第26話

 食事が終わると再び厨房に戻る。次は調味料を忘れないようにしないと。そもそもここに調味料ってあるのかしら。


 かまどの横の台を探すと、意外とあっさり見つかった。ワインボトルくらいのサイズの瓶に入った塩と胡椒。瓶の外側はほこりを被っている。


 古いもののようだから使えるかわからないけれど、手に少しだけ出して舐めてみると、味は問題ないようだった。次からはこれを使ってみよう。


 そんなことを考えながら瓶を元の場所に戻そうとすると、瓶があった場所の横に数枚の紙切れがあるのに気づいた。気になって取り出してみる。



 それは薬草を使った薬やお茶の作り方、お菓子などのレシピが書かれたメモだった。


 柔らかな文字で材料と作り方が丁寧に記されている。文字の横には薬草らしき絵まで書かれていた。


 罪人が入れられるこの呪いのお屋敷に、この紙きれはやけに場違いな気がした。


「……庭の噴水横の木の下?」


 よく見ると、どの薬草の絵の下にも文字と簡単な図が書かれている。一つずつ読んでいくうちに、庭とはこの屋敷の庭を示しているのだと気づいた。


「お屋敷の庭の草でお茶やお菓子を作っている罪人が過去にいたのね……。なんだか、とってもたくましいわ……」


 レシピに書かれている文字や絵からは、なんとなく楽しそうな雰囲気が伝わってくる。罪人として幽閉されたのに、図太い人間がいたものだ。私なんて初日から怯えっぱなしだというのに。


 紙の状態からすると、随分前に書かれたものに見える。それに、今はお屋敷の庭は草も木も荒れ放題だ。書かれた当時のように薬草は見つからないだろう。


 けれど、このお屋敷で楽しく過ごしていたらしい人のことを思うとなんだか楽しい気分になってきた。



 そんな風にしてお屋敷での日々を過ごした。


 料理も洗濯も本を見ながらやっているのにちっともうまくできなくて困ったけれど、何とか毎日を生き延びている。


 私は毎日どろどろのキッシュや、半生のグラタンなどを食べ、洗濯物と格闘した。


 最初に洗ったドレスは洗い過ぎた上に思い切り絞ってしまったため、型崩れしてしまった。三着のうち二着は深刻なダメージはなかったが、一着はひどいことになっていたので、泣く泣く処分することにした。


 二回目以降、少しはましに洗えるようになったけれど、相変わらず石鹸がないのは悲しかった。


 一応シャワールームに小さな石鹸があるのだけれど、これを洗濯に使うとすぐになくなってしまいそうなので、洗濯は水洗いで我慢している。


 時折奇妙な風が吹いたり、魔女が姿を現すこともある。最初はあんなに恐ろしかったのに、何度も見かけるうちにあまり恐怖を抱かなくなった。


 だって姿を見せるだけで、あの女の人は何もしてこないのだ。


 リュシアン様は約束通り毎日鏡で通信をしてくれる。


 魔女の姿を見たことを話しても全く信じてくれないけれど、料理や洗濯で失敗した話をするとおかしそうに笑ってくれるので、私はとても幸せな気持ちになった。



 屋敷で過ごすうちに、不思議なものを見つけるようになった。


 たとえば、応接間の棚の一番下に入っていた編みかけのマフラーやカーディガンなどだ。前に二階の一室で見かけた手袋同様、サイズは小さな子供用だった。


 マフラーの隅に、小さくF・Vという文字が編み込まれている。渡す予定だった子供のイニシャルなのかもしれない。


 ほかにも作りかけの小さな布人形なども見つかった。やっぱり、ここには過去に小さな子供のいる母親が幽閉されていたのだろう。


 こんなにたくさんのものを手作りするくらいだから、よほど子供を可愛がっていたに違いない。


 幽閉期間が開けたとき、その女性が無事に子供と再会できているといいなと思った。


 でも、無事に再会できたのなら、作りかけの手袋やマフラーは持って帰るのではないかしらと考えて、憂鬱になったので考えるのをやめた。

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