もしかして、これドッキリなんかじゃなくね?

 城の中は外装に見合った煌びやかな空間だった。

 両端が金色の真っ赤な絨毯に、高級感漂うチェア。天井から吊り下げられたシャンデリアに照らされる壁はおそらく大理石だろう。壁の近くには左右対称になるように見上げるほど大きな銅像がいくつも置かれていて、銅像の間には重厚な額縁で飾られた美しい絵画もあった。


 そんな平常時ならば息を呑むほど華美な大広間は、現在喧噪に包まれていた。

 ほんの先刻発令された警報により、城中に緊迫した空気が漂っている。

 警報ではライガンが来たとのことだが、それのせいか行き交う人々は皆慌ただしい。


 けれども、そもそもとして玲花はライガンがなんなのかもよく分かっていなかった。シルヴァルト曰く魔族、魔法が使える者であるらしいが、そんな人間がこの世にいるとは考えられないし、城中が大騒ぎになるほどのものとも思えない。


 だが現実としては、目の前を横切る人々は玲花が石の部屋で見た時のような完全武装をしていて、ライガンなる者を相当警戒しているように見える。


 玲花はバイクに轢かれそうになった瞬間からの一連の流れを壮大なドッキリだと思っていた。有り得ないこと、理解できないことの連続で、そう考えないと説明できなかったからだ。

 しかし街の人々の様子や謎の宗教団体の祈り、そしてこの光景を目の当たりにして、ひとつの疑問を抱かずにはいられない。



 ──これってほんとに、演技なの?



「こちらにお入りください」


 大広間を横切って、長い廊下を歩いた先、フォニアとラグマに連れられた玲花の目の前に扉が開く。

 中は円形の絨毯が敷かれた、ドーナツ状のテーブルと椅子がある程度の簡素な部屋だった。椅子はざっと10人分あるが、部屋には4、5人程度しかいない。


「こちらの方でお待ちください」


「ラグマさんもフォニアちゃんも入らんの?」


「私は一度陛下のところへ行かねばなりません。こちらの方々は皆護衛としても優秀ですので、安心してお待ちくださいませ」


「わたしもレーカと一緒にいたいんだけど、こんな状況でウロウロできないからね。部屋に戻らなくちゃいけないの」


「ふーん、分かった。じゃあまたあとで」


 ラグマは一礼して、フォニアはばいばいと小さく手を振った。そしてフォニアが玲花に背を向けようとした時、その前に部屋にいた女に気付き、彼女にも手を振った。


「ロベカもバイバイ! また後でね!」


 ニコニコしながら自室に戻っていくフォニア。それを見ながら、ラグマもでは私も、と去っていった。


 ひとりになって、改めて部屋内を見渡してみる。眼鏡を掛けたおじさん、頭が禿げかかった老人、長髪の若いお兄さんといて、彼らからの視線が玲花に集中している。

 品定めするようなその目。あるいは緊迫した状況の中でもカジュアルな服を着ているからか。


 ともあれ玲花はドギマギしながら部屋に入る。どの席に座ればよいものかとキョロキョロしていると、一番奥の席の女がこちらに手を上げているのが見えた。


 フォニアが別れ際に手を振っていた人だ。彼女は隣に座りなよ、と言っているように見えたのでとりあえず彼女のところへ向かう。

 そして玲花が席に座ると彼女は開口一番に言った。


「あんたが噂の勇者様かい?」


「えっ、うん。そう、かな」


「なんで曖昧なのさ」


 ケラケラと彼女は笑った。

 真っ赤な髪で左目が隠れている、睫毛の長い女だ。丸顔で幼さを感じさせる彼女は暗い紫色のローブを身に纏い、つばの広いとんがり帽子を被っていた。


 そう、それはさながら一般的にイメージされる魔女のように。


「あたしはロベリア。あんたは?」


「れ、玲花だけど。増見、玲花」


「あはっ。レイカね。よろしく」


 ロベリアと名乗る女から手を差し出されて、玲花も握手に応じる。


 童顔に似合わず低い声だ。それに握る手も大きい上に力強く、体格もガッチリとしていて、ただの女性ではない気迫のようなものが感じられる。しかし一方で温和な雰囲気を周囲に漂わせていて、フレンドリーな気質であると玲花は思った。


「初日でもうニアと仲良くなってんじゃん。あの子、王女様とは思えないでしょ?」


「ニアって、フォニアちゃん?」


「そ。仕事柄関わることが多いから懐かれてね。見ての通りニアは自由奔放な子だからいつも振り回されてんの。もう本当に大変さね」


 そうは言いつつも、それを不満に思っている節はない。やはり玲花の読み通り彼女は怖い人ではないようだ。


「へぇ。ふたりとも仲良しなんだね。ところでロベリア──ロベリンはさ。なんでそんな恰好してんの? コスプレ?」


「ロベリン、か。いいねそれ。で、この恰好って……そりゃまぁあたしが魔女だからさ。こすぷれ、ってのはよく分かんないけど」


「魔女?」


「うん? レイカあんた、魔女を知らないのかい?」


「いや、それくらいは知ってるけど。そんな堂々と言われるとなんかこっちも『お、おう……』的な感じで、ね。てか魔女ってことはロベリンもライガンなの?」


「いいや、あたしは人類こっち側だよ。まー、こっちでは魔法が使える人類なんてごく僅かだから割と誤解されがちなんだけどね」


 それはそうとさぁ、とロベリアはテーブルに置いてあったコップを手に取った。


「レイカのいた世界では魔女とか魔法使いは口にしない方がいいみたいな感じだったのかい? さっきの反応を見るに」


「別にそうじゃないんだけど……なんていうかさぁ、分かんじゃん?」


「何が?」


「ほら、その、そういうふいんきってかさぁ」


「うーん? 分かんないけどねぇ」


 腕組みしながら玲花の真意を測りかねている様子のロベリアを前に、玲花は『魔女は現実にいないでしょ』と笑うことはできなかった。


 これがやっぱり全部お芝居の一環であるならば、魔女の格好をして、完全に別の世界として世界観を構築している彼女に対してそう言ってしまうのは失礼な気がしたからだ。

 現実的なことを言うのと、それがその状況で正しいかは決してイコールではない。さんざん突飛な世界観を突き付けられたのだ。ここはもう受け入れるしかない。


「魔女とかが禁句みたいな世界だったら、もしかしたらレイカは魔法もあんまり詳しくないのかな? 自分の属性とか」


「魔法かぁ。うーん、テレビで見るくらいしか分かんないや」


「てれび……とりあえずよく知らないってことでいいんだよね…………困ったな」


 ぼそりと呟いたその言葉を、玲花は聞き逃さなかった。


「なんで困んの?」


「だって折角呼んだ勇者様が魔法を知らなかったらどうしようもないじゃん。いやまー、そーだろうなとは思ってたけどさ」


「どうしようもない?」


 なんで? 魔法があんまし分からないだけでそんながっかりされんの?

 そんな風に考えていた玲花だったが、ふと周りがザワザワと騒がしくなっていることに気付いた。


 皆玲花の方を見て、信じられないというような顔をしている。

 おそらくはロベリアとの会話を聞いていたのだろう。しかし何故彼らもロベリアのような反応を?


「レイカ」


 不思議がる玲花にロベリアは温和な姿勢から打って変わり、冷たい視線を向ける。

 何か悪い事をしたのだろうか。優しそうな顔が突然にして強張り、心当たりのない玲花の心臓がビクンと大きく脈動した。


 紫色に鈍く光る彼女の目に気圧される玲花に、彼女は口を開いた。



「無知は罪だよ」



「? それってどういう──」


「レイカ様!」


 聞き覚えのある声がロベリアに邪魔をした。

 白髪の老人に身体を鎧で固めた強面の男。


「シルヴァっち! それに……ラグマさん?」


「レイカ様、お待たせいたしました」


「わ、わっ、そんなことされたらあーしもどうすればいいか分かんないって!」


 座る玲花の前にシルヴァルトは跪いたので、思わず玲花は立ち上がってしまった。


「ちょっと恥ずいからやめてよ」


「しかし私はレイカ様の従者です故──」


「いいから隣座って!」


 慣れないことをされるのはむず痒いものだ。たとえそれが敬意からくるものであっても、優越感など湧きはしない。

 シルヴァルトは玲花に一礼して隣に座った。


 肌の紅潮が静まって改めて彼を見ると、彼は最初に見た時とは異なり、鎧を脱いでタキシード姿になっていた。


 本来城の中だとこういった服装が本来は良いのだろうが、隣にいるラグマは武装していて、交互に見ると緊迫しているのかそうでないのか分からなくなってくる。


「シルヴァルトはこっちの方が強いのさ」


 違和感を抱く玲花を察して、ロベリアが答えてくれた。が、しかし根本的な疑問の解決には至っていないような気がする。

 シルヴァルトは言った。


「本来ならば陛下との謁見の後、レイカ様をお迎えする会合を開く予定だったのですが、その前にレイカ様のお力を貸していただきたく」


「ふーん。まぁおっけ。なんかヤバそうな感じだし、協力できそなことあったらあーしも頑張んよ。てかラグマさん早くね? さっき別れたばっかじゃん」


「シルヴァルトが先に私の要件を行ってくれたのです。それを仰るなら私としてもレイカ様が既にロベリアとお知り合いになられているとは思いもよりませんでした」


「あー、うん。ロベリンがこっち座ってって手振ってたからさぁ。」


「成程。私共もロベリア嬢をご紹介したかったので、手間が省けました」


「紹介?」


「ロベリアは我が国随一の魔法使いなのですよ」


「へ、へぇ……」


 ラグマは玲花のために補足にしてくれたものの、全身がむずむずする。


 確かにロベリアは魔法使いっぽい恰好をしていて、自身も魔女だと自称していたが、それが国内でも凄腕の実力者だって? 赤い髪に片目が隠れていて、その目も紫で、しかもよく見ると首元を包帯でぐるぐる巻きにしていて。外見だけでもアニメのキャラクターみたいなのに、さらに童顔とはいえかなり若く見えるのに魔法は凄腕と。


 フィクションを持ち上げに持ち上げて、設定を付け足し過ぎではないか?


「さて、ロベリア。貴様はレイカ様をどう見る?」


 話題は玲花を置いて移り変わる。ラグマはロベリアに尋ねた。

 玲花は質問の意図が読めなかったが、ロベリアはちゃんと理解したようで、腕組みしながら玲花をその鮮やかな紫色の双瞳で捉えて、


「召喚ボーナスのお陰か魔力は尋常じゃないくらい多いね。多分プリムラさんと同じくらいかな。属性も光っぽくて、多分無属性も使えるし、ポテンシャルとしては十分すぎると思う。でも」


「でも?」


「ちょっとだけレイカと話してたんだけど……多分この子は、魔法を知らない」


 聞き馴染みのない単語の数々の意味を推し量ろうとしていた玲花は、瞬時に場の空気が重々しくなったのが感じ取れた。

 ラグマは絶句しながらこちらを見て、シルヴァルトはやはりか、というように小さく息を吐いていた。


「……そう、か」


 瞑目しながらラグマは頷いた。


「やはりそう、か……だが魔力はあるのだろう。ならば作戦は実施せざるを得ないか」


「作戦?」


「あぁ。このあと全体に周知させるのだが」


 そしてラグマは目を開け、再度玲花を見て言った。


「この戦いでは、レイカ様は最前線で戦ってもらう」

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