第5話 テラ・アマテラス・マスラマ
まずいことになった。ワシがそう感じた時にはすでに手遅れだった。ワシが大昔に封じたクトーが死におったこともそうじゃが、何より【老害】を殺せる存在がいると他の長命種にもバレたことがまずい。
下手を打てば神界は他の長命種から総攻撃を受けて滅びる。それほどまでに【老害】の解決は共通の悲願なのじゃ。ワシだって長という立場がなければ今すぐにでも礼を言いに行きたい。かつて魂を引き裂く思いで捕らえた同胞を解き放ってくれてありがとうと伝えたい。
『おい、どういう事か説明してもらおうかアマテラス』
ああいやじゃ、ドラゴンの長が直々に念を飛ばして来おったわ。ドラゴンの念は荒々しくて嫌になる。ドラゴンブレスをかまどに使うという格言を知らんのかまったく。
『お前のとこにいた【老害】から情報が叩きつけられたぞ』
『それに関してはお主と情報量は変わらんわ。いきなりこんなこと知らされてびっくりしとる』
『まあ良い。問い詰める前にまず言うことがあったのを忘れていた』
『なんじゃ』
『おめでとう。お前がアレを封印する時にどれだけ傷ついたか知っているからな、大きな荷物を下ろした気分だろう?』
『ふん、そんな事を言うようになるとは歳をとったのう? じゃが、下ろしてみるとその重さをかけがえのないものだったと感じるのは不思議じゃ』
『あー嫌だ嫌だ、郷愁に思いを馳せるなんざ年寄りの特権だったはずなのにな』
『お互い様じゃよ。それじゃこのへんで』
『終わらせねえよ? 何勝手に締めようとしてんだ』
『チッ』
『舌打ち聞こえてっからな? 楽しいおしゃべりはここまでだ。さあ教えてもらおうか、やったのは誰だ。ゴッドの中に秘蔵っ子でもいたのか』
『人間じゃ。ただのな』
『おいおい、嘘はよくねえな。確かに受け取った情報ではそうなってるが、実際のところを聞いてんだよ。かつて知識を司ったゴッドでも【老害】になって勘違いってのはあるだろうしな』
『いや。正しい情報じゃ。まさしく人間がクトーを解放した』
『本気か? そうなるとまずいな』
『じゃな』
『第1の問題は人間は100年も生きられない存在ということじゃ』
寿命というどうしようもない終わり。【老害】の解放には時間制限がある。
『第2の問題は2人目のそいつが現れる保証がどこにもねえってこった』
代替不可能。この機会を逃せばもう2度と【老害】を解決する手段を得られないかもしれないという事実。
『第3の問題は奴がクトーの狂知に耐えるほどに精神構造が強固というじゃの』
精神操作不可。言いなりの奴隷として死ぬまで【老害】を倒す機構にすることはできない。
『戦争が起きるぞ』
『たった1人の人間をめぐって長命種が争うと?』
『あたりめえだろ。それほどまでに魅力的だ。なんならドラゴンの血を与えても良い。とびっきりのやつをな』
『ほほう、それは思い切ったことを言うのう。一族に迎え入れるというのか?』
『それもやむなしだ。たかが100年だが、その期間にいったいどれだけの同胞が救えるか』
『ま、そうなるのも仕方ない。ワシも今どうやって抱き込むか考えておるところよ。とはいえ、とはいえじゃ、理想を言うなら全部の土地を巡って利益を分配した方が後々良いと思わんか?』
『それこそ何年かける気だ。人間の足じゃあ10分の1も回らない内に死ぬだろうが』
『そこはホレ、どうにでもなる』
『まさかお前、あの船を使うのか!?』
『今使わずにいつ使うというんじゃ。今思えばこのためにあったとしか思えん』
『……この話、他の長命種にもするんだろうな』
『当たり前じゃ、でなければ言わん』
『わかった。その時は改めて呼べ』
『もちろん。ではそれまでしばし待っておれ』
『仕方ねえ。今日はこれくらいにしておいてやる。戦争はもうやりたくねえからな』
『同感じゃよ』
かつて大きな戦争があった。長命戦争と呼ばれる戦争じゃ。
失われたものはあまりに大きく、生み出したものは皆無の凄惨な戦い。あのような過ちを2度としてはならぬ。それは長命種の全てが重々承知している。
じゃが、今回の一件はその思いを易々と踏み越える可能性がある。
それほどの重大事件なんじゃ。ワシとていつ心変わりするか分からん。心してかからねばな。
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