、なんとも温かい写真が、育郎のデフォルトとして三十枚ほど撮れる。
「うん。どれも可愛い写真になったね」
「えへへ~♪」
~第十七話 終わり~
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