第3話 家族
京都から高速バスで岡山へと帰ってきた。高校に入学する時は両親と一緒に新幹線での移動だったが、すっかり七年でグレードダウンしたものだと思う。そして岡山駅から更に電車に乗り換え、二駅で実家の最寄り駅に着いた。駅から実家までは徒歩で十分だ。歩いていると懐かしい風景と知らない建物が見えてくる。よくお菓子を買っていたスーパーや家族で外食をするのに利用していたお店は健在のようだが、かなり田んぼがなくなり住宅が増えたようだ。あっという間に実家が見えて来た。
「ただいま」
七年間一度も帰省していない。とにかく皆に置いて行かれないようにという思いで毎日鍛練をしていた。
「おや、お帰り。明日は雪が降るね。夏だけど」
もう夕方六時を過ぎている。晩御飯の支度をしているのだろう、エプロン姿の母親が出迎えてくれた。
「お母さん油が危ないよ!ちゃんとガス切ってから出てよね」
電話では何度も聞いた妹の綾芽の声が聞こえる。玄関まで丸聞こえだぞ妹よ。
「まあ、まずは荷物を置いてきな。もうすぐお父さんも帰ってくるから晩御飯を一緒に食べましょう」
「ああ、わかったよ。部屋は変わってない?」
「いや綾芽と部屋を交換したから、あんたの部屋は四畳半の部屋になるね」
「荷物入るかな?」
「入るかなじゃなくて、入れるの。強い意志があればどうとでもなるよ」
「分かりました。頑張らせていただきます」
四畳半の部屋には七年前に出て行ったときのベッドと学習机そして漫画だらけの本棚が六畳の部屋から移動して配置されていた。掃除をしっかりとしてくれているのだろう、布団だけ用意すればそのまま使えそうでありがたい。ちょっと懐かしい漫画を読んでいると綾芽が呼びに来た。
「お兄ちゃんお帰り。晩御飯の用意できたよ」
「ああ、すぐ行く」
部屋を出るとまだ綾芽がそこにいて、両手を差し出して来る。
「なんだそれは」
「え、分からないの。お土産に決まってるでしょ。京都はやっぱり八ツ橋ですかね〜」
失敗した。そんなこと考える余裕もなかった。
「すまんな。お土産は忘れた」
綾芽は頬を膨らませて2階から降りていく。お前はもう十八歳だぞ、いつまでも子供だな。
「聞いてよお母さん。お兄ちゃんお土産ないんだよ。もう信じられないよ」
「昔から麟瞳は気が利く方じゃなかったろ、今更だよ。家にいるうちに何か買って貰いな」
母上、僕は今ほとんど無職なのですよ。綾芽に変な事は吹き込まないでね。そうこうするうちに父親も部屋着に着替えてやって来た。
「おっと、これは明日槍が降るな。夏だけど」
父上、夏関係ないよね。似たもの夫婦だな本当に。
「ご飯が温かいうちに食べましょう。食べながら話をすればいいでしょ」
食卓の真ん中には鶏の唐揚げが山盛りに積まれている。うちは鶏モモ肉と胸肉そしてレバーの三種盛り、白と黒が食欲を煽る。あとは春雨サラダとみそ汁、ご飯はもちろん大盛りだ。さあ全員揃っていただきます。
「麟瞳、いつまでこっちにいるんだ」
ビールを気持ち良く飲んでいる父親から痛い質問が飛んで来る。
「当分こっちにいる予定なんだけど」
「ええ〜、お兄ちゃんそうなの!じゃあ夏休みに入ったらダンジョンに一緒に入ってくれないかな。今度Dランクダンジョンに初めて入るんだけど、パーティメンバーも不安に感じている子がいるからね。お願い!」
「ああ、大丈夫だぞ。パーティメンバーは何人なんだ」
「私を入れて五人なんだ。お兄ちゃんのために一人分枠を空けてるからね」
「相変わらず調子いいな、綾芽は」
「お兄ちゃん期待しててね!うちのパーティは私を筆頭に可愛い子だけの五人パーティなんだよ。男の子の憧れのハーレムパーティだよね。で、周りからモゲロとか思われるんだよね」
自分で可愛いって言っちゃってるよ。確かに客観的に見て可愛いとは思うよ。でも自分で言ってはダメだよね。因みに綾芽は県立のダンジョン高校の三年生だ。ここ数年で公立、私立のダンジョン高校が増えた。講師の確保ができるようになったことと、ダンジョンに入る人口が年々増加傾向にあることが原因だろう。
「麟瞳、《百花繚乱》はどうしたの?Aランクダンジョンに挑戦するって言ってたでしょ」
「京都のAランクダンジョンに挑戦したんだけど十五階層のボス部屋で失敗したんだ。そのあと失敗の原因が僕のせいということになってね。パーティを追い出されちゃったんだよね。面目ない」
「追放ものですか〜、来たねお兄ちゃん!大体追放された奴の方が主人公なんだよ。良かったね!」
なんて前向きなんだ我が妹よ。僕にもそのポジティブな思考が欲しいよ。
「まあ、七年間頑張って来たんだ。少し休憩してもいいんじゃないか」
「んー、でも毎日積み重ねることが大事だからね。明日からCランクダンジョンに行こうと思ってる。多分Cランクならソロでも大丈夫だと思うから」
「本当に大丈夫なの?あそこは岡山では難易度高いダンジョンとして有名よ」
「無理はしないよ。ダメそうならすぐに撤退して帰ってくる。でも、これでも一応Aランカーだからね、行けるところまでは頑張ってみるつもりだよ」
ダンジョンはSランクからFランクまで格付けされている。探索者の試験に合格するか高校や専門学校でダンジョンに入る資格があると判断されるとFランク探索者免許が交付される。その後は、ダンジョンを完全攻略する度に免許が更新されていく。Fランクダンジョンを完全攻略すればEランク探索者に、そして僕はBランクダンジョンを完全攻略しているからAランク探索者になっているのだ。
当然自分のランクのダンジョンまでしか入場できない。Aランクダンジョンはまだ誰も完全攻略していないから日本にはSランク探索者は存在していない。じゃあSランクダンジョンは放置されているのかと言われれば、そんなことはない。自衛隊の精鋭が日本に二つしかない大阪と東京のSランクダンジョンを攻略している。
「ご馳走様でした。滅茶苦茶美味かったよ」
「フフフ、麟瞳も少しは気が利くようになったみたいね。お風呂入る?今日は疲れたでしょう」
「いや、後でいいよ。今日は全然体動かしてないから、少し運動して汗をかいてくるよ」
「いやいや、感心だね~お兄ちゃん。どんな運動するのか気になるから一緒にいい」
「今日は遅くなるから女の子はダメだよ。明日の朝も鍛練するから、その時ならいいよ。朝五時から始めるからな、遅れるなよ」
「五時ですか~、もう寝ないと起きられないよ。一番風呂もらいますね私が」
妹よ、まだ八時にもなっていないぞ。どんだけ寝るつもりだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます