急に恋バナってマ!?

「本当はすぐにお父様のところに行く予定だったんだけど、あっちもバタバタしててね。だからそれまでに会ってもらおうかなって」


 整えられた芝生の上をフォニアとラグマの両名と共に歩く。


 唐突に大事な人と会ってもらいたいなんて言われて、玲花は話に頷きながらも内心では胸の高まりを抑えられないでいた。

 大事な人、それってつまり。


「でさ、フォニアちゃんはその人のことが、好きなの?」


「……うん。大好き」


 はにかむように笑うフォニアに玲花の脳内は一気に恋愛一色に染まった。


「うわぁ、うわぁ……! 王女様でもそういうのってあるんだぁ……王様──お父さんも知ってんの?」


「もちろんよ。別に隠す必要もないでしょ?」


「親公認かぁ、すご! じゃあさじゃあさ! フォニアちゃんはその人のどこが好きなの?」


「すごく興味津々ね、レーカ。どこがって、そうねえ……」


 フォニアは少し考えてから、


「やっぱり、みんな良い人なのよね。優しくて、こんな状況でも頑張ってて」


 真っ白い肌を赤らめつつそう言った。


 なんとも愛くるしい彼女に玲花もにやにやが止まらない。

 恋する乙女とはどうしてこれほどまでに可愛らしいのだろうか。平常時のフォニアでさえ妖精の如く魅力的だというのに、こんな表情をされると同性の玲花であってもドキリと来るものがある。


 それにしても、優しくて、頑張り屋——努力家な人なのか。国王も認めたほどなのだ。きっと彼も王族かそれに近い身分なのだろう。それで自身の立場に驕らないとは、確かにフォニアが惹かれるのも頷けよう。


「……うん? みんな?」


「あっ、見えてきたわ! ほら、こっち!」


 引っ掛かる単語があって首を傾げる玲花。しかしフォニアはそれに気付かず門の方を指差した。


 その方向を見やると、門の前に人影があるのが見えた。

 それもひとりではなく、大勢の。





「──あっ、フォニア様だ!」

「フォニアさまー!」

「フォニア様が参られたぞ!」


 門の外で待ち構えていた人々は、警備員らしき人を含めずとも50人を優に超えていて、フォニアの姿を見るなり歓声を上げていた。

 そんな彼らにフォニアは声を掛けた。


「みんな久しぶりー! 最後に会ったのって2ヵ月前に外出した時だったかしら?」


「そういえばすごく久しぶりかもー」

「最近は街にお越しくださる機会がありませんでしたからね」

「久々に拝見するフォニア様のご尊顔……」


 皆が口々にフォニアへ言葉を返す。

 彼らも、彼女も、門を隔てたその空間には笑顔が溢れていた。


「あの、さ。フォニアちゃんの好きな人って」


「そう、みんなのこと!」


 エメラルド色の瞳がキラキラと輝いている。

 どうやら彼女が恋していたのは白馬の王子様ではなく民衆であったらしい。


 なんだ、ちょっと残念。まぁ彼女もまだ子どもだし、そんなもんか。


「てかさ、ずっと思ってたんだけど」


 恋愛脳から覚めて、玲花はずっと思ってたことを口にした。


「なんていうか、奇抜? な髪の人多くね」


「奇抜?」


「フォニアちゃん見た時も思ったけど、なんでみんなそんな髪染めてんの? 流行ってるとか?」


 フォニアに集まる人々。彼らの髪は赤、黄、青、紫と色とりどりだ。

 そしてそれは瞳についても同様である。玲花の知る人間の髪は黒や茶、海外圏でも金があるくらいで、瞳もそこまで多くのバリエーションはない。なのにこの街ではその辺を歩く老婆でさえも桃色の髪を生やして、フォニアを見つめるその目は青紫色に染まっている。


 そんな疑問を抱く玲花も金髪のサイドテールで、目も赤いのだが、髪は黒い地毛を美容院で染めてもらっただけで、目についてもカラコンだ。元々そのような色ではない。それに、髪を染めたり、カラコンを付けたりすること自体が一般的には珍しい行動なはず。なのに視界に入る人に玲花がよく見るような髪色がおらず、それを誰も疑問に思っていない様子であるのが、玲花は解せないのであった。


 ──まぁ、これもドッキリの一環ならしゃーないけど。


「それは──」


「おお、フォニア様! これはこれはお久しゅうございます!」


 フォニアが口を開けて何か言いかけた時、黒服の男達がその言葉を遮った。

 ローブを着た、胸元に金の十字架の印を付けた者達だ。


「何、あの人ら」


「ソニアベル教──宗教団体の方々です」


 レイカ達の後ろから付いてきていたラグマが耳打ちして教えてくれた。


 ソニアベル、聞いたことのない名前だ。とはいえキリスト教とか仏教とか、宗教は様々にあるが、新興宗教も含めるとその数はキリがない。ソニアベル教もそのひとつか、あるいはこのドッキリの為に作られた架空の団体か。

 男達が玲花の方を見た。


「こちらの方が、噂の御使い様ですか」


「勇者様、よ」


「我々にとっては勇者は御使い様と同義でございます」


 男達が玲花に深々と一礼をした。玲花がどう返せばと迷っていると、彼らの反応を見た周囲も次第にフォニアから玲花に意識が向き始める。


「あら、あなたが勇者様なの?」

「勇者様ー!」

「勇者様もお美しい……」


「えっ、ちょっ……」


 歓喜の声に言葉を詰まらせる玲花だったが、人々から送られる言葉は止まない。


「かわいい……」

「勇者様ー! これから頑張ってー!」

「お名前はなんて言うのでしょうか?」

「勇者様……我が光……」


「みんな落ち着いて。レーカが困ってるでしょ」


 狼狽える玲花にフォニアが助け船を出すも、騒ぎが収まる気配はない。

 それだけ玲花が期待されているということなのだが、玲花自身にその実感がないものだからどうするのがよいのか答えあぐねていたのだった。


「御使い様……」


 そんな中でひとり、信者が一歩前に出た。

 それに続いて他の男達も門にさらに近づく。

 彼らは跪き、こう言った。


「どうか闇の使者ライガンを打ち倒し、この世界をお救いください……!」


「──」


「どうか我々に希望を……希望をお与えください……!」


 男達は玲花に祈るように手を組んでいる。

 否、祈っているのだ。

 幾人もの男達が、齢17のただの少女に、祈りを捧げているのだ。


「お願いします……お願いします……」


 それは懇願にも近くて、ドン引きするほど必死で。

 玲花には、その様子が演技にはとても見えなかった。


「……フォニアちゃん?」


 困惑してどう答えればいいのか分からず、玲花はフォニアの方を見た。

 だがフォニアが見ていたのは、玲花ではなく、信者でも民衆でもなかった。


「どうしたの、フォニアちゃん?」


 頭をやや上げて虚空を見つめる少女に話しかけるも、こちらの方を見向きもしない。

 そしてそのまま彼女は呟いた。


「来てしまったのね」


「? フォニ──」




 『ビーッ! ビーッ!』



 直後、街中に警報が鳴り響いた。


『第二外敵反応結界にて、ライガンの侵入を確認しました。次の地域の住民の皆様はただちに避難してください。避難地域は──』


「な、何? なんか起きてんの?」


「放送の通りです! フォニア様、レイカ様、すぐに城へ行きましょう! 住民の皆様も、まだ王都は安全かと思いますが念の為避難をお願いします」


 ラグマが大声で呼びかける。民衆は相変わらず騒いでいるが、心なしか玲花には先程より雰囲気が暗いように感じた。


「フォニア様もレイカ様も、さぁ行きましょう」


「わ、分かった……」


 ラグマとフォニアに連れられ、玲花は言われるがままに門の後方に聳える城へと足を向ける。


「ゆ、勇者様、頑張ってください!」

「ライガンを打ち倒してください」

「我々を、お守りください……!」


 背後から聞こえるその声が、何故か気持ち悪く感じた。

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