第2話


 ───夢。


 ───いつも見る、夢。


 ───みんなが、笑っている。


 ───己を、嗤っている。

「ふ───……104…。」


 アンリ家の長男である貴方の朝は早い。

 日が昇る時に目を覚まし、身支度を整え、魔力を使用しながら普段のトレーニングを行う。

 家の外周を走ってみたりするのが基本だが、最近は腕の筋力を鍛えてみようと木刀を振ったりしている。


「ふ───…105…!」


 …貴方の腕は伸び切り、腰はへなる。

 あまりの木刀使いの悪さに、草の陰から"弟"は溜息をついた。


(…兄さん、本当、剣は絶望的に向いてないなァ…。)


 "弟"、名を、【セドリック・アンリ】。

 アンリ家の次男である、御歳15歳の少年。

 今は、貴方───"兄"を観察中だ。


「ふ───…106…!」


(…あんな軽い木刀なのに、100回程度でへばっちゃってる…。)


(…努力してるのは、分かるんだけどね…。)


 セドリックは、実の兄を心の中で鼻で笑った。


「───兄さんっ!」


 そして、間髪入れずに、草から飛び出る。


「ふ……っ、はぁ───セドリック…!?」


 突如、セドリックが目の前に現れた事に、困惑する貴方。

 思わず、"木刀を振り下ろす手"を止めようとするが───。


「───よっ、と。」


 貴方の弟は、貴方の全力の一撃を、最も易々と止め───。


「兄さん、剣ってのはさ───。」


 木刀を、呆ける貴方の手より奪い去り───。


「───こう、振るんだ。」


 貴方の眼前の大草原を、"一撃"にて…"切り裂いた"。


「───ぁ。」


 突然の事にて、呻き声しか出なかった。

 …何かが破裂したかのような音が響き渡り、貴方の視界にある植物は尽く、セドリックの"剣閃"を目安に、切り取られている…。


「…木刀じゃ、この程度か。」


 貴方は、そのような事を言ったこの弟を、心底憎んだ。


「─────。」


 貴方の弟は、強く、逞しい。

 だから、貴方はこの拙い鍛錬を、見られたくなかった。

 しかし、朝早くに、鍛錬を行ったところで───。


「…兄さん、剣振るんだったら、鉄の剣の方が良いよ?ああ、腕の筋肉つけるなら、腕立て伏せした方がいいかもね。腹筋も足りてない気がする。」


 ───アドバイスされる、始末である。


「…この木刀、"軽すぎる"し…。持久力はつくかも知んないけどさ。」


 貴方の弟は、その言葉の後に続けて…。


「…っと、兄さんがもう100回も振れてるんなら、これで筋力の向上は、見込めないと思う。」


 …付け焼き刃のような言葉で、貴方を気遣った。


「…そうか、ありがとう、セドリック。」


「俺自身薄々、この修練は実戦向きではないと思っていたんだ。」


「…今度、親父の物置から直剣を借りてみる事にするか。」


「兄さん。腕立て伏せは?」


「…する…。」


 しかし、貴方は感じている劣等感を包み隠して、あくまで平静につとめた。

 貴方は、"兄"である。

 ───弟は少し、口が達者ではないだけなのだ。

 …貴方は、そう僻んでいる。


「んじゃ、兄さん。僕はここらで自分の鍛錬に戻るから。また後で!」


 …貴方は天真爛漫な弟を、どこまでも自然そうな笑顔を作って見送った。

 風が舞い、草原は弟の軌道の軌跡をそのまま写しとる。

 弟…セドリックは、"王都"の方へと、消えていった。


「…そこで鍛錬なんて、どうせしていないのだろう。セドリック。」


 貴方は、ひとりごちた。


「王都で、何か輝かしい、名誉ある仕事をしているに違いない。」


 セドリックがこうして王都に赴くのは、今日が初めての事ではない。

 いつか、アンリ家に父の紹介である高名な老師が訪れてから、ずっとだ。


「…くそ。」


 貴方は、見初められなかった。

 貴方は老師の目には相応しくなかったのだろう。その老師は父の話によれば、大量の勲章を受け取るほどの軍人だったらしいが…。


「…っと、物思いにふけってる場合じゃないな。」


 貴方は、捨てられた木刀を拾い直し、咎められた鍛錬を継続する事にした。


「今から、直剣を借りてくるのは流石にめんどくさいし…。腕立て伏せはなんか嫌いだ。」


 貴方は貴族の17歳だ。

 貴族として悠々自適に暮らせてきた貴方にとって、努力の起源は───才能への反骨。

 故に、セドリックの言葉を認めることはできなかった。


 ───そして、一息に、木刀を振り抜く。

 今日の目標は、300回。


「ふ───107…!」


 貴方は、歩みを止めない。


「ふ───108!」


 …300回へと、辿り着いたのは、日が真上へと上がっていたときだった…。

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薪が如く 松田勝平 @abcert

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