☆第五話 ニッチな本屋さん
亜栖羽が財布を取り出そうとして、育郎がレジの支払いを先回る。
「あ、オジサン~。私、ケーキとか、払います~」
少女がケーキを注文したのは、自分で支払う意思があったからだと、青年も解っている。
「ううん、僕に出させて。亜栖羽ちゃん初の童話への、お祝いだから」
育郎がケーキを注文したのも、亜栖羽と一緒に祝いたかったからである。
「いいんですか~? それじゃあ、お言葉に甘えて~♪ ごちそうさまでした~♡」
二人でのお祝いを喜んでいるその笑顔は、青年にとって、何よりの宝物であった。
カフェを出ると、午後の日差しは少し強く、まだ夏の終わりを感じさせる。
繁華街ではないけれど、今日のこの街には、カフェ以外にも目的地があった。
「この先に、少しニッチな本屋さんがあるんだけど、行ってみない?」
「は~い♪ 私~、オジサンがどんな本屋さんに行くのか、興味津々です~♪」
「あはは。僕も頻繁に来るワケじゃないけれど、ちょっと珍しい本屋さんだよ」
二人は、道幅の広い駅前商店街を歩いた。
いつも通り、車が通る側を育郎が、お店側を亜栖羽が歩く。
「ここの通りも、いろんなお店があるんですね~♪」
生活商店街だけど、昔ながらのお総菜屋さんや自転車屋さん、コスメショップやお菓子の量販店やお花屋さんなど。
「ここは 新しいお店も割と多いけど、昔からのお店もずっと続いている 地元商店街っていう感じだね」
特に、お総菜屋さんや魚屋さんの前を歩くと、煮物や焼き魚の良い香りが漂う。
「はぁ~…、なんだか お腹が空いちゃいます~♪」
「美味しそうな香りがするもんね」
今日の晩御飯のおかずはここで買って帰ろうか。
とか何気なく考え、デートの最中に晩御飯のおかずを買うとか、有り得ない。
と、心の中の自分が制止したり。
「あ、あの本屋さんですか~?」
少女が指した先には、小さな本屋さんが見える。
「あぁ、あのお店は 平均的な本屋さんだよ。週刊誌とか漫画の単行本とかを扱っているお店だね」
「そうなんですか~。あ、それじゃあ~、オジサンが案内してくれるお店って~、扱っている本が珍しいんですか~?」
「ああ、うん。よく解ったね」
「えへへ~♪」
青年に褒められて、少女は嬉しそうに微笑んだ。
暫く歩くと、商店街の中ほどから横道へと入って、住宅街が見えてくる。
車道と歩道が白線だけで区切られた通りを更に曲がると、三件ほど向こうに、一階部分に看板が見て取れる、アパートが見えた。
「あ、あのお店ですか~?」
「うん」
書店と聞いていたから書店と思ったけれど、お店の外観だけだと、何のお店かまでは解らない、不思議な店構え。
五階建てのアパートの一階部分の一部がお店になっていて、赤い軒には、特に名前も無し。
木製で手造りの看板が置いてあり、そこにもドコの文字が解らない店名が、本の飾りや貝殻などでデコレートされていた。
「ここは『アンジュラ・バンデ』っていう名前の本屋さんだよ。元々は漫画を売っていたらしいんだけれど、代替わりをして、特殊な本を扱うようになったんだって」
「特殊な本…ですか~?」
お店の外観を見上げながら、亜栖羽はどんな本を扱っているのか、想像している様子。
「看板に 貝殻があしらわれているので~、海の本専門~っ! とかですか~?」
「あはは。専門書店っていうところは 正解だね」
海の本専門店とか、ニッチすぎるコンセプトだけど、現代なら有り得そうで、青年は少女の発想力に愛らしさを感じていた。
「ウィンドゥとか、中が見えないんですね~」
窓の中はカーテンが掛けられていて、外から店内の本を伺う事は、叶わない。
「うん。あまり日に当たると、本が日焼けしちゃうからね。だから、日中はカーテンが閉められているけれど、冬の夕方とかだと、カーテンが明けられて 中から光が溢れて幻想的なんだって」
と、育郎も聞いている。
亜栖羽も、その光景を想像してみた。
「わぁ~…なんだか、童話っぽい感じですね~♪ 雪の夜…暖かい光が優しく零れる小さな本屋さん…。素敵です~♪」
「冬になったら、また来ようね」
「は~い♪」
そんな会話を楽しみながら、二人は、ニッチな本屋さんへと入店をした。
~第五話 終わり~
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