あーし、死んじゃった?
「──ここ、どこ?」
増見玲花は呟いた。
石造りで簡素な部屋の中、そして玲花を取り囲むように鎧を身に纏った人達が何人も見下ろしている。見下ろしてはいるものの、その表情は兜を被っているせいで玲花からは判断がつかず、それどころか彼らの性別さえも分からない。しかし雰囲気的になんとなく彼らが玲花を警戒しているように感じ取れた。
どうしてこんな状況になったのか。玲花の直前までの記憶では、確か親友と高校サボって遊んだ帰り道にバイクか何かが親友に突っ込んできたから、それを庇って轢かれかけていたはずである。
恐怖に目を瞑り、死を覚悟しながら襲い来る衝撃と痛みを待つ。なのにいつまで経っても来る気配がなかったので、恐る恐る目を開けてみると何故かこうなっていたという経緯だ。
次に目にする光景は見知らぬ白い天井か雲の上だとばかり思っていたのに、実際に目にしたのは看護師でもなければイメージしていた天使とは似ても似つかないような面々。
ならばここは夢の世界かとも玲花は考えたが、ひんやりとした空気が全身でひしひしと感じ取れ、視界もはっきりとしている。なにより頬を抓ってもちゃんと痛い。
ということは、自分はやはり死んだのだろうか。玲花の思考は一巡する。
夢でもないのなら、つまりそういうことなのだろう。なんだか腑に落ちないものの、消去法で考えればこれしかないのだから仕方ない。第一、夢と違ってあの世には生前に行くことができないのだ。誰しもが描く死後の世界と実際のそれとは必ずしも同じとは限らないことは、玲花も分かってはいる。
……しかし。それでも玲花はこの状況を飲み込むことができないでいた。
手をグーパーさせてみる。大きく深呼吸してみる。何度も瞬きしてみる。胸に手を当ててみると心臓がちゃんとどくん、どくん、と音を鳴らしている。
服装も、あの時と同じでショートパンツに肩あきトップス。耳を触ればハート型のピアスもあった。
場所が変わっただけで、轢かれる寸前の状態とまったく同じ。そして夢でもなければ死んでいるのでもなく、全身で生を実感できている。
──これってつまり、あーしは一体。
「──よろしいでしょうか?」
不意に周囲のひとりが声をかけてきた。
低音で凛とした、やや老いを感じさせるような男の声だ。
顔は他の人と同様によく見えない。腰を見れば剣を携え、左手には盾を装備している。他の者も似たような姿だが、この人だけ鎧の首回りに赤い布が巻かれている。もしかするとこの集団のリーダー的存在なのかもしれない。
彼は言った。
「言葉は、理解できますでしょうか?」
「え、あー、うん全然だいじょぶだけど」
「そうですか」
玲花の返答に彼の声が僅かに柔らかくなる。それだけではない。周囲からも小さく安堵の溜息が漏れる音が流れ、緊迫した空気が緩みつつあるように玲花には思えた。
なので、今度は玲花から訊いてみることにした。
「あのさ、ここどこ? 天国? あーし死んだの? てかあんたたち誰?」
「いきなりたくさん質問されますと私としてもお答えしかねます。しかしそうですね。あなた様も突然この世界に呼び出されて困惑されているでしょうし、仕方のないことではありますが」
「呼び出された……?」
疑問を投げかけたつもりが、新たな疑問を投げ返されてしまった。
理解できないことが多すぎて頭を抱えてしまう。元々玲花は頭が良い方ではないし、脳の
そんな玲花の様子を見て、男はすみません、と謝罪を口にして、
「状況が状況ですし、ひとつずつ説明していきましょう。まず、あなた様は亡くなっておりません。ちゃんと生きております」
「生きてるって、ここはあの世じゃないってこと?」
「その通りでございます」
「じゃあ、ここどこよ?」
「ここはあなた様が元いた世界とは違う世界。異世界、と申し上げればよろしいでしょうか」
そして彼は一度間を置いて、
「あなた様はこの世界に勇者として召喚されたのです」
そう、玲花に告げたのだった。
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