これって、ドッキリってやつ?

「異世界……勇者……」


 男の口から説明された玲花の状況。その中で異質な単語が現れた。

 両者ともゲームや漫画といったフィクションに関連する言葉だ。なのに彼はさも当然のように、大真面目な口調でそれらを用いて玲花の現状を明かしている。

 それは、つまり──。


「これって、ドッキリか何かだったりすんの? あーし、こういう時どう反応したらいいのか分かんないんだけど……」


「どっきり、とはなんなのか分かりかねますが、簡単に経緯をご説明いたしましょう」


 未だ玲花の頭上に大きな疑問符が浮き上がっている様子に、男は語り始めた。


「この世界では、およそ100年前から我々人類は、”ライガン”と呼ばれる魔族と戦争状態にあります」


「魔族?」


「魔法の行使に長けた種族のことです」


「ま、魔法?」


 玲花は目を丸くした。

 いよいよ現実感がなくなってきた。魔法って、あの魔法だよね? 杖とか持って、箒で飛んだりして、なんちゃらかんちゃらパトローナムって唱えるやつ。

 でもそれって実際にできるわけない……よね? やっぱこれドッキリじゃないの?


「……続けて、よろしいでしょうか?」


「あ、うん。どぞどぞ。しょーみまだ理解が追い付いてないけど」


「なんとなく、の程度で問題ありません。じきに分かるようになります」


 男は一度軽く咳払いして、


「人類とライガンの戦いですが、ライガンは非常に強力で、人類側はじりじりと領土を狭められているのが現状です。100年という長い期間をなんとか耐えてきましたが、このままでは我々の敗北は必至。ライガンに完全支配される日も秒読みという段階にまで来ています」


「へ、へぇ」


「なので我々はひとつの手段を講じることにしました。『四大列強』——我々の世界で中枢となっている4つの国々の中でそれぞれひとりずつ、他の世界から勇者としてこの世界に呼び出すことにしたのです」


「勇者……あーしがそのひとりってこと?」


「その通りでございます」


 男は頷いた。

 なんだか余計に分からなくなってきた。いや彼の言っていること自体は分かるのだが、胡散臭いというか、ドッキリにしてもこんなぶっ飛んだテーマでやるものなのだろうか。人もたくさん集めて、こんな大掛かりなものを一体誰が仕掛けたのか。


 しかし、ドッキリならばそのように考えること自体が野暮ではある。

 仕掛け人や、いるかどうかは分からないがこの光景を隠しカメラか何かからモニタリングする人は、きっと玲花が驚く様子を待ち望んでいるはず。折角ここまで準備をしてもらったのだ。不自然に冷静になっていたり、演技臭い驚きで場を白けさせるのも忍びない。


 だからここは──。


「えと、つまりアレっしょ? あーしがそのライガン? って人達をなんとかするって感じっしょ」


 この変なお芝居に付き合ってやろうじゃないか。


「……概ね、その通りでございます」


 微妙な間の後に、またしても男は頷いた。


「では簡単な概要はこれくらいにして、そろそろ国王陛下との謁見を果たしましょう」


「国王……王様もいんのね。じゃあここもお城の中だったり?」


「いえ。ですが王城とはほど近いので、この先の階段を上がればすぐにお見えになりましょう」


 男が玲花の前から一歩退いた。その先には薄暗い階段が伸びている。

 思えばこの部屋には窓がないから、もしかしたら地下室なのかもしれない。


 そんな風に思いつつ玲花は立ち上がった。

 殺風景な部屋に、玲花を取り囲む騎士風の人々。少なくともあの階段を上がれば、それ以上の情報は得られよう。


「階段上り切ったら、そのままお城に行く感じ?」


「上に護衛兼案内役を待たせております。彼に付いていけばよろしいかと」


「おっけー。えと、おじさん? とか皆はどうすんの?」


 玲花は改めてぐるりと周りを見渡してみた。

 そこそこ広い空間ながらも、彼女を中心に10人近く集まっていてなかなかに圧迫感を抱く。

 なのに、玲花はこの場にいる者の顔も名前も未だに分かっていない。


「我々はここでやるべきことがございますのでしばらく残ります。それと──」


 困ったようにキョロキョロする玲花を見て、男は兜を取って跪いた。

 端正な顔立ちながらも細い目元や口元に皺を宿し、短く整えられた白髪が目を引く老騎士の姿が、そこにはあった。


 彼と目と目が合う。

 その緑を帯びた薄黄色の瞳は、一瞬見惚れてしまうほどに美しかった。


「綺麗……」


「申し遅れました。私は陛下よりあなた様の従者を拝命いたしました、シルヴァルト・エーデル・レモンでございます」


「──」


「どうかなさいましたか?」


「──えっ!? だ、だいじょぶだいじょぶ! 従者、ね。おっけ、分かった。あっ、あーしは増見 玲花。玲花って呼んでいいよー」


「承知しました、レイカ様」


 男──シルヴァルトは優しく微笑んだ。

 慈しむような、玲花の緊張をほぐすような、優しい笑み。


 別に様付けしなくてもいいのに、と言いかけたのだがその表情を見るとなんだか言う気にはなれなかった。


 ──でもまぁ、いっか。


 玲花は思う。

 どうせすぐにこのお芝居も終わるのだ。気恥ずかしさもあるが、まるで自分がすごい人間にでもなったように錯覚させられて気分が良い。今はこの心地良さを味わっていても悪くはないだろう。


「そういや結構ここで話してるし、上で待ってる人も迷惑だろうから、あーしはそろそろ行こっかなって思ってるんだけどさ。シルヴァっちってあーしの従者なのにここに残っていいの?」


 適当に思いついた彼の渾名を口にした途端、ざわりと周囲が一瞬騒がしくなった。

 しかしシルヴァルトはそのことには何も言わず、


「残ると申しましても、数分程度でございます。大部分は彼らに任せて、すぐにレイカ様のもとに参上しますので、どうぞ玲花様のお好きなままに」


「りょー。何すんのか分からんけど、頑張ってね。シルヴァっちも騎士さん? 達も」


 玲花がそう言うと、シルヴァルト含め彼らは彼女に向かって敬礼した。

 一挙手一投足がが洗練されたその動きに玲花はたじろぎつつも、彼らに手を振りながら階段へ向かうことにする。


「じゃあね」


「外までは暗くて段差が見え辛いので、足を踏み外さぬようお気をつけください」


 シルヴァルトの声を背に受けながら、玲花は階段を登り始めた。









「──いやぁ、シルヴァルトさんをあんな渾名で呼ぶなんて肝の座ってる子でしたね」


 彼女の足音が聞こえなくなって、兵士のひとりがシルヴァルトに話しかける。


「初対面でシルヴァルトさんのことを知らないってのもあるかもですけど、あんなフレンドリーに話せるもんなんですかね」


「向こうではそのような文化だった、それだけでしょう」


 シルヴァルトとしてもあの呼び名に特段悪い気はしない。むしろこれから従者として彼女に仕えるのだから、両者の間に変に壁ができないほうがよいとまで思っていた。


「さて、そんな無駄話は置いておいて」


 シルヴァルトはソレを見下ろした。


「レイカ様は彼に気付いていなかったはずでしたが」


「えぇ、そのはずです。俺らの身体で隠してましたし、こっちに振り向いたりもしましたけど、足元までは見てなかったっぽかったので」


「そうですか」


 彼の言葉を聞いてシルヴァルトはほっと息を漏らした。


 ソレは、今も眠るように冷たい石の上に転がっている。

 部屋を見渡した時は焦ったが、力技ながらも隠し通せてよかった。流石に、コレを彼女に見せる訳にはいかない。


「上手くいった、と喜ぶべきなんですかね。彼にだって、もっといい未来があったかもしれないのに」


「彼は自ら召喚魔法に志願したのです。『たられば』の話はむしろ彼の想いを否定することになる」


「……そう、すね。それに彼だけの話じゃありませんもんね。すみません」


 兵士がシルヴァルトに謝罪する。

 鬱屈とした空気が石造りの部屋に流れている。何せ、禁術に等しい魔法を使ったのだ。そしてそれを自国含めて複数の場所で行うという狂気を、人類は許容しなければならない。

 ライガンという脅威を破るためには、こうしなければならないのだ。


「勇者 レイカ様」


 シルヴァルトは祈るように両手を組んだ。


「彼の、彼らのためにも、この世界の光となってください」


 この戦争を終わらせてくれと。これ以上誰も死なないでくれと。

 強く、強く望んで。



 その足元には、玲花を召喚するための尊き犠牲を買って出た、若い男の死体が横たわっていた。

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