第4話 インスタント賢者
目が覚める、幾度となく繰り返してきたこの行為。それに感謝する日が来るとは夢にも思わなかった。自分が目覚めたことは奇跡なのだろう。譲渡された知識を参照して改めて思う。
「人間に!! こんな量の知識を譲渡するな!!! 」
あのゴッド、相当熱心に知識を蒐集していたらしい。自分用に調整したつもりだったようだが、それでも量が多すぎる。目が覚めるかどうかは実際の所半々くらいの確率だ。
「まあ良い、意識は戻った」
自分は今まで、身の程を守って生きてきた。だが、これからは違う。自分の中でタガが外れた。結局長命種族がその気になれば、自分は今回みたいに捨てられるんだ。そして、今の自分はそれに抗う手段がある。手札は2枚、【老害】を消し去ることができる【介錯】の存在と譲渡された知識だ。一方的に殴られることはもうない、殴られるなら殴り返してやろう。
「そろそろ確認に来るころだろう」
色々と鈍いゴッドでも、光の柱が立ち上れば対処せざるを得ない。この場所は立ち入り禁止の禁忌だが、確認のために捨て駒が送られてくる。そういうことをするのがゴッドだ。誰が来ても問題はない、知識の中には心当たりの誰が来ても上から押さえつけることが可能なものがある。キレて襲いかかってきたとしても、それはそれで良いだろう。
そいつは【老害】を救済する手段を消し去ったものとして、すぐさま報いを受けるはめになる。なんせもう長命種のトップ層には自分の存在が共有されているんだから。なにはともあれ、今はこれから来る奴をどう言いくるめるかだ。さっさと長のところに連れていってもらえれば良いのだが。
「……来たな」
足音がする、上位のゴッドは移動時浮いているから下っ端のやつが来たようだ、
「誰が来たのかな」
「ぜえっ……ぜえっ……サンソン!!!」
「……は?」
「サンソン!!!! 本当に君なんだね!!!!」
まさかここで、友人だった奴を差し向けてくるとは。なかなかに良い根性をしている。ランド・パンドーラ・ドーという名前のゴッドは自分の幼なじみだ。きっと上からの命令で自分をここに落としたのだろう、きっと酷く後悔しているのだろう。美しい中性的な顔は見る影もなくやつれ、髪は荒れ放題という風体から想像がつく。
だが、だがしかし。自分が裏切られたことに変わりはない。そして、よっぽどの事が無い限り許すつもりもない。
「……何しに来たパンドーラ」
ミドルネームに当たる名前はゴッドの種類を表す名で、1番よそよそしい呼び方だ。
「僕は、君の様子を確認しに……」
「【老害】が健在ならこの場で死ぬのにか」
「僕の命は君のものだ。君の生死を確かめるためなら喜んで命を投げ出すよ」
「自分を裏切ったのにか」
「君を裏切ったからだよ」
体がガタガタと震えているな。何を怖れているのかはだいたい見当がつく。報復だ、自分に報復されるのを怖れているに違いない。その本性を暴いてみようか。自分の心は痛まない、既に全てを諦めていた身だ。今更何が明らかになろうと何とも思わない。
「自分が怖いのかパンドーラ。【老害】を消し去れる力を持った存在に報復されるのが怖いのか」
「怖い……?」
「震えているだろう。それは恐怖によるものじゃないのか」
「恐怖、僕が君を怖がっていると言っているのか」
「そうだ」
ゴッドからすれば最大級の侮辱にあたる言い方だ。もっと等身大の言い方をするのなら「アリにビビってんのかチキン野郎」に相当するものだ。ゴッドが対等と認めているのは長命種のみで短命な人間など虫と変わらない。
「……」
「どうした。何か言ってみろパンドーラ」
俯いて拳を握りしめている。矮小な存在に対する怒りを覚えているのか。さもありなん、それがゴッドだ。ゴッドという長命種だ。怒り狂って攻撃してくるか? お前を道連れにできるなら、悪くない人生だ。
「ぐすっ……」
「?」
泣いている? 今の今までなく要素などどこにも無かった。怒りすぎると涙が出てくるタイプなのか。
「サンソン、君の心を僕はとても深く傷つけたんだね。分かっているよ。君が死ぬまで僕の命は君のものだ、目障りなら一言命じてくれ。死ねって」
「ん?」
何を言っているんだ?
「さあ、さあ、さあさあさあ!!!」
「待て待て、詰め寄るな」
なんだか様子がおかしいな。
「さっきからお前は僕の命はとかなんとか言っているが、ここに落とすときの言葉はまさか本気だったのか?」
感傷的になって適当言ってたと思っていた。
「もちろんだよ。僕は君が死ぬまで君の奴隷、下僕にだってなろう。君のためならなんだってやる、君が望むならなんでもできる」
「なるほど……」
自分が思っていた以上に、このゴッドに依存されていたらしい。いや、よくよく考えたらその兆候はそこかしこにあったような。俺の持ち物を欲しがったりしてたしな。しかし、1度裏切った奴は何度でも裏切る。裏切りのハードルが下がってしまっているからだ。そんな奴を本当に信じることができるのか。
首輪を付ける必要があるな。だが、契約に関する能力なんて自分にはない。
「そうだ。サンソンが生きてたらこれを渡そうと思っていたんだ」
「これは……」
パンドーラが差し出して来たのは拳ほどの立方体。それは赤黒く、そして脈打っている。
「僕の神核だよ。サンソンが不要だと思ったらいつでも【介錯】に応じる」
「お前、これがどういう意味か分かってるのか」
「全部分かってやってる」
「それはそれで怖いぞ」
パンドーラの力は箱だ。箱の中に任意のものを封じることができる。それを心臓にあたる臓器に使って他人に渡すという狂気。自分はパンドーラのことをはかり損ねていたのかもしれない。しかもパンドーラは自分の【介錯】を知っている、いつでも発動可能であることを踏まえても完全に生殺与奪を自分に委ねている。
「んんっ!?」
「どうした」
体をびくびくと震わせている。これは恐怖とかではない震え方だ。痙攣しているような。
「ごめん。サンソンに命を握られていると思うと気持ちよくなっちゃって」
「気持ち、よく?」
「ああっ、そのゴミを見るような目!! たまらない!!」
もしやこいつは、ただのド変態なのではないだろうか。そしてまんまとロックオンされたと。どうしよう、困った。たぶんだが、こいつは忠実な仲間として動いてくれるだろう。だが、四六時中こんな感じだとちょっと、扱いに困るというか。ドMのご主人様になる気はちょっとないというか。
「その、な。パンドーラ」
「ああっ! 距離を置いた呼び方にゾクゾクする!!!」
「いいか、ランド」
「ああああああ!! 名前で呼んでくれるんだね!!! こんな僕を!!!!!」
こいつ無敵か? これは、多分放っておいてもついてくるし、勝手に命をかけてしまう狂信者に近い。距離を置いた方が結果的に自分の不利益になる可能性が高いと言わざるを得ない。変に動かれるよりは近くに居てもらったほうがコントロールができて、まだマシか。なんだろうこの敗北感、自分は結局常識から抜け出せない凡人だと突きつけられた気分だ。
「はぁっ……はぁっ……興奮しすぎて鼻血が出そう」
「うん。もう出ているな」
わりと最初の方から。
「み、見ないで。今から拭くから」
「そこは気にするんだな」
「そりゃするよ、君にはいつも綺麗な僕を見ていて欲しいからね」
「それなら1つ言っておく、今のお前は酷い顔をしているし髪も爆発しているぞ」
「え?」
「鏡見てみろ」
ランドが鏡を取り出して確認する。
「い、いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
鼓膜が破れるかと思った。
「ちょっと僕お色直ししてくるねえええええええええええええ!!!!」
「ああ、はいはい」
なんて速さで走るんだ。ゴッドなんだから少しは優雅に行ってほしいものだ。
「ランドが戻って来たら、上の方とお話を始めようか」
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