第40話

***


 その日の晩、初めて監視係のロイクさんから連絡が入った。


 玄関横のプレートからじりじりと音が鳴るのを聞いて、何事かと一瞬腰を抜かしそうになった。


「ジスレーヌ様、こんばんは。そちらの様子はどうですか?」


 プレートからロイクさんの明るい声が聞こえてくる。こちらはリュシアン様が通信に使う鏡と違い、映像は映らず声だけ届く仕組みのようだ。


「ロイクさん、こんばんは。こちらは変わりないですよ」


「それはよかった。魔女の幽霊はまだ出ますか?」


「出ます。今日もほぼ一日中、一緒にお屋敷を掃除したり、庭の草むしりをしたりしていました」


 答えると、しばらくの間沈黙が訪れた。


「掃除に草むしり、ですか。一緒にって幽霊がどうやって?」


「ベアトリス様は箒やバケツに触れたりはできませんけれど、私がわからないこと色々教えてくれれるんです。たとえばそ……」


 倉庫が閉まって困っていた時、鍵の場所を教えてくれたのだと言おうとして、監視係のロイクさんにそれを伝えるのはまずいだろうと慌てて口を噤む。


 ロイクさんは親しみやすい態度で接してくれるのでつい気を抜きそうになるが、本来は罪人がおかしな行動をしないか見張る役割の人なのだ。


「そ、掃除をしている最中に薬草を見つけたんですけど! それで薬を作ろうと作り方を見ていたら、ベアトリス様がこちらのお茶のほうが作りやすいんじゃないかって指で差して教えてくれたんです!」


 慌ててそう誤魔化したら、ロイクさんは静かな声で言った。


「ベアトリス様って呼んでるんですね。その幽霊のこと」


「え、あ、はい。本人に尋ねたらうなずいていたので……」


 言いながら、信じていない人が聞けば完全に異常者の言葉だろうなと思った。


 幽霊に作りやすいものを教えてもらっただの、名前を確認しただの。しかしロイクさんは馬鹿にする風でもなく言う。


「あなたはその幽霊が怖くないのですか?」


「最初は怖かったですが、今は全く怖くありません。ベアトリス様はいい人ですもの!」


 迷わず言ったら、ロイクさんは「それはすごいですね」と驚いたような声で言う。


「ロイクさんも実際にベアトリス様と会ったらそう思うと思います。私、ベアトリス様にいろいろ教えてもらったお礼に、幽閉期間が終わるまでにお屋敷をきれいにしておこうと考えているんです。あの方も住んでいるお屋敷が綺麗なほうが居心地が良いでしょうから」


 そう宣言したら、再び沈黙が訪れる。


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