何故
「あなたには生きてほしいのです!」
「シルヴァ、っち」
間一髪、ネモネアが放った空気の玉が玲花に直撃する前に、シルヴァルトが間に入って止めた。腰に携えた剣を引き抜き玲花を守っている。叫ぶ彼の声からは仄かな怒りが感じられた。
しかし一方でその光景に目を見開く玲花には、いくつもの『何故』が浮かび上がっていた。
何故、あたしを助けたのか。
何故、あたしに生きてほしいのか。
何故、あたしが勇者になってしまったのか。
何故、何故、何故、と自己の中で巡る2文字は死を願った少女の頭では処理することができない。
──シルヴァっちの剣、すごく白くて綺麗。
そんな下らないことを考えてしまうくらいに。
「かなり遠ざけたはずなんだけどなあ。部下もキミの方へ寄越したし。流石”無欠の死神”といったところかな」
シルヴァルトを称賛するような口振りのネモネアだが、その顔は不服そうである。
「アレが無ければすぐに駆け付けられたというのに……レイカ様、遅れてしまい申し訳ございません。あなたをお守りすると宣言したばかりだというのに。
……ですが!」
シルヴァルトは剣で受けていた空気の玉を空へと弾いた。
玉は勢いよく天へと昇る。
ひたすら昇っていき、やがて見えなくなるくらいの高さまで到達すると。
「レイカ様、周りをよくご覧ください!」
玉は破裂し、上空を分厚く覆っていた雲が一瞬にして霧散した。
それによって小一時間振りに太陽が姿を現わし、砂埃や砂嵐で乱反射した光が地上に送られる。
先程と比べて、多少見通しが良くなった程度だ。別に夜に戦っていたという訳でもなければ、吹き荒れる風が治まった訳でもない。
少しだけ、視界が良くなった程度。
だが、その光が玲花に気付きを与えてくれた。
「──ぁ」
玲花に向けて放つ炎を盾で防ぐ者。空飛ぶ箒に乗って空中から玲花を狙う敵に弓矢で攻撃する者。敵に銃を玲花から意識を逸らそうとする者。
ライガンひとりに対し大体10人前後で戦う仲間達。魔法という超常的な力を前に十人十色、皆多種多様な方法で敵と交戦しているが、少なくとも玲花の周りだけは……。
「レイカ様、あなたのために戦っている人達がこんなにもいるのです!」
「……なんで」
初撃で何人もやられたというのに。今度は自分もああなるかもしれないというのに。
──こんなに弱くて、馬鹿で、役立たずなのに、なんでみんな、あたしを放っておかないの!?
シルヴァルトはネモネアに背を向け、こちらに歩み寄る。
そうして屈んで玲花の肩に手をやると、
「あなたは、私の主君であり、勇者だからです」
と、心の叫びにきっぱりと答えたのだった。
「あたしには、そんな資格、ないよ。ただの足手まとい、じゃんか」
「召喚されて初日で何でもしてくれると思うほど、私共は傲慢ではありませんよ」
「でも、あたし、なんにもしてないよ。それどころか、あたし……」
「最初に言いましたでしょう、何もする必要はないと。大丈夫、ここは従者である私にお任せください」
優しい笑みが玲花の瞳に映る。
しかしそれで、はいそうですかと頷けるほど人の心は単純ではない。
そもそも従者って何? なんであたしなんかに従ってんの?
なんでこの人は、こんなあたしに笑ってくれるの?
『生きてほしい』なんて言ってくれるの?
「わかん、ないよ……」
「今は分からなくてもいい。ですがあなたが生きているだけで救われる人がたくさんいるのです。それだけはご理解いただきますよう」
「……嘘」
だったら、どうしてあの人達は死んだの?
あたしがいなかったら、あの人達はこの戦いが終わった後も生きていたかもしれないのに。
「嘘ではありません。彼らもきっと、レイカ様が生きることを願っている。だからあの時あなたの前に出たのでしょう?」
「それは……」
「彼らの死を無駄にするのですか? それで彼らが喜ぶとお思いですか?」
「それはっ……分かってる。分かってるけどさ!」
そんなの、ありきたりな、生の押し付けだ。
死人に口なし、されど死人は生者を監視し続ける。
そして当人にその気がなかろうと、生者はその目を都合よく解釈するのだ。
怒りだと、恨みだと、苦しみだと、悲しみだと。
「お願いです、レイカ様」
そして死者の気持ちをそうだと決めつけ、生者が代弁するのだ。
「どうか生きて、生きて、生き続けてください」
それが、今の玲花にとってあまりにも残酷な願いだとしても。
「──」
襟を掴む力が失せ、腕がだらりと下りる。
涙を流す気力も失せた。だがそんな彼女をシルヴァルトが呼んだ兵は無理矢理立ち上がらせる。
「傍から離れないようにとお伝えしましたが、撤回します。今は城に避難をお願いします」
「──」
「それと、レイカ様。忘れ物です」
シルヴァルトは地面に落ちていた指輪を拾い、玲花の中指に嵌めた。それから彼は近くにいた味方の兵士をふたりほど呼ぶと、
「では、後は頼みます」
「了解です」
「──」
シルヴァルトの頼みに兵は頷き、半ば引き摺られるようにして玲花はこの場を後にする。その背後で、彼は上空にいる前線部隊の隊長にこう話していた。
「"狂風"と近くのふたりは私が相手をします。手の空いた方がレイカ様の撤退の手助けをできるようにと指示をお願いします。陛下のご意向に背く形になりますが、その場合の責任は私が取ります」
「了解。だが、前衛を率いているのはこの私だ。一兵である貴様だけに責任を負わせるほど、私も腐ってはいない」
隊長が拡声器か何かを使って全体に指示しているのを聞きながら、玲花はずるずると、たくさんの兵に守られながら来た道を帰っていく。
その耳には、戦闘の音が絶え間なく流れてきて、それらが全部自分を責め立てているような気がした。
「──さて」
玲花の背中を見届けた後、シルヴァルトは振り返った。
「まさか何もしてこないとは思いませんでした」
「そんな無粋なこと、するわけないじゃないか。ボクはキミタチを愛しているのだから」
「愛している、ですか」
眼前にいるライガン、ネモネアは不敵に笑う。
人を何人も殺しておいて、なんとも薄っぺらい愛だ。本当に愛しているのなら、退官するなり『こちら側』に付けばよいのに。
だが攻撃してこなかったのは一定の敬意を払うべきだろう。彼が騎士道を重んじるような男かは知らないが、ライガンにもそのような者がいるとは驚きだ。あるいは反撃を警戒したからなのかもしれないが、どちらにせよ有難い。
「我々のことを想うのならば、今すぐ退いてくれると助かるのですが」
「それはちょっと難しいかな。上の命令には逆らえないんだ」
「そうですか。残念です」
このまま丸く収まれば、とは思うものの、やはり衝突は免れない。
気持ちを切り替え、シルヴァルトは剣先をネモネアに向けた。
彼の近くには他にライガンが2人いる。どちらもシルヴァルトに対して臨戦態勢を取っていた。
3対1。その程度ならば問題なく足止めできよう。
「まとめてかかってこい。勇者の帰還を止められるものなら止めてみよ」
そう吼えた直後、幾度も大きな爆発が生じ、空にはいくつもの黒い煙が立ち昇った。
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