第13話

土曜日になった。

僕は蒼と午後から会う約束をしていた。


11時。その頃彼は何を思いついたのか、女装をして勤務先の会社に立ち寄っていた。

エレベーターで上階に行き、担当のフロアに降りると、早速周囲が彼の方を見えその姿に注目の的を受けていた。


上司であるマネージャーの席の前に立ち挨拶をして、何故来たのか驚かれた。隣の会議室に連れて行かれてドアを閉めた。


「その格好どうしたの?」

「ご相談があってきたんです。」

「何?」

「僕…心が女性なんです。今までそれを隠しながら仕事をしてきました。それで、次週から…女装で出社していただく事を検討していただけないでしょうか?」

「いきなりは無理な話よ。立場をわきまえて考えている?正気なの?」

「自分に嘘をつきながら生きていくのが辛いんです。だから…ありのままの自分をこれから皆さんに見せて働いていきたいんです。お願いします」


彼は深く頭を下げて何とか認めてもらおうとした。マネージャーは困り果てていたが、次の役職者会議で話を持ち込んでみるので、それまではいつも通りのスーツの格好で来て欲しいと返答された。


フロアを出ようした時に後輩の女性から声をかけられた。


「成澤さん…何かあった?」

「マネージャーに近いうちにこの格好で出勤させて欲しいって頼んだんだ」

「マネージャー、腰抜かしてなかった?」

「それはない。まぁひたすら凝視されたけど、検討はしてくれるって」

「この間話していたこと、本気だったんですね」

「うん。」

「なんか…似合ってて綺麗。みんなからあれこれ指してくると思うけど、勇気のある態度でいたら、分かってくれると思いますよ」

「ありがとう。これから用があるから、もう出るね」

「お疲れさまです」


蒼はひとまずは返事が来るのを待つしかないと考えて、会社を後にした。


13時。表参道駅の改札口で待っていると、蒼の姿が見えてきた。どこか清々しい表情をしていたので聞いてみると、その出立ちで会社の上司と会ったと話してくれた。


連絡口の階段を登り、参道を歩きながら、ビル街にある店に数軒立ち寄っていた。


2時間程経ち少し遅めの昼食をカフェで済ませた。その後彼が行きたい所があると言って、日比谷駅から近くにある複合施設のビルに入り、8階までエスカレーターで上がっていくと、人が列をつけて並んでいた。


何があるのかと尋ねたら、イルミネーションが見れるから行こうと返答した。


17時。しばらく待っていると、僕らが並んでいる列が中に入れる順番が来たので、屋外に出ると、辺り一面の色とりどりのライトで埋め尽くされているイルミネーションが眼下に入ってきた。


「一緒に来れて良かった」


蒼は微笑んで僕の腕を掴んできたので、お互いに組もうと言い、しばらくはその景色を眺めてはスマートフォンで写真を撮ったりして楽しいひと時を過ごしていた。


キッチンカーを見つけたので、温かいジンジャーティーを買い、彼に手渡した。


「足疲れた?」

「いいや、大丈夫。…美味しいね。温まる」

「芽依ちゃんどうしている?」

「この間久々に喧嘩したよ」

「何で?」

「陽太に告白した事と男が好きだっていう話をしたら、驚いて泣いたの。無理もないよね」

「それからは口は聞いてくれる?」

「生返事しかしてくれない。もう少ししたら機嫌が治まるから大丈夫。昔からそうだから」

「俺も会うたびに芽依ちゃんの話でごめん」

「いいよ。僕も結局家族の話で持っていくようなものだしね。そこは自由に話していいよ」

「姉弟が仲が良いって大事だよな」

「陽太はいないの?」

「うん、一人っ子。遊ぶ時も1人か母親が付き添ってくれるか、ずっとそんな感じだった」


本当は僕には弟ができる予定だったが、母親が妊娠してから8ヶ月目で死産してしまった。


その後も僕は幼いながらも何もわからずに弟妹が欲しいと強請ねだっていた時期もあったが、両親のことを思い、次第に何も言わなくなっていった。

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