勇者失格
『勇者様が此度の戦いについてどのようなお考えなのか、お聞きしたいのぅ』
『えっ、あーし?』
数刻前の会議室での会話。
まだこの世界がドッキリだとか、芝居だとか思っていた頃の話。
偉そうな人達が見ている前で玲花は自分の無知を曝け出していた。
『えっと、あーしは正直あんまこの話についていけてないから、考えとか持ってないんだよね。作戦とか意味不だし、ライガンって人にも会ったことないしさぁ』
でもね、と彼女は続けた。続けてしまった。
『なんかあーしって強いんでしょ? なんか魔力? とか属性? とかがヤバいらしいみたいな。魔法とかもあんまし知らんけどさぁ、絶対面白そうだし、もう一瞬で覚えるっしょ!』
自分が勇者設定なら、そういった才能があるように演出されるだろう。たとえば窮地に立たされた時、ゲームやアニメ特有の謎覚醒で逆転する、そんな妄想をしていたのだ。
命を賭けた戦闘が始まるというのに、戦場の最先端に送られるというのに、その意味に気付かぬまま脳内の花が咲き乱れていたあの時。
もし、せめてあの時に気付いていれば、自分が救いようもない阿呆だと知っていれば。
だがどう足掻いても過去は変えることができない。玲花は笑顔を作って、顔の前にピースサインを作って、彼らに声高に表明していたのだった。
『ここはいっちょあーしに任せなー? みんなの希望の光とやらにあーしがなってやんよ!』
「──聞いたぜ、初っ端から7人やられちまったんだろ?」
「あぁ。"狂風"の奴がいなければもっと楽に戦えたってのに」
「医療班、早くしろ! 重傷者だけでも100人は越えてるんだぞ!」
「敵は30、なのに誰ひとりとして捕らえても討てていない、か……対するこちらの死者は?」
「現在確認されているだけですと21名になります」
「第一外敵反応結界が破られていただと? 反応結界を破壊するほどの魔法を、シセラニア近辺で確認していないぞ……まさか内側から?」
「結局のところ、相手さんは何がしたかったんだろうね。こっちの被害は少なくないけども」
「勇者が城に戻った途端すぐ逃げてったよな。てことは勇者関係か? 召還初日だし」
「て見せかけて油断させといてーの、とか? 向こうも全然余力あるし、こっちもシルヴァルトさんとロベリアさんいなけりゃめちゃくちゃ不味いだろ」
「だから勇者様を召喚したんでしょ? それで、どうだったの? 上官に任せてって言ったって聞いたけど、私後衛だったから知らないのよね」
「あー、そうか。そうだな、前線で頑張ってた俺が言えることはひとつだな──勇者様には、期待しない方がいい」
王城の一室。他国の王族やその他国にとって重要な人物を招き入れるための客人用のベッドルームにて、玲花は仰向けになって寝そべっていた。
テレビの豪華ホテル特集で取り上げられるような、さながら洋風ホテルのスウィートルーム。ふかふかの極上のベッドにダイブするだけで、全身の疲れが癒されるのを感じる。
だが玲花の表情は暗いままだ。どれだけ身体を癒せても、心をケアする機能はこのベッドには付属していない。
たくさんの兵に守られ、なんとか城へと帰還した玲花は、一度怪我がないかどうかを調べるべく医務室へと向かわされた。
外的損傷は見当たらないが、では内部はどうか。勇者という立場なせいか、医師に徹底的に調べられ、問題なしと診断された時には既に戦いは終結し、戦場から兵士らが戻り始めていた。
その中にシルヴァルトの姿もあり、彼にこの部屋まで案内してもらっている間に聞こえてしまったのが、先の会話であった。
皆が勇者の活躍を期待していたのに、何も為せなかった。否、それどころか死者を増加させる一助を果たしてしまった。
この城に、この街に、この国にいる人々から期待されていたというのに。その重さすらも感じる間もなく、玲花は『勇者失格』の烙印を自らに押すこととなったのだ。
シルヴァルトは言っていた。玲花が生きているだけで救われる人がたくさんいると。
あれだけ見るのも憚られるような醜態を晒したばかりだったいうのに、何故彼はああ言ってくれたのだろうか。
慰めるために嘘を吐いた? 玲花にはそんな風には見えなかった。
『どうか生きて、生きて、生き続けてください』
こんなガキが生きた先に、何がある? 仲間の、シルヴァルト達の仲間の死体の山ではないか。
あの一瞬だけで、そうなるって誰しもが分かるじゃないか。
なのに、なんで、彼は、シルヴァルトは……。
「なにも、わかんないよ……」
虚空に呟く訴えは霧散して誰の耳にも届かない。
シルヴァルトには独りにしてと言って離れてもらった。玲花の性格上、本来は落ち込んでいる時も独りではいたくないのだが、彼に失望や憐れみの目を向けられるのが怖かったのだ。
けれども、鬱屈した気分で考える物事は、底なし沼に沈むようにずんずんと悪い方へと導かれる。
深く、昏く。
「──あら、あなたもここにいたのね」
部屋の外で幼い少女の声が聞こえた。
頭の中で薄緑色の少女の姿が描かれる。
やけにはっきりと聞こえるな、と玲花は思って、ドアの方を見やると脱ぎ捨てた靴のつま先が挟まれてあった。
「これはフォニア様」
間もなく、シルヴァルトの声も聞こえた。
どうしてシルヴァルトも、なんて思っていると、その答えをフォニアが言い当てる。
「心配、なんでしょう。レーカのことが」
「レイカ様は独りにしろと仰せつかりましたが、だからと言ってふらふらと離れる訳にもいきません」
「そう。従者だもんね。でも、わたしはあの子に用があるのよね。だからそこを退いて頂戴?」
「しかし……」
「あなたの気持ちも分かるわ。でも、あなたはレーカの従者であると同時に、わたしの従者でもあるのよ。いいから退きなさい」
「……承知いたしました」
「ありがと。でもごめんね」
すぐさま、トントントン、と玄関口がノックされ、部屋の空気が僅かに震えた。
どんな顔で彼女を迎えればいいのか分からず、玲花はベッドの上で包まる。
どうにもならないと分かってはいるけれども、彼女が諦めて去って欲しいとその時を待つのだ。
そうして時が経つこと数秒。先程よりも強めのノック音が玲花の胸を刺した。
「レーカ、いるんでしょ。返事くらいしたら?」
「フォニアちゃん……」
「ほらー、やっぱりいたー。客室で居留守なんて使わないでよね。ここはあたしの家でもあるのよ?」
不自然なくらいに明るい声で、無邪気な声で、彼女は話しかける。
玲花に気を遣っているのだ。
「というか靴挟まってるよ。こんなに可愛いのにそんな適当に扱ったらすぐにボロボロになっちゃうよ」
「……別にいいじゃん。そんくらい……それで、あーしに何か用? そっから喋ってくんない?」
「いーや。わたしの部屋からここまでって結構遠いのよ。この城、無駄に広いから。ここまで来てレーカに会わずに帰るなんて、わたしに城内ウォーキングでもさせる気?」
冗談めかしてフォニアは言うが、そこから絶対に玲花と直接顔を合わせたいという強い意志が感じられた。
きっと、どう返しても彼女を諦めさせることはできないだろう。
「……好きにして」
言った間もなく、玄関のドアが開けられ、寝転ぶフォニアが視界の隅に入り込む。
相も変わらず、可愛らしい顔だ。色白の肌にくりっとしたエメラルド色の瞳。
王女としての威厳が感じられない、純真無垢な小学校高学年か、中学校入りたてくらいの子ども。
玲花にはそんな彼女をまともに見ることができなかった。
「で?」
玄関とは反対の、窓の方に身体を傾けながら玲花は訊いた。
外はいつの間にか夕焼け空が広がっている。
薄暗くなってきた部屋を見て、フォニアは電気点けるね、とフォニアに一声かけた。
「で、って……あー用件ね。明日レーカの歓迎会みたいなのをするよって決まったから、それを報せに来たの」
「歓迎会?」
「そう。いろいろあったけれど、予定通りに進めるんだって。そんな長くはやるつもりはないみたいだけど」
「……行きたくない」
「主役が参加しないわけにもいかないでしょ。怖いのは分かるけれどね」
「フォニアちゃんも知ってんの? その、あーしのこと」
「そりゃね」
驚き、玲花は起き上がるものの、考えてみれば当然のことだ。
少女と言えども王族は王族。それも城内の情報ならばすぐに耳に入るだろう。
……だが。
「いやでもやっぱ、あーしが行く必要ないじゃん……あーしなんて勇者に相応しくない」
「いいえ、違うわ。レーカは勇者よ。勇者だからこそ、ここにレーカがいるのよ」
顔を上げて、フォニアを見る。
お世辞でもなく、冗談でもなく、本気で言っているのだと分かる表情だ。
そしてフォニアは、
「レーカ。あなたは何も悪くない」
と、真剣な眼差しを向けてはっきりとそう言ったのだった。
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