第10話

蒼は自宅に帰り、階段を登って部屋の前に行くとドアの所に張り紙が貼ってあるのに気づいた。


"朝帰り、そんなに楽しいか?"


芽依のヤキモチを焼いた殴り書きの言葉に思わず吹き出してしまった。

張り紙を外して、部屋に入りメイクを落としていると、1階から母親の呼ぶ声が聞こえてきたので、返事をすると下に降りてきてほしいと告げてきた。


着替えて、リビングに行くと父親がベランダの方に顔を向けたまま彼の顔を見ようとしなかった。


「話って何?」

「昨日お兄ちゃんが出かける際に見たんだけど、女性ものの服装で外に出たって本当?」

「僕から、話をしていい?」

「ええ。」

「前から言っておきたかったんだけど、僕…女性の格好をするのが好きで…」

「気は確かか?」

「迷惑ならやめるけど、その代わり家を出ようと考えているんだ」

「急に出ることはしなくていいのよ。まず、その格好をしたいって事なんだけど、貴方女性になりたいの?」

「そうじゃない。趣味で女装する事を続けていきたいんだ」

「会社の人間にバレたら辞めなければならなくなるんだぞ。何を、考えているんだ?」

「周りにどう思われてもいい。自分を隠しながら生きていくのが辛いんだ。芽依も僕が女装するの、悪い事じゃないって言ってくれた」

「芽依は、人の気持ちを掴むのが苦手な子だ。自分の好きな事しか興味がない。お前を本気で分かってくれるなんて到底できないんだぞ」

「お父さん、そんな事言ったら芽依が可哀想だ。彼女も彼女なりに考えているんだ。メイクやファッションの事になると、知識が凄いだろう?僕は彼女を尊敬してあげたいよ」

「…しばらくは様子は見るが、女装するのは控えてくれ」


父親が寝室へ行き、母親は蒼を受け入れてあげようと涙ぐみながら、彼の腕に掴んできた。

自分は真剣に考えていると、説得させようとしたが、父親の言う通り行動を控えてくれと返答された。


蒼は部屋に戻りベッドの脇に座って泣いていた。その後に芽依が部屋に入ってきて、彼の悲しんでいる姿に近寄り、床にしゃがんで見つめていた。


「ごめんね。なんか急に泣きたくなったんだ」

「ティッシュ、使って」

「ありがとう。芽依ちゃんの顔を見たら落ち着いてきた」


彼は芽依が優しい事をよくわかっていた。

2人は幼少期からどこに行くのも一緒で、どちらかが誰かに悪く言われると喧嘩になり、勝敗が決まっても、泣いて家に帰ってくる仲だった。


「兄ちゃんは芹沢さんが好きなの?」

「え?」

「お泊まり今日で2回目。好きだからお家に泊まってくるんだよね?」

「うん。好きだよ。初めは嫌われているんじゃないかって勝手に思っていたけど、変装した格好を見ても嫌がらずに色々話も聞いてくれるしさ」

「芽依も!」

「芽依ちゃんも?」

「うん。芽依も芹沢さん好き!兄ちゃんと仲良くしてくれるなら、応援する!」


芽依は素直で綺麗な心を持つ人だ。ただ同性への恋愛感情が芽生えていることについては、難解であることには間違いないだろう。


蒼はこれから彼女にどう伝えればいいのか新たな悩みを抱える事になった。

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