第31話

***


 幽閉されてから八日目。早朝に洗濯を終えて応接間でくつろいでいると、玄関のベルが鳴った。


「ジスレーヌ様―。経過観察に来ました!」


 玄関の外から元気な声が聞こえてくる。監視係のロイクさんだ。そうか、もう一週間たったのかと感慨深い気持ちになった。


「ロイクさん、おはようございます。朝早くからお疲れ様です」


「おはようございます、ジスレーヌ様。今日は食材と生活雑貨をたくさん持って来ましたよ!」


 ロイクさんは横にあった小さめの荷台を指さし、爽やかな笑顔で言う。思わず「わぁ」と声が漏れた。


「そんなにたくさん! ありがとうございます」


「食料や生活雑貨、この一週間で足りなくなったりしませんでした?」


「はい、十分用意してもらっていましたから」


 私がそう言うと、ロイクさんは「それはよかったです」と微笑んだ。


「ジスレーヌ様、お屋敷にいて何か変わったことはありませんでしたか?」


「変わったこと……いろいろありましたね……」


 この一週間のことを思い出し、遠い目になる。


 お屋敷に来て最初の日にひとりでに閉まった扉や落ちた本のこと、二日目に突然現れた幽霊のことが自然と頭に浮かんできた。


 今ではその幽霊に石鹸の場所や初心者にもできそうなレシピを教わり、見かけたら挨拶をしている関係だなんて、一週間前の自分に言っても信じてもらえないだろう。



「いろいろ? やっぱり、おかしなことがあったんですか。前に机の上に手紙が置いてあったって言ってましたよね。あれは大丈夫でしたか?」


「えっ?」


 そう言われてやっと思い出した。あれは初日の夕方。二階の一室で血文字で書かれた手紙を見つけ、悲鳴をあげて逃げたのだった。


 あの手紙は数日後にこわごわ棚にしまったのだけれど、その後は幽霊の存在のせいか細かいことが気にならなくなり、すっかり頭から消え去っていた。


 そういえば、リュシアン様も手紙については何も言っていなかったと思い返す。


「手紙のことはちょっと忘れていました。それより大きなことが色々あったので……」


「手紙よりも? そんな大変な目に……。手紙についてはすぐに王家に連絡したんですよ。『許さない』なんて書かれた手紙が置いてあるなんて危険かもしれないとお伝えしたんですが、王家のほうはそれくらいで幽閉を解くわけにはいかないと仰って……。お力になれなくて申し訳ありません」


 ロイクさんは顔をうつむけて、悲しそうに言った。私は慌てて両手を振る。


「いえ、私は罪人ですから当然です! ロイクさんのせいではありませんから、気にしないでください」


「……ありがとうございます。優しいですね、ジスレーヌ様」


「いいえ、そんな。それよりもロイクさんに聞きたいことがあるんです。ロイクさんは、二十年前に幽閉されていた魔女がどんな姿をしていたか知っていますか?」


「魔女の姿ですか? なぜそんなものが気になるんです?」


 ロイクさんはきょとんとした顔でこちらを見る。私は何となく声をひそめて言う。


「実は、このお屋敷に魔女らしき女性の幽霊が出るんです!」


「……幽霊?」


 ロイクさんは怪訝な顔で私の顔を見た。言っていることの意味がわからないという顔。反応を見て、さすがに唐突過ぎたかと恥ずかしくなった。

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