第21話 何気ない日々がありがたいと思う

「へっくしゅん!!」

寒空の中冷たい川の中に飛び込み、光は冷えきった身体を熱いお風呂で温めるも、少し風邪を引きそうな気配。

帰宅してからくしゃみが止まらない。

空咳も出始めた。

「寒気するし…喉痛…やばいなこれ」

暖房を入れ毛布に包まるも、体力気力を消耗し、早々にベッドにもぐる。

「今夜も何かデリバリーを注文しよう。先にナナのごはんも入れておくね」

うっかりすると愛犬の食事も準備しないまま寝落ちしてしまいそうだ。

例え光の仕事が〆切前で忙しく先に食べていいよ、と言っても、ナナは決して自分だけ先に食べることはしない。

最愛のご主人様と一生でないと食べようとしない、深い愛情を持っているのだ。

それは他のことに気をとられると食事を忘れるくらい熱中してしまう光を心配してのことかもしれない。

「風邪気味の時は…ケホッ、やっぱ身体を温める韓国料理かなぁ…サムゲタンにしよう」

注文し、横になりながらアプリをみていると、配達員は見覚えのある名前。

「八田さんだ…」

ドッグカフェで話し、すっかり意気投合したデリバリーネーム『hanamichi』こと、犬好きの八田華未が今夜も担当だった。この近辺を主に受けもっているようだ。

このままだと到着前に寝落ちする可能性もあるので、アプリ内のメッセージフォームに要件を入れておく。

『風邪気味で休んでいるので、寝落ちする可能性もあるので玄関オートロックの解除番号伝えておきます。返答なければ部屋の前に置いといてください』



ピローん


配達員アプリにてメッセージ受診。

「えっ!? 風邪?? 大丈夫かな…」

調理に少々時間がかかるため、華未は店に商品を取りに行く前に、ドラッグストアに寄った。

「この前のお礼です。お大事にしてください…と」

走り書きだがメモにささやかなメッセージを添え、買い物袋に入れる。

デリバリーバッグにお見舞いセットを入れ、安全運転の急ぎ足で店舗に向かう。

商品を預かってからの再ダッシュ、華未はこの瞬間が好きだった。

頭の中で描いた地図で、お届け先までの最短ルートを確認し、迅速かつ丁寧に運ぶ。

スムーズに予定時間までに到着し、ひと仕事終わったあとの達成感はクセになるほど心地よかった。


夜の闇を駆け抜け、光の住むマンションへ。

「いつ見てもすてきなマンション」

いつか私もこんなところに住みたいなぁ…。

古く狭い部屋の同棲暮らし、今の現状を憂いてしまう。

「寝てるかもしれないし起きるのもしんどいだろうから、お言葉にあまえてオートロック解錠させてもらい、部屋の前に置いとこう」


台となるダンボールを起き、まだ熱々のサムゲタンと、熱さまシートや栄養ドリンクを入れた袋を乗せて、配達完了の通知を送る。

「早く元気になりますように…」

できるだけ足音を立てないように、そっとその場を立ち去った。


ピコーン


アプリからの通知音に気付き、ナナがうとうとしていた光を前足で揺さぶって教える。

「あー…ちょっと寝てたのか」


クゥン


視線をスマホを送り、光に教える。

「デリバリー、届いたみたいだね。教えてくれてありがとう、ナナ。ほんとに賢いね君は」

頭を撫でて褒められ、ナナはしっぽを降って喜ぶ。

関節や筋肉が痛み、少し動くのもしんどい。

やっとの思いで玄関を開け、品物を受け取る。

「これは…」

注文した品以外の、思いがけないサプライズ。

優しさを感じ、胸が熱くなる。

「なんか…うれしいね。あんなことがあった後だから、尚更」

差し入れの栄養ドリンクを開け、グイッと腰に手を当てて一気飲みする。

「うまーっ、力がみなぎるわタウリン!」

その時身体が求めているものは、砂漠に降る雨のように骨身に浸透していく。

「本場の味サムゲタンもおいしそう…いいニオイしてる」

お店のプロフィールには、韓国人店主が作る本格派の味をご家庭で、と書いてあった。

生姜やナツメ、高麗人参といった健康滋養食がたっぷり入ったスープは、身体を芯から温め、発汗とともに悪いものを出してくれるかのようだ。

爽やかな辛さの青唐辛子を追いトウガラシして、辛味でも汗が吹き出す。

ハフハフ…熱さ辛さと格闘しながら、生命力がみなぎってくる。

ナナは夏でもないのに汗だくのご主人様を不思議そうにみているが、側でおいしそうに夜の食事をとっている。


あぁ…こんな何気ない日々が、本当に幸せだと思うよ。


愛する家族と一緒に食事をとり、おいしい物を食べて、温かい部屋で心地よいベッドでぐっすり寝て、風邪を引いたら心配してくれる人がいて。

人として当たり前のような幸せ。そんな日々が続くことは決して当たり前ではなく、すごくすごくありがたいことなのだと、誠との出会いで再認識した光だった。

世の中には、考えられないほど不遇な生活を強いられている子どもがいるという現実。

ふとしたことから関わった偶然だが、他人事としてほっとくことはできなかった。

それはきっと、痛みを知る者だから。

光も、ナナもー。


「誠くんは今ひとりでさみしくないかな…ちゃんとごはん食べたかな…」

今夜は地域の子どもセンターに一時保護される誠。

初めての場所、初めての人の中で、どんな気持ちでいるだろうか。夜は眠れるだろうか。


暗い空を見上げ、同じ月をみながら、今夜も誰かが誰かを思っている。

華未は風邪気味の光を、光は華未への感謝の気持ちと、誠のことを。誠は目の前で自殺しようとした母親のことを。誠の母親瑠香の心は何処(いずこ)へ…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る