第61話

 故郷の村人や親戚は深く悲しんでくれましたが、世間の評価はまるで違いました。


 少し遠くの町に出ると、冷酷な魔女が死んでよかったと、みんな目を輝かせて言うのです。


「公爵様は慈悲深いから命を助けてあげたようだけれど、天罰が下ったのね」なんて言葉が聞こえてきたときには、そいつにつかみかかりたくなる衝動を抑えるのに必死でした。


 近くの人たちから気遣われ、少し遠くの町へ出れば魔女の息子だと白い目で見られながら、日々を過ごしました。


 悲しい記憶を忘れようとするたびに、くだらない噂話が耳に飛び込んできて憎しみを再燃させます。



 十四歳の時、決意しました。忘れられないならいっそ、その中に飛び込んでやろうと。


 俺は馬車の落下事故を偽装して、姿をくらましました。髪色を変え、名前も変えて、遠くの町へ行って別人として生きていくことにしました。俺は本当は母と同じ黒髪なんです。


 誰にも本当のことは話しませんでした。真相がばれたとき、誰かを巻き込むのは避けたかったのです。


 縁もゆかりもない土地で生きていくことに不安もありましたが、親切な宿屋のおかみさんが俺の話した「火事で村が燃え、家族も親類も全て失った」という嘘を信じて雇ってくれたことで、何とか生活していけるようになりました。


 それからは宿屋で働きながらひたすらルナール公爵家や王家の情報を集め、復讐の機会を探りました。十八歳になり、外見から子供の頃の面影が薄れると、町を離れて王都に行きました。



 王都で公爵家について探るうち、母が幽閉された屋敷は今では「裁きの家」などと呼ばれ、罪を犯した貴族を入れるのに使われていると知りました。


 魔女の呪いだのなんだの言われていることには腹が立ちましたが、あの屋敷に公爵家の人間以外の者でも入る隙があるのは好都合です。


 俺は屋敷に入り込めないか探り、罪人の監視係を募集していることを知ってすぐさま申し込みました。そうして無事偽りの名前で、屋敷に入ることができる監視係になることができました。


 正体を隠して監視係になれたはいいものの、監視係になったからといって自由に屋敷を探ることはできません。


 監視係に支給される鍵は二人同時に使わないと使えない仕組みになっており、中に入る際は必ず複数人で入ることを約束させられたからです。


 前の罪人がいなくなり、ほかの監視係とともに片付けをしている最中、編みかけの手袋を見つけました。


 以前、母が幽閉されていた当時の監視係が届けてくれた編み物と同じ色をしていました。母が作ってくれたものなのだとわかりましたが、持ち帰るわけにはいかず、そのまま元の場所に戻しました。

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