☆第九話 芸術的好み☆


「えっと…次は、電車で向かうけど…いい?」

「は~い♪」

 駅で育郎が亜栖羽の分の切符を買おうとしたら、少女は自分のスマフォを取り出す。

「いいですよ~。これで乗りま~す♪」

「そ、そう…それじゃあ」

 育郎も電子パスで、改札を通過した。

「オジサン、電車代 払ってくれそうでしたけど~。このくらいは私、自分で払いますよ~☆」

 と、JKからダメ出しをされてしまう、二十九歳。

「う、うん…」

 愛しい少女に迷惑をかけてしまった気もして、ちょっとシュンとしてしまったり。

「オジサン、すっごく優しいですから、いつも私に気を使ってくれますけど~♪ 私も自分の事とか~ 出来るだけ自分で やれるようになりたいって、思ってるんです~♪」

「は、はい…」

 明るい笑顔に癒されながら、亜栖羽の想いに気づけていない自分を恥じ入る。

 さっき亜栖羽が「自分は大人になりたい」旨を言っていた事も、頭を過ぎり。

(僕は、もっと考えて行動しないと…!)

 と、前向きに反省をする青年だった。


 電車で三つほどの駅を過ぎて、少し賑やかな街で下車。

 目的地は、駅から歩いて行ける場所だ。

 駅前ロータリーの青信号を、左右の車から少女を護るように壁となって歩く、筋肉の巨漢。

 周囲を警戒するその強面に、平和の象徴たる鳩たちも、警戒の泣き声を上げていた。

「あの角を曲がると…あったよ」

 見えて来たのは。

「あれって…美術館ですか~?」

「うん」

 三階建ての西洋式建築で、色合いは薄いあずき色に落ち着いている。

 正面玄関の左右壁が大きなガラスで、フロアと、一部の展示品が見えていた。

 緑が整えられた庭園もあり、ゆっくりと落ち着いて芸術鑑賞が出来る施設だ。

「ちょうど今、写真とか写実系の絵画とかを 展示しているんだ」

 さり気なく展示を紹介した言葉に、少女はときめいた様子。

「わ、芸術鑑賞ですか~? オジサンっ、すっごく知的で、すっごく大人なんですね~♡」

「ま、まぁ…それ程でも、ありませんが…」

 さっき注意をされて、いま尊敬されて、恥ずかしくて嬉しくて舞い上がりそうな巨漢青年である。

「やっぱり~ 芸術の秋~♪ だからですか~?」

 少女の眼差しは、期待と喜びでキラキラしている。

「もちろん、それもあるんだけどね。普段から、デスクワークでプログラミングとかSF洋書の翻訳ばかりだから、こういう時間で 頭や心を休めたりするんだ」

 もちろん、機会があればというレベルの話で、普段から芸術に造詣が深いというワケではないけれど。

「うわぁ~…オジサン、知性派なんですね~♡」

「ま、まあ…時々ですが…でへへへ♡」

 駅前ロータリーで鳩を警戒させたハシビロコウが、正面から見たウーパールーパーよりもだらしない顔で蕩ける。

「あ、亜栖羽ちゃん。ここで一枚 良い?」

「は~い♪」

 美術館の看板の前で、記念に十枚ほどパシャり。

 わりと立派なデジタル式のカメラで、いつも通りの写真を撮る。

 亜栖羽の童話を読ませて貰う事からスタートしている今日のデートでも、待ち合わせの駅前やカフェの前、駅までの道のりなど、既に百枚以上の写真を撮っている育郎だ。

 首から下げたカメラといい、小柄な美少女といい、通りすがりの男性たちは、ドえらく可愛い読者モデルと、ガードマンも務める強面筋肉カメラマンかと、勘違いをしている事だろう。

「美術館の中は…撮影禁止だね」

「やっぱり、そうですよね~」

 展示内容によっては撮影OKの場合もあるけれど、今回はダメらしい。

 亜栖羽と展示物という二大芸術のコラボが撮影出来ない事は、育郎にとって非常に残念であるが。

(いやいや…。今回は 亜栖羽ちゃんと一緒に、落ち着いてジックリと芸術鑑賞をするんだ…っ!)

 あらためて、心の中で自分に言い聞かせながら、上着の内ポケットからチケットを二枚、取り出す。

 育郎の友達である洋書SFの担当編集者が、育郎が興味のある分野だと知っていて、会社で配られたチケットを融通してくれたのだ。

「それじゃあ、お言葉に甘えま~す♪」

 今回の展示テーマは、現代美術の実写系全般である。


                    ~第九話 終わり~

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