長命種に捧ぐミゼリコルデ〜長寿種族の尻拭いができるのは自分だけ〜
@undermine
第1章 【深淵神】クトー・クトゥルー・クルト
第1話 慈悲の刃
人間が、■■■の前に立った。本来ならば不可能な所業である。■■■に近づくものは祝福を受け、耐えられねば身体が崩れ、耐えられたとしても形が変わる。
なんだ? なんなんだ? ん? この人間……なにかおかしな情報を……?
「汝が命脈、断つか否か」
ずっと沈んでいた私という人格が浮かび上がる。狂気に、いや狂知に蝕まれてからずっと表に出なかった意識だ。知識を司る者として生まれ、そしてその運命のままに知を収集した。長い長い生の果て。そこには知を溜め込んだが故に魔が生まれていた。全知などおこがましいと言うのに。
私が知ることなど一部に過ぎないというのに。
全てを求めた。
全てを、手に入れようとしてしまった。
深く深く知るほどに深まる謎、未知は既知と結びつかず。全ては離れ、そしてデタラメに結合された。
すべてが狂ったまま、すべてを知ろうとした。
結果として私は狂った知識をまき散らす災害となった、近づく者を汚染し、狂わせた。私の危険性は看過できるものではなくなり。地下深くに封印される事となった。私を殺そうとする動きもあったようだが、汚染によって近づく事すらできず。破損した肉体を即座に復元する怪物になった私を殺しきることはできなかったようだ。
以来私は、自分の中で知識を循環し、深みへ深みへと至ることを目的とした。それはあと少しで結実するところだった。深淵に至った私の知を、生きとし生けるもの全てに分け与えるという段階にまで来ていた。
今なら分かる。
それは滅びと同義。ほとんどの生き物は私の知を受け止めることなどできない。ましてや深淵の狂知など。
長命である私はやがて老害に至ると分かっていた。しかし、よもや世界を滅ぼしかけるなど。思いもしなかった。
これが老害になるということか。
後戻りできぬほどに、私は積み上げてしまったのだ。
「汝が命脈、断つか否か」
もう一度問いかけられた。
そうか。私は今、最後の機会を与えられているのか。
自分の結末を自分の意思で決める機会を。
ああ。それならば、それならば。
私に何を迷うことがあろうか。
私に何を躊躇うことがあろうか。
私は私の全てを思い返し、私の全てに判決を下そう。
「私は望む。私の終焉を」
「介錯の承認を確認。我が一太刀、慈悲の刃をここに」
光が見える。それはきっと私がずっと前に失くしてしまったもの。ずっと前に手放してしまったもの。
それを思い出させてくれたのは、紛れもなくこの人間だった。小さな身体に、短すぎる時間を与えられた種族。
至高の思考を。深淵のその先を。
求めて堕ちた。老害に成り果てた。
そんな私がこんな最期を迎えることができるなんて。何という僥倖だろうか。
私は全身全霊で感謝をしたい。
彼に、彼を呼び寄せた全ての因果に。
知を司る者として、一目見れば十分だ。彼の情報は理解した
彼の名は山村。なぜか普段はサンソンと呼ばれていたようだけど。彼は英雄ではない。彼は救世主ではない。ただ在る個人だった。だが、こちらに来る際彼はひとつの属性を与えられたようだ。
それが【介錯】という概念。名誉を守り、不必要な苦しみを与えぬ刃。
老害と化した我々を正しき場所へと導く一条の光。
私が最初に【介錯】を受けたのは必然だったのだろう。私には力がある。知の伝播を行うことができる。
だから私は叫ぼう、高らかに。
残り4人の同類のため。
【悪竜王】アジヤーカよ。君の狂騒は終わりを告げるぞ。
【地底王】ガーラ・ガーラよ。貴殿の広がり続ける地底を閉じる時が来た。
【堕精霊女王】ティタルニアよ。あなたの痛みは遂に取り除かれるだろう。
【始祖】シャルン様。最古のあなた様にもこの光は届かれるでしよう。
もっとだ。もっと多く。もっと遠くまで声を届けなければ。彼が少しでも楽に使命を果たせるように。この世界に残ってしまった者が救われるように。
知を司る私が祈るというのはいささかおかしな話ではあるが。それでも祈ろう。
彼の旅路が終わることを、終われぬ者を終わらせる旅が、完遂されることを。
せめてもの餞別として【深淵神】クトー・クトゥルー・クルトの知恵を持っていってほしい。私にはもう不要なものだ。私にはもう過ぎたものだ。君に合うように調整を施した、どうか役立ててほしい。
ありがとう、ありがとう、温かな終わりをありがとう。
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