☆第七話 掌☆
「亜栖羽ちゃん。これ…あ…」
育郎は亜栖羽に声を掛けながら、思い出したように、自らの口へ指を立てる。
「…シ~ ですか?」
小声で尋ねる少女へ、ニッコリと微笑んで頷いた。
青年が指し示した小さな棚の上には、開閉式の小型クリアケースへ収められた、小さな本。
箱の中には綿の中敷きがされていて、本の大きさは、少女の掌どころか、親指の幅にも収まりそうだ。
「うわ~…小さな本ですね~♡ 可愛い~♪」
「ケースに入ってるけど、これも閲覧できる本だよ」
と、二人で小声の会話。
亜栖羽は、このサイズの本を初めて見たらしい。
日本語で書かれたタイトルは漢字込みだけど、小さすぎて肉眼では読めない。
「何の本ですか~? もしかして、赤ちゃん用ですか~?」
可愛い答えだ。
「亜栖羽ちゃん、豆本って 知ってる?」
「あ、聞いた事があります~♪ パパが昔、興味を持って調べたりしたって、子供の頃に言ってました~♪ もしかして、これがその 豆本なんですか~?」
「うん」
偶然とはいえ、少女は父親から聞いた事がある豆本。
元々は、その国の印刷技術や製本技術の高さを世界へ知らしめるために造られた。
と言われている。
現在の世界基準として、縦横ともに八センチ前後よりも小さいと、豆本と呼べるという。
もちろん、本として形成されているだけでなく、ページには判読可能な文字で印刷されている事が、絶対条件だ。
日本では江戸時代に、十四センチ×十センチの本が制作され、国産初の豆本となった。
と言われている。
その後も、世界各国で豆本は制作と小型化が進められて、現在では縦横一センチという「マイクロブック」なる基準まで、設定されていたりする。
現時点でのギネス記録はロシアの豆本で、その小ささは〇コンマ九ミリ四方。
しかし、ギネスに申請していない日本の豆本は、二〇十三年に制作された〇コンマ七五ミリだったりする。
「そんなに小さいんですか~…すご~い♪」
と小声で感動しつつ、指先で一ミリ以下を測ってみたり。
「そんなに小さいと、ウッカリ息を吐いただけで、飛んで行っちゃうそうですよね~☆」
より小声になったりして、可愛い。
「そうらしいね。だから、豆本はマスクを着けて、しかも指で触れられないから、ピンセットで扱うんだって。普通に触っても、本が壊れちゃったりするらしいから」
「そうなんですか~…私、絶対に触るの 怖いです~☆」
もし壊してしまったり。
とか想像をして、少女は身震いをする。
「あはは。このケースに入ってる豆本くらいなら、気を付けて扱えば破損はしないけど、やっぱり触るのは怖いよね」
「えへへ~♪ 特にオジサン、掌も大きいですし~♪ 指も太いですもの~♪」
嬉しそうに微笑みながら、青年の巨大な掌に、自らの小さな掌を重ねる亜栖羽だ。
(っぅうおおおおおおおおおおおおおっ!)
思わぬ触れ合いで、つい悦びの雄叫びを上げてしまいそうになった。
少女の掌は小さくて薄くて儚げで、でも暖かくてプニプニである。
うっかり包んだらそれだけで壊れてしまいそうで。筋肉巨漢は庇護の緊張を最大限に以て、優しく掌で包んでいた。
「オジサンの掌、やっぱり大っきいですよね~♪」
「ハっ–つ、つい…」
「えへへ~♪」
恥ずかしくなって離しそうになった巨漢の掌へ、亜栖羽が小さな掌をいっぱいに拡げて、指を絡める。
「あ、亜栖羽ちゃん…っ!」
優しい指に、愛らしい笑顔に、青年の心臓が高鳴ってしまう。
小柄な少女を見つめていると、お店の奥から女性の声が聞こえて来た。
「あら~、誰かと思ったら、この間の巨人さんじゃない~♪」
明るい声に振り返ると、髪の長い大人の女性が、奥から出て来たところであった。
「ああ、お久しぶりです」
挨拶をしながら、育郎の掌は、亜栖羽の掌を包んだままだ。
女性は二十代半ばくらいに見える、切れ長な眼差しの美人である。
「お久しぶり~♪ あら、こちらは初めてさん? いらっしゃ~い♪」
「あ、は、初めまして」
大人の美女に、少女は緊張を隠せなかった。
~第七話 終わり~
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