第7話 衝突
「これが動くところに立ち会えるとはのう」
みんな仲良し号改め、アルゴー号。空飛ぶ機械船が目の前にあった。見た目を表現するのなら金色のごっついクルーザーだ。
これが飛ぶというのだから恐れ入る。見たところジェットが出そうにもないがいったいどうやって飛ぶというのか。
「これどうやって飛ぶんだ」
「知らん。それは伝わっておらぬ。むしろお前が動かし方を継承しておると踏んでおったのじゃが」
「いや、これは記憶の中にない。だからどうやって操作すれば良いのかも分からない」
これはまさか、移動手段の時点で詰んだ。というわけか。
これは些か予想外だ。つまずくならもっと先の話だとたかを括っていた。
「なーんてのう、そんなに落胆しなくてもちゃんと手段は用意しておる。専門家がこちらに向かっておるよ」
「専門家?」
「そうじゃ。ドラゴンの国でも随一の遺物研究者じゃと。名前は確か……」
「ヤトアカミですわ!!」
後ろから飛んできた声量は確かに人間のものではなかった。声に込められた力だけで卒倒しそうなほどに。自分が人間であり、取るに足らない存在であると突きつけられた気分だ。
それでも世界で1番貴重な者が自分であることに変わりはないが。
「全速力で走って参りましたのよ!!」
声の主は既に近くにいた。ドラゴン態を取ってはおらず人間と龍の中間ぐらいである龍人態になっているようだ。
長い黒髪に、片眼鏡。服装はツナギか?
「おお、そうかそうか。急がせてすまなんだ」
「まっっっっっっっったく問題ありませんわ!! ワタクシにこの子を弄る権利をくださるんですもの!!」
一言ごとに身体が竦む。これだと自分が保たない。言葉が通じれば良いが。
「失礼ですが、少しだけ力を押さえてはもらえませんでしょうか」
「は?」
初めて正面から見られた。これは視線にまで力が籠っている。このままも見続けるだけで人間の自分は深刻なダメージを負うだろう。だが引かない、ドラゴンは力を重んじる性格だ。自分から引くような者はまともに相手にされない。
「どうして、ワタクシが、人間の、願いを、聞かなければ、なりませんの」
「このままでは自分はあなた様の力に当てられて、負傷します。自分を負傷させれば、あなた様に非常に不利益な事が起こりますがそれでもよろしいですか」
「ますます意味が分かりませんわ。人間1人ケガをしたところで何の問題があると言うのでしょう。ワタクシに不利益? 一体どんな不利益があると言うのです」
「アマテラス様、いかがでしょう」
「ん? そうじゃなあ。今お前がケガをしてしばらく動けなくなったとしたら、それをした者は斬首か生涯を檻の中で過ごすじゃろうなあ」
「ひっ……!? ど、どういうことなのでしょう? この人間がそんなに大事なのですか?」
「大事も何も大恩人じゃ。神界の【老害】を救済しておるんじゃから。唯一無二の存在じゃ。それをむざむざ壊すなど愚かどころか生きる価値がないじゃろう?」
「い、今すぐ抑えますわ」
「ありがとうございます。無理を通してしまいました」
「い、いえこちらこそ。お父様が言っていたのはあなたの事でしたのね」
「お父様、というと」
「ワタクシのお父様はバハムアトと言いますの。今回の事はお父様からの命令でもありましてよ」
「それはそれは、まさか龍皇の御息女だったとは」
龍皇バハムアト。空を統べるドラゴンの長にして歴代最強最大。ドラゴン態では鼻息ひとつで島を消し飛ばせるほどの力を持つ。知識の中にある相手だが、娘までは把握していなかったようだ。
とはいえ問題はない。龍皇の娘でも今の自分以上の希少価値があるわけではない。一方的に攻撃されたりはもうないだろう。
「せっかくですので正式なご挨拶を。龍皇バハムアトが三女、地走龍ヤトアカミですわ。どうぞ気軽にヤトアとでもお呼びになってくださいまし」
ドレスが幻視されるほどに洗練された所作。よほど仕込まれないとここまでの動きは身につかない。龍皇の娘というのは嘘ではなさそうだ。
「ご丁寧にありがとうございますヤトア嬢。自分はサンソンと申します。どうかよろしくお願いいたします」
「……」
ランドがひどく不機嫌な顔をしている。だが今のタイミングで挨拶をしないのは流石に失礼にあたるだろう。
「ランド?」
「ランド・パンドーラ・ドー。よろしく」
「ええ末永く、ね」
なぜだろう。ランドとヤトアの間に謎の緊張感が走っているのは。何かあったのか、ヤトアが登場してからまだ10分も経っていないのに。
因縁を持ち込む時間なんてなかったはずだが。何かランドが不機嫌になる要素があっただろうか。思いつかないが、気付いていないふりをするのも疲れる。ここは先手を打っておくのが吉と見た。
「ランド、何かあったのか」
「何かあったか? そんなのは見れば分かるでしょ!! 見てよあの目、絶対サンソンを狙ってるって!!」
「そんなわけがない。良いか、ドラゴンから見た人間はゴッドから見た人間と同じで塵芥もしくは虫のようなものだ。それがどうして狙われる……ような……いや待てよ」
ドラゴンには種共通の性癖がある。それは収集癖のようなもので、貴重であればあるほど良いとされている。
さっきアルゴー号を見つめる輝いた瞳を見た。それと同種の視線を確かに感じる。さっきから自負している通り、自分は今世界一希少なものと言って差し支えない。それはつまり、最高の収集対象であることに他ならないのではないか。
「うふふ……じゅるり」
「前言撤回だ。ランド、ヤトア嬢は自分のことをほぼ確実に狙っているな」
「でしょー!? だから僕が目を光らせて四六時中サンソンと一緒にいなきゃ危ないよ!! 寝床からお風呂からずっと!!」
「いや、そこまでは」
「えー、良い考えだと思うけどなー」
ほぼ確定とはいえ、今の段階ではこの仮説は憶測に過ぎない。結局のところ本人に確認しなければ実際のところは分からないのだ。であれば。
「ヤトア嬢」
「何でしょう?」
「厚顔な質問なってしまい大変申し上げ難いのですが。ヤトア嬢は自分のことを収集しようと考えておいででしょうか」
「っ!? どうしてそのようなことを?」
「ヤトア嬢から飛んでくる視線がアルゴー号を見る時と同じでしたので。ドラゴンの嗜好はある程度存じておりますのでもしかしたらと」
「あらあら、心を見透かされるというのは恥ずかしいものですわね。ですが、それには誤解がございますわ」
「誤解、と申しますと」
「ええ、ワタクシがあなたを所有するのではありません。あなたがワタクシを所有するのです」
「意味がよく……?」
「では直接的に言いましょう」
一拍のタメがあった。何か重要なことを言うつもりだと分かる。だが、この流れで発言を許してしまうと何か重大なことが起こる気がしてならない。
たとえばそう、取り返しのつかない軋轢とか。
「ワタクシ、妻になるよう言われて参りました。そしてワタクシもそれを了承しております」
「龍皇バハムアトが、そう言ったのですか」
「ええ。その通りですわ。子種をもらってこいとも言われております」
「……ドラゴンと人間の間に子はできないはずでは」
「あら、よくご存知ですわね。ですがそれは凡百のドラゴンのお話ですわ。ワタクシほどの龍になれば肉体をより人間に近づけることなど容易です。つまりはあなたの子を孕むことが可能ですわ」
「……」
正直な話を言えば。別にヤトアと関係を持っていても特に問題はない。了承も命令もあるのなら根回し済みということだからだ。
このドラゴンを組み伏せることができるとは思えないためおそらくは一方的に奪われる形になるだろうが。
が、問題はそこではない。
自分が今最も危惧しているのはそこではない。
ヤトアでも、バハムアトでもない。
さっきから、殺気を、これでもかと垂れ流している奴のことについてだ。
「……」
無言がこれほど恐ろしいとは。
「ねえ、ヤトアさん」
「何でしょうランドさん」
「ドラゴンって決闘を申し込む時どうするの?」
「相手の胸に手を当てて、こう言いますわ。「最後に立っていた者のみが正義」と」
「そっかあ。それじゃあ」
ランドがヤトアの胸に手を触れた。まずい、まさか今ここで始めるつもりなのか。
いくら何でも考えなしが過ぎる。
「最後に立っていた者のみが正義。ヤトアさん、受けてもらえるかな?」
「ええ喜んで」
「良かった。じゃあ僕の勝ちだね」
一瞬。それだけでヤトアの体は箱に封印された。任意のものを箱詰めして封印を施す。それがランドの力。
よく考えなくてもこの力が恐ろしいものであると分かっていたが、ここまでとは。
「まあ、1日くらい置いておけば大人しくなるかな」
箱詰めされたヤトアを拾い上げようとした瞬間。箱が大きく跳ね上がった。
内側からかけられてた力によるものだろう。だとしても箱詰め状態からどうやって動いたのかは想像がつかない。
「っ!?」
「すごいな。蹴破ったのか」
脚だ、龍の脚が箱を貫通していた。筋肉をぎっちりと搭載した一本の脚はしなやかにその剛力を振るう。
「出てくる」
「あーっ!! 窮屈でしたこと!!」
箱を蹴破って出てきたヤトアの姿は先ほどまでの龍人態よりも龍に近いものだった。先ほどまでが半分とするなら今は人部分は3分の1ほどだろう。ツナギの足部分は大きく裂けており、太く強靭な脚をこれでもかと見せつけていた。
「それではよろしいですか? ワタクシ、足癖は少々悪くってよ」
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