第37話

 改めて近くで見ると、庭の状態はひどいものだった。あちこちの草が腰くらいの高さまで伸び、水の出ていない噴水には土埃が溜まっている。


 昔はきれいに整えられていたであろう面影のある植え込みは、枝があちこちに伸び放題で、歪つな形をしていた。


 これは私の手で何とかなるものなのだろうか……。


 早くも諦めかけたとき、庭の隅に小さな物置のようなものを見つけた。伸び放題の草をかき分けて近づき戸に手をかける。しかし、鍵がかかっているのか開かなかった。


「何か庭掃除に使えそうな道具があるかと思ったんだけどな……」


 そう呟いたとき、冷たい風が頬をかすめた。隣を見ると、ベアトリス様が立っている。


「あ、ベアトリス様! 私、今庭の掃除をしようと出てきたところなんです」


 私がそう言うとベアトリス様はこくんとうなずき、横目で倉庫を見た。


「ベアトリス様も気になりますか? でもこの倉庫、鍵がかかっていて開かないみたいなんですよね……」


 ベアトリス様は背中を向けて倉庫の裏に回り込む。


 不思議に思いながらついて行くと、ベアトリス様がしゃがみ込んでいた。彼女は私の顔を見てから、地面を指さす。


「ここに何か……?」


 ベアトリス様の指さしたところを見てみると、土の間から鈍い銀色の取っ手のようなものがのぞいていた。


 土を払うと、それは地面に埋め込まれた小さな収納庫のようだった。取っ手を引っ張るとあっさり開き、中から鍵が出てくる。



「ベアトリス様、もしかしてこれ、倉庫の?」


 ベアトリス様は無表情のままうなずいた。また私が探している物の場所を教えてくれたらしい。


「ありがとうございます! 早速開けてみます!」


 鍵を使うと、倉庫の戸はあっさり開いた。中には小型の鎌やハサミ、バケツなどが入っている。


 中身を見て、おそらく幽閉された罪人が刃物に手を出さないように鍵をかけてあったんだろうなと予想がついた。


 見つけた道具を使い、ひたすら草を刈っていく。なにしろ広い庭なので、刈っても刈っても終わらなかった。それでもようやく屋敷に近い部分の草を刈り終えると、今度は植え込みの枝をハサミで整える。


 思い通りの形に切るのは意外と難しく、でこぼこの仕上がりになってしまった。しかし、伸び放題だった時と比べたら、大分すっきりしたように見える。


 庭を掃除する間中、ベアトリス様はずっと消えずに後ろをついて来た。時折私から離れて、地面に生えている草をじっと見ていたりする。


 ベアトリス様も生前はこの庭に来たことがあるだろうから、懐かしいのだろうか。



 草を刈りながら庭を進んでいくと、奥のほうに花がたくさん咲いている場所を見つけた。伸び放題の草だらけの庭で、その場所だけ鮮やかな水色の花がいっぱいに咲いている。


「わぁ、綺麗!」


 思わず草刈りの手を止めて、花のそばに近づいた。


「綺麗ですね、ベアトリス様。こんな荒れ果てた庭にもお花が咲くんですね」


 ベアトリス様のほうを振り返りながら言うと、彼女はこくこくうなずいた。


 本当に、鮮やかで美しい花だった。荒れ果てた場所の中にあるからか、神聖さすら感じる。思わず見惚れて、こんな素敵な光景をリュシアン様にも見せたいななんて考えが浮かんだ。


「リュシアン様と一緒に見られたらなぁ……」


 そう願っても、リュシアン様と会えるのはまだまだ先のことだ。考えると少しつらくなった。ちょっぴり落ち込んだ私を、ベアトリス様は首を傾げて見ている。


「なんでもありません! 続きの草刈りしちゃいましょう!」


 努めて元気な声で言うと、ベアトリス様はうなずいた。

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