なんかめっちゃ可愛い子が王女様なんだって!

 暗い階段を一段、一段と上がる。


 壁にぽつぽつと灯明が掛けられているものの、その光は弱い。

 ただでさえ見知らぬ場所ということで不安で一杯だというのに、何も見えない恐怖も襲ってくると、なかなか進むことができない。


 それでも、外に出れば何か分かるはず。

 そんな思いを抱えながら、玲花は壁に手を当てながら登っていくのだった。


「ん、そろそろ外、かな」


 1分程誰もいない階段を上がり続け、脚がぱんぱんになってきた頃、薄っすらと地上のものとおぼしき光が扉から伸びてきているのが見えた。


 金属製の、重厚な扉だ。


 シルヴァルトは外には城が見えると言っていたが、他には何があるのだろうか。玲花の地元にも小さいながらも城があったので、もしかしたらその光景を目の当たりにするのかもしれない。


「……よし」


 僅かに期待を抱きつつ、ドキドキと鳴る胸の音に従って玲花は扉をゆっくりと開けた。


 瞬間、真っ白い光に包まれ、闇に慣れた玲花の目を刺激する。

 眩しさに目を背け、慣らすために少しずつ目を開けていき、数秒かけて得た玲花の初めての外の情報は──。


「──うわぁ、かわいい! 髪綺麗!」


「ちょっと、殿下!」


 西洋風の大きな城を背景とした、玲花の胸の前まで迫った10代前半の少女と深緑の軍服を着た男であった。


「ちょっ……あんたら誰!?」


 少女はエメラルド色の大きな瞳に薄緑の髪をしていて、毛先は重力に抗うようにくるんと跳ねている。また額を大きく見せ、身に纏う空色のドレスも肩から先には布地がなく、透き通るような白い肌をこれでもかと太陽の下に晒している。愛おしさを覚えるその姿に、玲花は子ども時に読んだ絵本に出てくる妖精を彷彿とさせた。


 一方男の方はというと、日光できらきらと輝くブロンド色の髪の一部を束ねて、それを肩に下ろしている。また口元には昔大怪我でもしたのか顎にまで伸びる傷跡があり、左目にモノクルを付けて知的な雰囲気を醸し出しながらも、ギロリと睨むような四白眼と相まって恐ろし気な印象を受けた。


 このふたりがシルヴァルトが言っていた『護衛兼案内役』なのだろう。当然ふたりとも玲花の知る人物ではない。


「『あんた』らとは無礼ですぞ、レイカ様!」


 もう何度目かの混乱に襲われる玲花の不用意な言葉に、男は怖い目を吊り上げて咎めた。


「こちらはシセラニア王国の現国王のご令嬢であらせられるフォニア・シセラニア殿下でございますぞ!」


「国王の令嬢……王女様ってこと?」


「そうなの……そうですわ。私、お姫様でしてよ」


 少女——フォニアは腰に手を当てながらふんす、と胸を張る。


 その態度は見るからに子どもだ。が、お芝居ならそんなものか。

 流石に子役の俳優を呼んでまで玲花にドッキリを仕掛ける意味はないはず。とはいえここまで大掛かりなドッキリならその可能性もないとは言えないのだが。


 彼らの奥に聳える大きな城。あんな立派なもの、テレビとかでしか見たことがない。まるで海外に来た気分だ。

 ただの高校生でしかない玲花相手にこれほど壮大なことするだろうか。そもそもバイクに轢かれかけていた玲花をいつの間にここに?


「ということで、改めて……シセラニア王国王女、フォニア・シセラニアですわ。以後、お見知りおきを、マスミ・レイカ様。こちらは護衛のラグマよ」


「はっ。私は、シセラニア王国の総軍元帥を務めております、ラグマ・リゴルドと申します」


 疑問が連なる玲花に、フォニアは優雅にお辞儀をし、男──ラグマは敬礼の構えを取った。


 ふたりとも外見の良さもあってその所作は非常に様になる。特にフォニアの方は上流家庭で育ったのか、その所作のすべてが息を呑むほど美しく、壮年の淑女のような気品の高さを感じさせる。玲花では決して真似などすることのできない領域だ。


「ところで、レーカ様。あっ、失礼。“レーカ様”と呼んで……お呼びしてもよろしいかしら?」


 お辞儀の余韻が残る玲花を見上げながら、フォニアは上品な口調で、それでいて大きな瞳をさらに大きくさせながら訊いてくる。玲花に対して謎の興奮を隠しきれていない。


「べ、別に様なんか付けずに玲花でいいけど。てかなんであーしの名前知ってんの?」


「地下の部下達がレイカ様がお見えになる前に連絡したからです。それと、殿下の前ですので、敬語をお使いください、レイカ様」


「そうは言っても、言いましても……あー、あんまし敬語使わなかったから分かんないや」


「別に気にすることじゃない……ありませんわ、レーカ。それにラグマも、むしろレーカは世界を救ってくださるお方よ。敬語を使うべきはむしろ私達じゃなくって?」


「ですが……」


「私が良いと言ってるのよ、何か文句はあって?」


 冷ややかな物言いにラグマは複雑な表情を浮かべて、


「……失礼いたしました、レイカ様」


「ごめんなさいね。彼は優秀だけど堅物なのが玉に瑕なの」


「いやいや別に謝らなくても。でもそっか。あーしも敬語使えんし、その方が楽かも。フォニアちゃんも敬語で喋る必要ないよ」


「あっ、そう? わたしもこういう堅苦しいの大嫌いなのよねー」


「うわっ、一瞬でタメ語なんじゃん」


 途端にフォニアから発せられる優美な雰囲気が消え失せ、玲花はやっぱりそうだったか、笑った。


 最初の玲花を見た時の反応もそうであったし、動きも挨拶以外は子どもっぽくて、会話の節々でも敬語に言い換えようと頑張っているように見えた。やはり王女といえども役は役。演じているのはただの子どもであるらしい。頑張って背伸びをしている好奇心旺盛な女の子なのだ。

 …… お嬢様キャラが一瞬で崩れて、裏方の人達が困惑してなければいいが。


「あっ、そうだ。レーカ、初めましてでもっとお話ししたいけれど、その前にちょっと来てくれないかしら」


「うん? どこ行くの、フォニアちゃん」


 玲花の心配を余所に、フォニアは彼女の手を掴んだ。仄かに暖かな感触がなんだか心地よい。

 そしてフォニアは甘えるような、けれど少々ドキドキしているような仕草で、こう言った。


「わたしの大事な人達にご挨拶してもらいたいなって」

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