第67話
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定期調査の日でもないのに監視係がやって来た。何とか玄関まで出ると、彼は今ある食材は全て捨てろと言ってきた。
誤って古いものを持ってきてしまったと言われたので、少し傷んでいるくらい大丈夫だと言ってみたが、聞いてくれない。せっつかれて食材を集め、監視係に渡した。
その後監視係は、大量の薬と新鮮な食材を買ってきてくれた。おそらく自分のお金で買ってきてくれたのだろう。申し訳なくて受け取るか迷っている間に、監視係は荷台から荷物を下ろして、行ってしまった。
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最近は少し体調が戻ってきた。起きていられるうちは、ひたすらフェリシアン用のマフラーを編んでいる。
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改善したと思った体調が、再び悪化してきた。監視係は最近は定期調査の日以外にも頻繁にやって来てくれるのだが、ベルが鳴ってもなかなか玄関まで出られないことが増えた。足元がふらつくので、一階まで降りるだけで随分時間がかかってしまう。
それでもなんとか玄関まで歩き、監視係にフェリシアンへの手紙を渡して届けてくれるよう頼んでいる。フェリシアンへの手紙には、体調の悪化について書けていない。無邪気に私が帰って来るのを信じて待っているフェリシアンからの返事が届くと、胸が締め付けられた。
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もうベッドから起き上がることすら難しくなった。私が死んでもフェリシアンが困ることがないように、薬草茶を作れるだけ作って届けてもらっておいた。手紙で作り方も教えてあるけれど、私が魔法をかけないと同じだけの効き目があるものは作れないと思う。どうにか生きてここを出たいけれど、無理だということはわかっている。
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最近は、ルナール公爵の企みなんて聞かなかったことにしていればよかったと後悔することが増えた。私が考えなしに動いたせいで、今もフェリシアンはきっと心細い思いをしているに違いないのだ。
私はフェリシアンのことだけ考えて、ほかの人がどうなろうと王国がどうなろうと、見ないふりをしていればよかったのかもしれない。今さら後悔したって、もうどうにもならない。フェリシアンにもう一度会えたら、寂しい思いをさせてしまったことをちゃんと謝りたい。
***
その日を最後に日記は終わっていた。
ベアトリス様の最後の日々の記録。やはり彼女は公爵家の子供を殺そうとしてなどいなかったのだ。
いつも愛想のいい笑顔を浮かべているセルジュ様のことを思い出す。日記が本当だとすれば、幼いセルジュ様は自ら湖に飛び込んでベアトリス様を陥れたことになる。
考えるほどに胸が重くなった。
……それにしても、王位簒奪という不穏な言葉が頭から離れない。
ルナール公爵が、国王陛下を殺そうとしていた? 陛下を殺すことで、自分が国王になろうとしていた?
悶々と考えていたところで、不吉な考えが頭に浮かぶ。
ルナール公爵は、王位簒奪を諦めたのだろうか。
現在陛下が無事でいるということは、ベアトリス様にばれたことで一度は計画を断念したのだと思う。しかし、一度は暗殺まで企んだ人間が、一度計画が頓挫したからといって簡単に諦めるのだろうか。
セルジュ様の成人祝いの日、ルナール公爵が言っていた言葉を思い出す。「少し運命が違えば、セルジュが国王になれたかもしれないのだと歯痒く思うことはある」と。
「リュシアン様は……大丈夫なのかしら」
心臓が痛いほど早く音を立てる。浮かんだ不安は一向に頭から離れなかった。
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