第54話 迷宮の終わる日

「……始めるか」


 身体を起こし、そしてこれからの計画を思い起こす。


 準備はした。


 上手くいけば2時間とかからずに迷宮は落ちる。


 上手くいけば。それは計画通りにという意味よりも、ガーラ・ガーラの能力が想定を超えていなければという意味が大きい。


 そして、想定は崩れるものだ。


 保険もかけた。やることはやった、それでも、勝算は五分だ。


「進むしかない、投げ出すことは許されない」


 厳密に言えば、投げ出すことはできる。投げ出したとしても帰る場所はおそらくある。


 投げ出した場合には遅かれ早かれ世界が滅ぶというだけだ。


 その頃にはきっと自分は死んでいる。


 では、自分が巻き込んだ者はどうなる。置き去りにして世界と心中しろとは言えない。


 それくらいの情はある。


「……」


 手が震えている。


 恐ろしい、とはそこまで思っていない。頭と身体の間で齟齬がある。肉体の恐怖と、精神の恐怖は別物か。


「万が一にも、こんな姿は見せられない」


 何かが落ちる音がした。


「ん?」


 音の鳴った方を向く。


「えっと、おはよう、ございます?」

「ユウ様ですか、何かご用でしょうか」

「いやその、朝ごはんとか、どうかなって」

「……結界の構築が早くおわってここで休んでいることは誰にも言っていないはずですが」

「あはは、偶然ってすごいなー」

「いつからです?」

「えっと、自称勇者の人たちに会いに行くところから」

「なるほど。本当は?」

「……ランドさんのお手伝いをしてたところから、です」


 思った通り最初からだ。


「ユーラ・ユーラ様は今どうしておられるのですか」

「お姉ちゃんは、そろそろ起きるかな。今までの疲れもあって死んだみたいに眠ってるんだ」

「そうですか、起きますとまた反対されかねませんから。寝ているうちに終わらせてしまうましょう。上手くいけば数時間で終わります」

「勝ち目は、あるの?」

「ええ、十分に」

「そっか。サンさんがそう言うならきっとそうなんだね。たぶん、50%くらいかな? 勝つ確率は」

「勝つか負けるかという意味では、そうでしょう」

「あ、いま馬鹿にしたでしょ。これでも結構考えてるんだよ。少なくとも上から数えた方が早い大学を目指せるくらいには勉強もできたんだから」

「そこでは戦争の計略などは教わりませんでしょう?」

「それは、そうだけど」

「良いんですそれで。本当のところは誰にも分かりません。それでもどうにか前を向くために小細工をしております。これだけやったからには進むしかない。そういうことなんです」

「なんか誤魔化されているような」

「なんのことやら、そういえば朝ごはんが何かとか言っておられましたね」

「うん、実は2人分用意してて」

「……おそらく足りないでしょう」

「? どうして」


 ユウ・ユウの後ろを指差す。


「……サンソンが僕の知らないところで密会か、なんだかゾクゾクする……!!」


 変態と。


「なんでしょう、ワタクシの胸にチクリと……?」


 乙女だった。


「可能でしたらもう2人分用意していただけますか?」

「多めに作ってたから、大丈夫」

「では私もご一緒させていただきましょう」

「カラ・カラ王、準備はよろしいので?」

「ええ。万全です」


 これで突入用の人員はとりあえず揃った。あとは英気を養って突入するだけだ。


「王様の口に合うかは分かりませんけど、多分大丈夫だと思います」


 ドンと言う音と共に出てきたのは山盛りの肉と米だった。厳密には米ではないが、まあ似たようなものだ。


「これは、豪快な」

「いっぱい食べようと思って。もしかしたらこれが最後の食事だし」

「最後にはさせませんからほどほどにお願いします。食べすぎで動けなくては勝てるものも勝てません」

「う、うん、そうだよね!! サンさんは冷静だなあ」


 そうして始まった食事会は、口数少なく進んでいく。大量の料理のほとんどはユウ・ユウとヤトアカミの口に消えていった。ドワーフは結構な大食漢のはずだが、カラ・カラの食事量は意外なほど少なかった。


「……1時間後に決行となります。各自最後の準備を。今日が迷宮の終わる日です、どうか悔いのないよう」


 

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