第2話 始まり

 自分がこの世界に来てからある程度の時間が経った。ある程度の時間、というのをもっと具体的に言えば約20年である。

 転生者、という言葉が自分には相応しいのだろう。生まれた瞬間から確かに20~30年分の記憶があり、それがこの世界とは全く違う世界のものであると認識できた。


 それが今ここで生きている自分にとって役に立ったかと言われれば、実際はそうでもないというのが実情である。なぜならば、根本の物理法則からして違う。自分の前世には手から炎を出す人類も居なければ、世界の覇者として君臨する五大種族もいなかった。


 五大種族。それはドラゴン、ドワーフ、エルフ、フェアリー、ゴッドを指す。彼らは人間から見ればあまりにも長い寿命とその莫大な力でもってそれ以外の知的生命体を支配している。彼らはそれぞれに自分の支配領域を持つ。


 ドラゴンは空および、空中構造物


 ドワーフは地底および、地中構造物


 エルフは森林および、山野内構造物


 フェアリーは異界および、空間構造物


 ゴッドは神界および、神聖構造物


 彼らの支配領域にいる間は庇護下兼支配下に入って生きていくことになる。


 自分は今までゴッドの支配領域である神界で過ごしてきたが、支配下といっても隷属や搾取というものではなく共存するためにルールを守りましょうという程度である。目だった国家がないこの世界においては、彼らこそが国家の代わりなのだろう。

 前世との違いとして大きなものはもうひとつ。身体に宿る固有能力があることだ。基本的には1人につき1能力。2つあれば傑物、3つあれば英雄と呼ばれるほどの力を得る。


「英雄と呼ばれる者がやるべき事だと思うんだが」


 思わず口から泣き言が出た。今の状況を思えばこれくらい言ってもバチは当たらない。当たらない、というのは少し語弊がある。厳密にはこの世界の神格にあたるゴッドは人間にバチを当てるほど暇ではない。今まで友人だったゴッドの1人から聞いた話がある。


 生まれ落ちた瞬間から司るものが決められたゴッドはその研鑽に忙しいのだそうだ。


「……友人だと思っていたのは自分だけか」


 自分が今いる場所は神界の最奥にあたる場所。果てしない命を持つ五大種族のなれの果て【老害】と呼ばれる災害に堕した者の居る場所。友人だったゴッドに呼び出された場所には罠が仕掛けられていた。


「ごめん。ごめんよ……サンソン」


 友人だったゴッドの泣き声が虚しく自分の耳を叩いた。事情はあるのだろうが、結果として自分の身体は自由を奪われ、そして運ばれていった。最期の情けとでもいうのか、今から自分が捧げられる場所について細かく教えてくれた。自分に何が求められているのかも。


「君は今から【老害】を浄化する任に就く」


 【老害】の浄化。かつてそのような任を背負った部隊が居たことは知っている。だが、それは遙か昔の話である。当時の最強が集まって挑んだという。現在まだ【老害】が残っているということはその任は果たされることがなかったということである。世界最強を集めてもどうにもならなかった相手を自分1人でどうしろと言うのだ?


 つまりこれは、ゴッド達の自己満足である。我々は堕した同胞の救済を諦めていないというポーズだ。努力を止めていないと、救いはあるのだと言い張るための措置だ。


「【老害】の名前は【深淵神】クトー・クトゥルー・クルト。狂気を伝染させる災害だ」


 何が相手だろうと問題はない。自分でどうにかなる相手ではないことに代わりはない。


「もし、君が生きて戻ってきたなら。僕は君の一生に寄り添うと約束する。奴隷のように扱ってもらって構わない。だからどうか、もう一度顔を見せて」


 最後にそう言われて真っ暗な空間に放り込まれたというのが事の顛末だ。


「今のところ。自分に何か致命的な不具合があるようには思えない」


 狂気を伝染させる、というのがどういう意味か分かりかねている。知らず知らずのうちに狂ってしまうというのなら、どうしようもない。比較対象もないのに狂っているかどうかの判断などつくか。


 この状態で何日も過ごすなら水も食料もないのがまずい。餓死もしくは干からびて死ぬことになる。


「とりあえず座る」


 腰を落ち着ける場面ではないが、何も見えない状況で何をすることもできない。


「…………」


 いまやれる事と言えば、自分に宿った力について改めて考えることくらいか。


「これまでの人生でまともに使ったのは数回だったな」


 【介錯】という力を使う機会が訪れるのは、普通に生きていればそんなにあるものではない。処刑人にでもなれば話は別なのだが、あいにく自分の生業は商店だ。覚えているうちで使ったのは3回。1回目と2回目は致命傷を負った護衛に、3回目は医者が匙を投げた病人に。それぞれ使った。


 【介錯】の発動手順は簡単だ。身体に触れ、介錯を望むかどうか聞く。それだけだ。相手が介錯を望めばその場で終わりを与える。その時に時代がかった物言いになるのは前世の記憶の影響かもしれない。


「……使ってみるか」


 おかしくなってしまった相手から同意をとれるとは思えないが。


「汝が命脈、断つか否か」


 これが起動のキーワード。これに応えてもらえれば発動する。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

「────!?」


 思わず叫びだしそうになった声をなんとか飲み込んだ。目の前の物体はなんだ、暗闇の中にあってなお認識可能な暗黒。黒い不定形の何かが理解不能の言葉を喋っている。そして、これはむしろ暗闇の中であったことに感謝する必要があると確信した。この姿を白日の下で見たならば自分はきっと精神を破壊されていたことだろう。


 それほどまでの異質。それほどまでの異常。これが【老害】これが災害か。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」


 何かを問うている。そう感じた、だがこの言葉を聞き続けるのもまずい。そう直感した。きっとこの意味を理解した瞬間に自分の意識はどろどろに溶解する。そのような対話を望むような相手ではない。一方的に押しつける以外の方法がない。


 自分は問い続けるほかない。


「汝が命脈、断つか否か」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」


 応えを待つ。自分の畏れを、自分の怖れを、自分の恐れを悟られぬように平静を保つ。自分は自分だ。


 そして永遠にも思える数分間を経て。その言葉がやってきた。


「私は望む。私の終焉を」

「介錯の承認を確認。我が一太刀、慈悲の刃をここに」


 人間以外に使うのは初めてだ。一太刀とか慈悲の刃とか言うが首を落とすわけではない。相手が光に包まれて安らかに目を閉じるというのが俺の知っている【介錯】だ。だが、今回は様子が違っていた。


 「──!?」


 光の柱が立ち上る。こんな規模の【介錯】は見たことがない。逆に言えばここまでの事象を起こさなければ目の前の【老害】は自らの意思があったとしても終わることができないのか。これが栄華を誇る五大種族の最期か。なんというか、悲しい種族のように思えてしまう。精々100年も生きない自分の浅い認識でしかないが。


「温かな終わりをありがとう」


 その言葉と共に自分の中で緊張の糸が切れる音が聞こえた気がした。それと同時に自分の頭が異常な重さになった感覚があった。その少し後に襲ってきたのはとても無視できない頭痛だった。


「あ、が、がががが、ああああああああああああああああああ!!!?」


 頭に流れ込んでくるのは、膨大な情報、これは自分が【介錯】した【老害】のものか!?


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!?」


 耐えきれない痛みに対して、身体は意識の消失を選択した








 

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