これってアトラクション的なやつだよね?
空は晴れ間を見せるものの、大部分がどんよりとした灰色の雲に覆われていた。眼前には街の景色や深い森林が広がっているわけではなく、ただただ何もない土地が広がり、暗い空が人々により一層の不安を搔き立てさせている。
ここはシセラニア王国を取り囲む防衛拠点のひとつ。城内での準備を終え、ライガンを迎え打つべく国の中心部に位置する王都レーゲンから移動した形だ。
国の中心から外側までの移動。日本であれば最短でも数時間はかかるはずだが……。
「やっば。マジですっご!」
城内の一室にあった魔法陣のような絵の上に乗れと言われたのでそれに従ったら、瞬きする間に見知らぬ場所に。
ほんの一瞬にして視界の情報が一新され、外の風が肌を撫でる。
そんな驚きと感動で漏れ出た一言が先の叫びであった。
「転移術式も初めてのご経験でしたか」
続いて絵の上に現れたシルヴァルトが、玲花の反応を見てそう言った。
「いやぁ、ほんと鬼ヤバいね。ガチでテレポートしたみたいじゃん」
「……実際に移動したのですよ?」
「えー、でもすごいなぁ。映画とかの4DXもこんな感じなのかな」
3Dメガネやら、VRやら、巷には様々な技術を用いた娯楽があるが、これもそういったものを用いているのかもしれない。流石に瞬間移動ができるような技術はないと思うから、上手いこと玲花の脳を騙しているのだろう。
それに、これからいよいよライガンとご対面という訳だが、それもきっとCGを使うはず。魔族と聞いて玲花が連想するのは、スライムを始めとしたモンスターである。人間でない生物をどれくらいリアルに作られているのか気になるところだ。
他にも興味があることはいくつもある。彼らの言う魔法もそのひとつだが、それもこんな感じなのだろうか。
時間が刻々と過ぎていく。
玲花がこの世界についてふわふわと呑気に妄想に浸る中で、兵らは最終準備を無事に終えた。
「レイカ様、そろそろライガンが来ます。気を引き締めてください」
「ん、わぁーった。それで、結局あーしは何すればいいの?」
「何もする必要はございません。レイカ様は我々がお守りしますので」
「お守り、かぁ。なんかお姫様と騎士って感じ~。しかもこれも結構凄いやつなんでしょ?」
そう言ってレイカは右手中指に嵌められた指輪をシルヴァルトに見せる。金色に輝くその指輪は、出立前にロベリアに渡されたものだ。
今この場にいる中で玲花とシルヴァルトは特に目を引く存在となっている。というのも他の兵士は頭から足先まで鎧や兜で武装しているのに対し、シルヴァルトはタキシード服、玲花にいたっては召喚前にオシャレとして身に着けていた衣装、即ち私服なのだ。
元々は玲花も鎧を着ける予定だったのだが、どれだけ軽量のものでも玲花の筋力では立ち上がることさえも困難だった。とはいえこのままでも如何なものかと誰もが思案する中、見かねたラグマが取ってきたのがこの指輪である。
一見すると少々綺麗なアクセサリーといった感想を抱くが……。
「所有者の魔力に応じて攻撃を自動で守ってくれる、最上級魔導具です。レイカ様の魔力ならば、大抵の攻撃は防いでくれるでしょう」
「ま、まどうぐ?」
「魔法が使える道具のことです」
「魔法が使える……杖とか箒とか?」
「私共と同じ認識であるならそれらも魔導具ですね」
結局魔導具なのか、そうでないのか、分からないままに話が終わる。無言の時間は好きではないので、次の話題を探していると、空中から声が聞こえた。
「敵を確認! 距離はおよそ五千、数は報告通りと見える。報告通り先頭に“狂風”がいるぞ。先陣は衝撃に備えよ!」
どういう原理で浮いているのか、UFOのような円形状の飛行物体に乗る男の声を聞くや否や、玲花の前に幾人もの兵が前に出る。
盾を装備し、玲花を守る構えだ。
この指輪の力が本当ならば必要のない人達のはずだが、もしかすると『大抵ではない攻撃』から玲花を守ろうとしてくれているのかもしれない。というかそういう演出があった方が面白いのだろう。
なんて、内心で笑みを浮かべる玲花。しかしそんな彼らの兜から、微かに呼吸音が聞こえた。
浅く、緊張しているような音。まるでこれから来るライガンに恐怖を抱いているような音。
フィクションや演技とは思えないほど、生々しい音。
──もしかしてこれって、VRとかじゃない?
じわりと背筋に冷たいものが流れて、思わず隣のシルヴァルトに声を掛けた。
「ね、ねぇ。これってやっぱドッキリじゃ──」
「”狂風“の魔法の使用を確認! 一気に距離を詰めてくるぞ!」
「レイカ様、気を引き締めてください!」
再度言ったその表情から事態が玲花の想像していたものとは掛け離れていることが見て取れた。
前方を見る。兵達の隙間からライガンの姿が見えてきた。
人数は2、30人くらい。事前にラグマから聞いた話だとここにいる兵の人数はだいたい1万だから、比率でいえば向こうは驚くほど少数だ。
「レイカ様が無理に戦う必要はありません。しかし、私の傍から決して離れないでください」
迫りくるライガンを捉えたまま、シルヴァルトは言う。
でも、と玲花は思う。もし、本当に戦うのなら、そんなに怯える必要もないのではないか?
1万対数十、歴史はそんなに詳しくはないけれども、過去にここまでの人数差で少数派が勝った戦いなんて果たしてあっただろうか。
だからみんな、そんなに怖い顔をしなくても。
空中の男が状況を伝えている。
『距離千、九百、八百……再度『狂風』が魔法を使用! 攻撃が来──』
「……あ、れ?」
いつの間にか、玲花は空を舞っていた。
ゆっくりと、くるくる回りながら、地上十数メートルの景色がごちゃ混ぜになっていく。
何が起きたのか、何故こうなったのか分からぬまま、ただただ風に身を任せて空の彼方へ飛んでいく。
そしてようやくまともに思考を働かせるようになって、最初に玲花の目に飛び込んできたのは。
「……は」
玲花と同じく風に飛ばされた、ボロボロに砕け散った鎧と盾。そして玲花を守ろうと前を張って出た男達のバラバラになった死体であった。
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