あーしを置いて話が進んでくけど、だいじょぶなの……?

「ラグマ、あんた正気かい?」


 怪訝な目つきでロベリアが尋ねる。

 それだけでない。ラグマの話を聞いた者らが彼の方へ目を向けていた。


「あたしの話ちゃんと聞いてなかったのか? 勇者をドブに捨てる気?」


「──」


 ロベリアは厳しい声を上げ、同じくラグマの作戦を聞いたシルヴァルトは黙ったまま。


 どうやら今こちらに来ているというライガンとの戦いに、玲花も参加させられるようだ。だが彼女の冷ややかな目を見るに、ラグマの作戦はあまり良くないらしい。

 玲花としてはライガンというのがどのような者なのか気になるので前衛でも良いのだが、無論そういった考えこそが彼らの反発の要因のひとつとなっていることに彼女自身は気付いていない。


「勇者が召喚された直後にこうなったってことは、向こうも勇者狙いなんだろ? なんで日時まで割れてるのかは知らんけど。なのにわざわざ敵の目の前に勇者なんて——」


「俺だって分かっている。だが、これは陛下からの勅命なのだ。従うほかない」


「勅命だって? あの人が……!?」


 勅命、という単語にロベリアが唖然としている。確か王様の命令的な意味合いだったように思う。

 苦虫を噛み潰したような顔のラグマを見るに、彼も本心ではこの作戦に反対なのだろう。シルヴァルトもしきりに玲花の方を心配するように見ていた。


 ──でもさ、そんなにあーしが前に行っちゃダメなの? むしろなんであーしを前に行かせたくないの?


 その時、ロベリアの顔がこちらに向いた。

 悲しそうな、悔しそうな、そして微かに絶望も入り混じっているような表情だ。


「な、何……」


 なんなの? あーしがなんか悪いことしたわけ? なんであーしにそんな顔するの?


 直後、玲花の頭に痛みが走り去った。

 ほんの一瞬。呻き声を上げる程でもない軽い頭痛。けれども顔が少々歪んでしまい、玲花は少しだけ目を伏せた。


「……私は陛下の策をシルヴァルトから聞いただけ。そしてシルヴァルトにも陛下は理由をお伝えされなかった。しかし陛下のことだ。そう命じられるのは、何か考えがあるからに違いない」


「でもさ、ミゼラルさんはまだレイカと会ってないんでしょ? それで勇者の力を試すなんてリスクが大きすぎると思うけど」


「他に目的があるのかもしれません。あるいはレイカ様のお力を見抜かれているのか」


「……それはないと思うけどなぁ」


「何にせよ、やるしかない。そこで提案なんだが、シルヴァルトがレイカ様をお守りしながら戦うというのはどうだろうか。こいつも最前線で戦う身だ、レイカ様の状況がすぐに分かるだろう」


「順当に考えればそうなるしそれで良いと思うけど、ミゼラルさんは何か言ってなかったの?」


「陛下はその他の兵の陣形は第ニで良いとのお考えです。通常と変わらないのであれば、そうするのもお咎めはしないでしょう」


「なら尚更レイカ出す意味分からないんだけど。本当にミゼラルさんから聞いたの?」


 そんな会話を聞いていると、部屋内がざわざわと騒ぎ始めたのに玲花は気付いた。いつの間にかテーブルの席はすべて埋まっていて、その場の全員が玲花達に注目していた。


「……そろそろ時間だ。さっきの案を軸に、これから全体に向けて指示を行う。シルヴァルト、戦線では頼んだぞ」


「……ええ」


 シルヴァルトが頷いたのを見て、ラグマは立ち上がった。


「さて、皆が集まってきたところで、これから作戦について発表する」


 その一言で場が引き締まったようにしんと静まったのを見て、ラグマは話し始める。


 テーブルに肘を置く者は見るからにこの国の重鎮達であり、ラグマのすぐ近くに座る玲花に鋭い目つきを見せるのは歴戦の猛者の如きオーラを醸し出している中年達だ。

 位置が位置なだけにほとんどの者が玲花を品定めするように睨み、ラグマの話す作戦に耳を傾けている。


 まるでラグマから何かしらの罪状を告げられているような気分。ただ年寄りに見られているだけだというのに、人生で感じたことのないほどの重圧だ。


「──以上が作戦の概要だ。何か意見のある者はいるか? 尚、先述の通り、これは陛下が立案された策であるため、骨子を変更することはできない。それを承知の上で発言していただきたい」


「ならばもう会議は終えた方がよろしいのでは? 第一と第二、ふたつの結界の内、第二よりも外である第一が反応しなかった時点で既に状況は尋常ではない。その上作戦は特殊でもないのだろう。短くなってしまった準備時間でも万全な防衛体制を築くべきだ」


 顎ひげをさする彼に同意の声が上がる。

 聞いた限りでは作戦も陣形も基本的には従来通りであるらしく、玲花の説明もしっかりしてくれていた。そういうわけで彼以外に誰もラグマに意見を述べようとはしない。


 ──てか今更だけど、作戦とか陣形って何? そんな細かいとこまでやんの?


「……無いようならばモーブ隊長の言う通り、会議を終了したいが、よいか?」


「では、最後にひとつだけ」


 右から左へ、着席する面々を見渡すラグマに、彼から見て正面に座る初老の男が手を上げた。


「勇者様が此度の戦いについてどのようなお考えなのか、お聞きしたいのぅ」


「えっ、あーし?」


「カレマエ参謀総長、それは作戦とは関係ないのではないか?」


「いえいえ、勇者様は別の世界から来たお方なのでしょう? 第三者としての意見・我々の知らない知見が、勝利に大きく貢献するやもしれませぬ」


「確かに。それはそうだが……」


 ラグマが大丈夫か、と問いかけるような表情を向けてきた。

 彼の不安も分かる。けれども会議室にいる面々は皆玲花の方をじろりと見つめていて、答えなければならない雰囲気を醸し出していた。

 しばしの思考の末、重苦しい圧を一身に受けながら、玲花は口を開いた。


「えっと、あーしは──」

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