☆第二話 悩める鬼☆


(どうしよう…)

 悩乱する強面巨漢の姿は、まるで地獄から審判にやって来た使者のようだ。

 恐ろしい表情に、盛り上がる全身の筋肉。

 腕組みからは、強い意思を周囲にも感じさせた。

 対して相席の少女は、愛らしいフェイスを弱々しく俯かせ、小柄な身体を前屈みに縮込ませている。

 命を奪われるかもしれないと怯えるような、庇護欲を使命感として刺激する姿に見えた。

 カフェで接客をしている女性店員さんたちは、少女が心配で仕事が手に付かず、男性給仕さんたちは、どうしようもなくザワつく。

 警察に通報するベキか。

 いや、機動隊を要請するベキだ。

 それより自衛隊。

 店員さんたちには、まるで閻魔様の親族にも見える育郎の強面が、初めて体験する地獄の恐怖でしかなかった。

 という周囲の反応も気にならないほど、育郎は亜栖羽の創作童話の感想に、悩み続けている。

 作品としての評価どうのこうの、ではない。

(亜栖羽ちゃんは…本気で童話作家を目指すのだろうか…)

 もしそうなら、そつのない感想とか、逆に失礼なのでは。

 と思う。

 夢に本気で突き進んでいる相手なら、たとえどのような感想であっても、感じたまま正直に伝えるベキだと、育郎は信じている。

 それで傷ついて諦めるくらいなら、早く諦めて違う夢を見付けた方が、本人にとって絶対に良い。

 逆に、どんな批判でも受け入れて、その中から自分に足りない部分を見付けられる強者こそが、プロを目指せる才能だ。

 それはどんなジャンルにも共通している根性と慣性であると、育郎の達の編集者も言っている。

 もちろん悪口は論外だが、悪口と批判を見分けられる能力も、プロには要求されるのだ。

(亜栖羽ちゃんなら、大丈夫だと思うし…もし辛くても、僕が全力で支えるんだっ!)

 という決意もあり、青年の表情は木彫りのリアルな鬼の面にも勝る迫力。

 と同時に。

(もし亜栖羽ちゃんが、夢とか以前に、こいう気分で書いてみたのなら…)

 本気ではないという話ではなく、いわゆる「入り口に立った」という気持ちの話だ。

 これで、亜栖羽が本気で童話作家への夢を目指す切っ掛けになるとすれば、やはり誤魔化しのような感想は言いたくないし、さりとて厳し過ぎる感想も適切ではない気がする。

(それに…)

 あるいは本当に、書いてみたくなっただけかもしけない。

 もしそうなら、良かったところだけを伝えたほうが、適切な気がしていた。

(亜栖羽ちゃんのスタンスは…うむむ…っ!)

 愛しい少女を傷つけたくないし、やはり笑顔が見たいし、いつも笑顔でいて欲しい。

 悩めば悩むほど、育郎の強面が力んで筋肉と彫りの深さが増して、もう頭に角が生えても、逆に誰もが納得をしてしまうだろう。

「…ううん…」

「!」

 つい溢れた塾講の吐息に、少女がまたドキっとなる。

「あ、あの…ォジサン…!」

「! はっ、はい…っ!」

 絞り出すような声が悲痛で、育郎は、一瞬で現実世界へと帰還。

 悩める育郎に対して、亜栖羽は意を決して、しかし怯えながら、話す。

「ご、ごめんなさいですっ! オ、オジサンを困らせるつもりなんて、なくって…っ! ででもアレですよねっ、プロのライターのオジサンから見れば、私の童話とかっ、ダメ丸出しですよねっ!」

 キツく目を閉じて、自己批判モードの亜栖羽だ。

 そんな表情にも、庇護欲を強く刺激されながら。

「いっ、いやあのっ–そういう事っ、全然ないですっ!」

 想いの少女を悲しませてしまいそうな事態に、慌てて説明をした。

「ぁあ亜栖羽ちゃんの童話っ、すっっごく可愛くてっ、なんていうかっ、亜栖羽ちゃんの他者に対する見方っていうかっ、温かい視線で見てるんだなってっ! そのっ、すっっごくっ、感じましたっ!」

 必死になって正直な感想を述べる青年は、椅子に座りながら姿勢が正しく、全身の筋肉も緊張でモリモリに盛り上がっている。

 どうやら、鬼が降参したらしい。

 店員さんたちも、ホっと胸を撫で下ろしていた。


                    ~第二話 終わり~

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