☆第十一話 叫ぶ鬼☆


「? 亜栖羽ちゃん…」

 何か気に障るような事を、言ったのかしてしまったのか、のだろうか。

 少女の華奢な両腕が、自身の艶頬へと充てられる。

「あ、あの…僕…っ!」

 鼓動が早まるくらい焦り、頭の中がどうすれば良いのかと、洋書の翻訳すら比較にならない程の、最大回転。

「オジサン…」

 振り向いた少女は。

「ムュンクュの叫ふぃ~♪」

 と、両頬に掌を充てた、変顔を魅せてくれていた。

「!」

 愛しい少女の変顔ギャグを、近くの真正面から鑑賞して、青年は。

「…ぉぉぉ ぉおおおお…っ、うおおぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 と、思わず絶叫してしまっていた。

「ひゃっ–オ、オジサンっ、ダメだったですかっ!?」

 青年の遠吠えを、怒っているのかと勘違いをして、焦る少女。

「ぃぃやああっ–っ全っっっっっ然んんんんんっ–ダメだなんて事はないよおおおおおっおおおっ! 僕はっ、あっ亜栖羽ちゃんのっ、ムンクの叫びのモノマネが可愛い過ぎてっ、言葉を失ってしまっていたんですうううううっ!」

 身を屈めて、強面を少女の目の高さまで下げつつ、感動と愛しさの涙で顔面がズブ濡れだ。

 もし近くを通りかかった鬼が見たら、自分たちを模した瓦も濡れる程の大雨が降ったのかと、勘違いをするだろう。

 育郎の感動に、亜栖羽も安心をして、胸を撫で下ろす。

「そうですか~、良かった~♪ 私、オジサンに叱られる事しちゃったかと 思いました~☆」

 安堵した輝く笑みや、不安を話すプンスカフェイスなど、更に愛顔を披露してくれる亜栖羽。

「あああっ、あのっ! 写真撮ってっ、ぃぃいいですかっ!? 今の最高笑顔や超美麗怒り顔とかっ、それにそれにっ、さっきのモノマネとかっ!」

 圧と愛と熱で懇願をする赤鬼だけど。

「え~、それは恥ずかし過ぎます~☆」

 と、真っ赤になって不許可の意思。

「でっ、ですがっ、さっきのかわいらしさはっ–」

 つい敬語の青年に、やはり愛顔を真っ赤に上気させている少女は、細い首を縦に振らない。

「み、見るだけならいいですけどっ、写真は恥ずかしいです~☆」

「そ、そうですか…」

 両頬を押さえる少女のお断りに、シュンと項垂れる筋肉巨漢だ。

「でも…変顔でしたよね~?」

 可愛いと言われて、まだドキドキしている様子だ。

「は、はいっ! 亜栖羽ちゃんの変顔とかっ、凄っっっっっっっごくっ、至高の変顔でしたあっ!」

 まるで、女神様からの施しを有難く授かる信者のように、綺麗な礼で敬意を表す育郎である。

「そ、そうですか~♡ あ、オジサンは、変顔 どうですか~?」

「ぼ、僕…?」

 育郎の変顔が観たいというリクエストだ。

 普段から変顔というか強面なのに、これ以上の変顔とか、可能なのだろうか。

「じゃあ~、オジサンも、ムンクしましょ~♪」

「ム、ムンクの叫び? ううん…」

 頭に思い浮かべた絵画へ似せる為には、亜栖羽がしたように、顔を縦に伸ばすイメージで両頬に掌を充てるのが、正解だろう。

 とにかく青年は、少女のリクエストへ応える為に、決意をする。

「コホん…そ、それでは…」

 しかしいざ実行となると、とても恥ずかしい。

(あ、亜栖羽ちゃんだってっ! 恥ずかしさを堪えて、僕を楽しませようと…っ!)

 そう思うと、勇気が湧いて来る。

 育郎は、ムンクの叫びのモノマネをする決意を、更に強く固めた。

 後ろを向いて、両掌を頬へ。

「い、行きます…っ! ム、ムュンクの叫ぶいいぃっ!」

 振り向いたその顔は、筋肉の盛り上がる両掌で左右から頬を圧迫され、まるで岩に挟まれて罰せられている鬼そのものだ。

 きっと元画と並べたら、本家が鬼に驚いているようにしか見えないだろう。

「ムュンクュの叫ふぃ~♪」

 そして亜栖羽も、同じく変顔を魅せている。

 そんな意味不明なカップルたちの背後では、魂を吸いにやって来た変顔鬼の巨体に、子供が泣いていた。


                    ~第十一話 終わり~

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