第2話 絢瀬陸

 俺のバスケ人生の最後の大会が終わった。

 結果は全中ベスト8、一般的に見れば誇れるくらいの結果であったが、おれは悔しさを隠せずにいた。

 「おにいちゃん、はいどうぞ」

 そう言ってレモンの蜂蜜漬けを渡してきたのは双子の妹の絢瀬陽菜である。

 わざわざ朝早く起きて作ってくれていたのだ。

 「ありがとう、うーん!めちゃくちゃうまい!」

 ひなに感想を伝えると満面の笑みで「どういたしまして」と返ってきた。

 ひなは雑誌のモデルにとスカウトされるくらい顔が整っており、その上誰にでも気さくに接することができる性格、成績も毎回学年1位らしいし完璧という言葉はこいつのためにあるものだと兄の俺から見ても思う。

 唯一、運動神経だけは抜群に悪く、そこがかわいいところでもあるのだが、、

 「いま、めっちゃ失礼なこと考えてたやろ?」

 ひなが不機嫌そうな目を向けてくる。

 「いや?ひなが超絶ドジっ子ちゃんなんて思ってない、ごめん、じょーだんだから」

 ひなが鬼の形相でにらみつけてきて、やはり兄は妹には逆らえないと実感させられる。

 「まぁ軽口がまだ言えるなら心配して損したかな」

 どうやら彼女なりに俺を心配してきてくれたらしい。

 それが嬉しくも、ちょっぴり寂しい気持ちになり目に熱いものが込み上げてくる。

 俺とひなの両親は5年前に交通事故で他界し、当時は俺もひなも小学生であったことから状況が飲み込めず、ずっと2人で泣いていたことを今も時々思い出す。 

 その後、おれは、東京のチームでバスケをしていたことから東京の親戚の家に引き取られ、ひなは兵庫の祖母の家で暮らした。

 親戚は俺にすごくよくしてくれたが、やはり申し訳なさがあり、高校は兵庫の進学校に行き、バイトをして少しづつ親戚への恩を返していけたらと思い、バスケを辞めることを決意した。

 「おにいちゃん、ほんとにバスケやめるん?」

 唐突にひながそう尋ねてきたが、俺はすぐに首を縦に振った。

 もう決めていたことなのだ、この決断は何があろうとひっくり返ることはない。

 「そっか、」

 ひなの声はどこか元気がなかったがおれはそれを気にもとめず歩きだした。

 

 顧問の先生に祖母の家に2日ほど泊まってから東京に帰ると伝え、帰路についていると見知らぬ2人の女の子から声をかけられた。

 「告白かな?私邪魔っぽいな」

 ひなが俺の耳元でそう告げると同時に足早やに祖母の家がある方向に去っていった。

 俺は初めて会った子に限ってそんなことはないと心の中で呟きながら彼女の言葉を待ってみることにした。

 しばらくして1人の女性が口を開いた。

 「ゆな、早くしなよ〜私めっちゃ疲れたんだけど」

 「で、でもぉ〜」

 みかねたおれは小さい子に話しかけるように声をかける。

 「大丈夫、ゆっくりでいいから」

 「は、はい!」

 ゆなと呼ばれた女性はゆっくり深呼吸しながら言葉を紡ぐ。

 「試合見ました。あなたの表情、冷静な目、ドリブル、パス、シュートあなたの全てに惚れました。私もあなたのようなポイントガードになりたい」

 その言葉を聞いた瞬間に俺の中にある熱いものが込み上げてきた。

 嬉しかったのだ、誰かの目標とされるのは。

 その一言で今までバスケをやってきてやがったと思えた。

 ギリギリで涙を堪えた俺は心からの感謝を口にした。

「ありがとう。つたえてくれてありがとう」

「高校でも頑張ってください」

 その言葉を受け取り、満面の笑みで返した後すぐに帰路についた。

 祖母の家に着くと、ひなと祖母が玄関で迎えてくれた。

 「おにいちゃんいいことあった?」

 「あったよ」

 「そっか」

 今度はひながニカッと笑い嬉しそうに部屋に戻っていった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

レモンシャワー メイ @may43

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ